第77話 伝わらなかったおもい


 監獄長の屋敷にはエルドラハのトップチームが集められていた。

「黒い刃」「カッサンドラ」「ボルカン」「七剣」などの錚々そうそうたるメンバーがグランダス監獄長の説明を聞いている。


 凄腕の冒険者たちを前に、さすがの監獄長もいつもの横柄なしゃべり方はしなかった。


「というわけで、諸君たちには調査隊に協力してもらい、ダンジョン最深部までの案内を頼みたい」


 今回の依頼内容を説明し終えた監獄長だったが、返事をする者はいなかった。

静まり返る部屋の中でタナトスさんが手を上げる。

タナトスさんは黒い刃の副長であり、メリッサの参謀役でもある。


「監獄長も知っての通り、我々は旧グランベル王国の者だ。このような流刑地に流されたとはいえ、帝国に協力することなどあり得ん」


 静かではあったけど、タナトスさんの声には有無を言わさない迫力があった。


「な、なにも無報酬で頼むわけじゃない。帝国も諸君らにきちんとした見返りを約束している。調査隊を地下十階まで送り届ければ、一人につき三百万グロームと帝国市民権が与えられるのだ」


 どこからか口笛の音が漏れた。


「ということは、この砂漠からおさらばできるってわけか?」


「その通りである」


「そいつはすげえ!」


 最初は反発していた冒険者たちも破格の報酬に気を変えたようだ。

今や浮かない顔をしているのは黒い刃の面々だけである。


「探索に必要な品や食料もすべてパミュー殿下が用意してくださる。途中で拾った魔結晶はすべて手に入れたチームのものだ。これ以上の厚遇こうぐうは望めないぞ」


 監獄長の言葉に冒険者たちはさらに盛り上がったけど、黒い刃のメンバーたちは席を立ち上がって出て行ってしまった。


 彼らの中には帝国に恨みを持つ人が多い。

グランベル王国が侵略されたのは割と最近のことなのだ。

仲間や親族が血を流した記憶がまだ色濃く残っているのだから仕方がないと思う。


 出ていくメリッサと目が合った。

「セラは連中に味方するの?」そんなもの問いたげな視線だ。


 あとで話し合うしかないだろうな……。

久しぶりに重力の呪いにかかってしまったような、いや、あのときよりももっと重い、そんな気持ちになってしまった。



 仲間たちと別れて家路を急いだ。

なんとなくだけどメリッサが待ってくれている予感があったのだ。

そして、その予感は間違ってはいなかった。


 角を曲がると、月影に隠れるように、民家の壁にもたれかかったメリッサがいた。


「少し歩かない?」


 誘ってみると、メリッサは無言のままついてきてくれた。

僕らはいつもより少しだけ離れて並び、湖の方へ向かって歩いた。


「メリッサは不本意かもしれないけど、僕は帝国に協力するよ。やっぱり、古代文明の遺跡は気になるからね。あと、デザートフォーミングマシンが見つからないように手をまわすつもり」


 マシンのある部屋は他の冒険者に見つからないように偽装はしてある。

簡単にはバレないと思うけど、不測の事態というのも考えられるのだ。


 いざというときは通路を破壊してでも発見されないようにするつもりだ。


 ずっと黙ったまま僕の話を聞いていたメリッサが口を開いた。


「セラは帝国が憎くないの?」


「憎いか……。それはわからないよ。こんなところへ流刑にする帝国のやり方は憎たらしいさ。でもそのために誰か個人を恨むことは難しいんだ。今回来た皇女を殺せば、このモヤモヤは晴れるのかな? 僕には無理だよ。それにあの人たちは悪人じゃない」


「私は両親を帝国に殺されたわ。タナトスだってギャブルだって大切な人をたくさん失ったのよ」


「それは、わかっている……」


「セラ、…………黒い刃が皇女たちの命を狙うとしたらどうする?」


 答えはすぐに出ていた。

でも、それを口にするのが辛くて僕は口ごもる。

だけどメリッサに対しては真摯しんしでいたい。


「止めるよ。暗殺は僕が阻止する」


「どうして!?」


「あの皇女たちを殺したって状況はなにも変わらないさ。むしろ悪くなる」


「でも、家臣たちの気持ちは晴れる」


 再び静寂が僕らを包んだ。


「ごめん、みんなの思いまで僕は背負えない。でもメリッサが笑ってくれるならなんだってする」


「だったら……」


「暗殺に手は貸さないよ。それでメリッサが心の底から笑えるとは思えないから」


 メリッサは立ち止まってしまった。


「帰る」


「メリッサ……、君はこれ以上自分を縛り付けない方がいい」


 言ってからしまったと思った。

僕の言葉は予想以上にメリッサを傷つけてしまったようだ。

メリッサの切れ長の目が涙を堪えるように伏せられた。


「みんながみんなセラのように自由に生きられるわけじゃないの! ……セラはどこへでも好きなところへ飛んでいけばいいんだ」


 背中を向けて走り出すメリッサを僕は止めることができなかった。


 メリッサだって自分の意志だけで黒い刃の首領をしているわけじゃない。

そんなことはわかり切っていたことだったのに……。


「メリッサ!」


 振り返ることのないメリッサのアイスブルーの髪が夜の闇へととけていく。

彼女の姿は瞬く間に消えてしまい、伝えられなかった想いが心に重くのしかかった。


 僕はただ飛んでいきたいわけじゃない、君と一緒に飛びたいんだ。



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