第76話 いつものやり取り


 エイミアさんと一緒に監獄長の家の居間へ入ると、僕の姿を認めたパミューさんの反応はすごかった。


 ガタッっと肘掛椅子から立ち上がり、穴のあくほど僕を見つめてくる。

驚きで目がまんまるになっていると思ったら、一瞬笑顔になった。

ところがすぐに顔色が紫に変化して怒りの形相ぎょうそうになってしまう。

 だけどそれも長くは続かず、最後はブスッと不貞腐ふてくされた表情になってしまい、ドサリと肘掛椅子に座り直してしまった。


 情緒不安定かな? 

一回診てあげた方がいいかもしれないけど、精神の方は僕の専門外だ。


「お久しぶりです、パミューさん」


「なにがお久しぶりです、だ。この裏切り者め!」


 パミューさんは視線を合わせてくれない。


「裏切ったことなんてないですよ」


「私の誘いを断って逃げ出したじゃないか。私がどんなに悲しかったかわかるか? それなのにのほほんとした面をさらしおって!」


「だって宮殿の生活なんて嫌ですもん」


「くっ……、お前は腹の立つくらい自由に振舞う奴だな。私がこうも寛大じゃなかったらとっくに首をちょん切っているところだぞ」


「はいはい、なんだかんだでパミューさんは優しいからそんなことはしませんよ」


「うるさい! 今すぐちょん切ってもいいのだぞっ!」


 あ~、はいはい。


「まあまあ、これでも飲んで落ち着いてください。エルドラハは暑いでしょう?」


 僕は家に寄って持ってきた大きなサーバーを差し出した。


「なんだこれは?」


「わずかながらダンジョンの中で果物が採れるんです。それで作った特製トロピカルジュースですよ。調理にはもちろん僕のスキルを使いました」


「ふん、そんなものでごまかされんぞ!」


「要らないんですか? だったらエイミアさんと二人で飲もうかな? 青晶と緑晶を使っていて、体をひんやりと保ってくれるんです。これを飲めば暑さなんか平気になりますよ」


 エイミアさんにサーバーを渡そうとしたら、パミューさんが慌てだした。


「待て、要らんとは言ってないだろうが。暑くてかなわんから飲んでやる……」


「さすがは寛大な皇女様ですね。お毒見はエイミアさん?」


「毒見などいらん。セラが私を狙うこともないだろう」


 パミューさんがそう言うと、エイミアさんは明らかにがっかりした顔をしていた。

またこのくだりか……。


「僕を信頼してくださるのは嬉しいですけど、これでもいちおう旧グランベル貴族の末裔なんです。念のためにお毒見はしておいた方がいいですよ」


「セラ君……君という子はなんて優しいんだ……」


「エイミアさん、ジュースくらいで泣かないでください……」


 グラスにジュースを注いでエイミアさんに渡した。

エイミアさんはゴクゴクとジュースを飲み干した後に真面目な顔を取り繕う。


「異常ありません!」


「いいから私の分をさっさと注げ」


 グラスにジュースを注いでいると慌ただしく扉が開いてエリシモさんが飛び込んできた。


「セラが来ているって本当なの?」


「こんにちはエリシモさん。エリシモさんも特製トロピカルジュースをいかがですか? 美味しいですよ」


「セラ……」


 エリシモさんは目に涙を浮かべて僕の来訪を喜んでくれた。


 再会を喜び合い少し落ち着くと、僕は改めて二人の来訪の目的を訊いた。


「お二人はどうしてエルドラハにいらしたんですか?」


「それがね、きっかけはセラがロックを解除してくれたこの古文書なのよ。私はあれからずっとこれの解読に努めてきたの」


 エリシモさんは金属のブックカバーがついた大きな古文書を取り出した。


「え、その古文書にエルドラハのことが書いてあったんですか?」


 小さく頷いて、エリシモさんは少し詳しいことを教えてくれた。


「そうなの。エルドラハのダンジョン地下十階には古代文明の遺物が眠っているのよ!」


 抑えようとしても抑えきれない興奮がエリシモさんから伝わってくる。


「古代文明の遺物ってなんですか?」


 まさか、デザートフォーミングマシンのことじゃないよな。


「それは――」


「詳しいことはなにもわかっていない」


 不意にパミューさんが横から口を出した。

まるでエリシモさんに余計なことはしゃべるなって言っているみたいに聞こえる……。


 エリシモさんも何かを察したように、声のトーンを落とした。


「今のところ詳しいことはわかっていないわ……。でも、エブラダ帝国はエルドラハのダンジョン地下十階にかなり重要なものがあると睨んでいるの」


 あれ、エリシモさんの目が泳いでいるぞ。

ひょっとして嘘をついているのかな……? 

それにしても、また地下十階の話か。


「あの、これでも僕はエルドラハのトップチームのリーダーです。ダンジョンの奥まで潜ることもあります。でも、地下七階より下にいく階段なんて見たことがありません。噂だけならあるんですが、本当に地下八階へ行ける階段は存在するのでしょうか?」


「あるわ。この本にはどうすれば到達できるかも書かれているの」


 エリシモさんは古文書を指さして頷く。

その表情は自信に溢れていて揺るぎがない。


「もしかして隠し扉?」


「それに近いわね。地下八階に通じる階段を見つけるには、正しいルートを通ってそこへ至らなければならないのよ」


 なるほど、一定の道順を経なければ階段は現れない仕掛けか。

どれくらいの確率かはわからないけど、過去に偶然正しいルートを通った冒険者が階段を発見したのだろう。

それで噂だけが残ったんだな。

でも、自分たちが通ったルートを記録しておかなかったから、二度と階段を見つけることはできなかった、そんな感じなのだろう。


「我々は明日にでも調査隊を組織する。セラ、お前も私たちと一緒に来い」


 また、パミューさんは僕に命令する……。

ちょっと気に食わないけど、地下七階より下のことが気になるな。


「僕を案内人として雇うというわけですか?」


「お前を危険な目には遭わせない。セラは私の治癒師兼料理人としてついてくるがいいだろう。護衛には精鋭をつけてやる。褒美もたっぷりとはずんでやるぞ」


 僕はその精鋭部隊よりも強いと思うんだけど、まあいいか。

そういえば、パミューさんは僕の戦闘力を知らなかったな。

トップチームのリーダーだと言ったのに信じてはいないようだ。


「そうそう、セラ、ヤギは届いたかしら?」


 不意にエリシモさんが明るい声を出した。

エリシモさんは律義に約束を果たして、雌ヤギを飛空艇で送ってくれたのだ。

今は地下菜園で鶏と一緒に暮らしている。


「あ、いただきました。ありがとうございました。おかげでミルクからチーズなんかも作れるようになったんですよ。僕の作るチーズケーキは仲間にもすごく評判なんです」


 エリシモさんが目を輝かせた。


「まあ、セラのチーズケーキ? 私もぜひ食べてみたいわ」


「それじゃあ、今度の探索に焼いていきますね。お茶の時間に食べましょう」


 すかさずパミューさんが口を挟む。


「私の分も忘れるなよ」


「え~、パミューさんも?」


「おい、エリシモと扱いがずいぶん違うではないか!」


「だって、さっきから僕の首をちょん切るとか言っていたし……」


「それは、その……、可愛さ余って憎さ百倍というか、なんというか……」


 相変わらず困ったお姫様だが仕方がない、パミューさんの分も焼いていくとしよう。

それから毒見を楽しみにしているエイミアさんの分も忘れずにね。

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