第68話 準備


 翌日は早朝からリタの訪問を受けた。

久しぶりに朝稽古をやろうと約束していたのだ。

僕らは湖畔の開けた場所までやってきた。

湖を渡ってくる朝の風が気持ちいい。


「セラがいない間もしっかり訓練はしていたんだよ。私の進歩を見たら、セラだってびっくりするんだから」


「よーし、進歩のほどをリタの実力がどうなったのか、見せてもらうとするおうかな」


 訓練用の剣を構えてリタと向き合った。


「いくよ!」


 リタは一足飛びで距離を詰めてきた。

いい踏み込みだ。

左右に体を揺すりながらフェイントを織り交ぜたリタの三段攻撃が襲い掛かってくる。

下段、上段、上段、おっと、今日は連撃が止まずに四段攻撃になっている。

避けることができず、横なぎに払われた胴打ちを力いっぱい跳ね返した。


「あら、これも見切られ返されちゃったか。新必殺技だったのに」


「今の技はよかったね。足のフェイントを入れたらもっと効果的かもしれないよ」


「なるほど。まだまだ、攻撃のバリエーションはこれだけじゃないよ!」

 リタは獰猛どうもうに笑いながら剣を振り上げた。


 一時間ほど訓練をしてから、僕らは生えたばかりの草地に寝転がって休んだ。


「ずいぶんとスピードが上がったよね。足腰の鍛錬をしたの?」


「うん。でもまだまだセラにはかなわないなあ。剣の達人にでも修行をつけてほしいよ」


「それを言うなら僕だって一緒さ」


 僕の戦闘力は高いけど、正式に武術を習ったことはない。

だから、どうしても身体能力頼みの戦いになってしまうのだ。

きちんとした武術を習えばもう少し強くなれるとは思うんだけどね。


「いっそ、剣の闘神にでも稽古をつけてもらおうかしら」


 リタは冗談で言ったみたいだったけど、それは悪くない考えだった。

剣の闘神とは僕が使役するゴーレムたちの一体だ。

もともとはデザートフォーミングマシンを起動するための聖杯を守っていたゴーレムなんだけど、僕が改造を施して今ではコントロールルームのガーディアンになっている。


「いいね、それ。リタが剣の闘神、僕はタロスに体術を教えてもらおうかな」


 タロスは十二闘神を率いる体術マスターのゴーレムである。

戦闘力判定はSで、僕が知る中では最強のゴーレムなのだ。


「でも、ゴーレムを連れてきて大丈夫かしら? ガーディアンの数が減っちゃうわよ」


「今のところ帝国の調査も入っていないからいいんじゃないかな?」


 地下七階への階段の場所を知るチームも、デザートホークと黒い刃だけである。

ガーディアンが二体減ったところで問題はないだろう。


 ゴーレムたちは喋しゃべれないので、技を伝授するのは難しいと思う。

でも型だけならすぐに学べるし、データを解析すれば秘伝書のようなものだって作り出せるかもしれないぞ。


「せっかくだからタロスと十二闘神の技をすべて修めてしまおうかな? 役に立つかもしれないし」


 つまり体術に加えて、剣、槍、杖(じょう)、斧、槌(つち)、弓、棍(こん)、薙(なぎ)刀(なた)、鞭(べん) 、鎌、短剣、輪(りん)輪など の使い方であるをすべて学ぶのだ。


「もう、セラは欲張りね」


 僕たちは草地の上で笑い合った。



 数日間は探索準備のために奔走した。

今回はただ黒晶や金属を集めるだけじゃなく、かつての聖杯の間に居住空間を作ろうという話になっているのだ。

僕とシドは二人して市場まで食料の買い付けに来ていた。


「地下七階にベースキャンプがあれば、長期の探索に便利でしょう?」


「それは言えるな。ベッドなら、マントに包くるまって寝るよりずっと疲れが取れる」


「それだけじゃないよ。冷蔵庫にテーブル、娯楽用品も置いておきたいね」


「冷蔵庫だと? つまり一日の探索の後に冷えたビールが飲めると……?」


「それはシドの頑張り次第だよ」


 スキル『発酵』と『改造』を使えば、極上のビールが作り出せるのだ。


「く、悔しいが俺はもうセラには逆らえる気がしねえ……」


「本当かな? 僕が水中に偵察に行ってこいって言ったら?」


「迷わずに飛び込む」


「単独潜入任務は?」


「危険などかえりみない。ビールのためだ」


「踊り子のミノンちゃんと別れろと言ったら?」


 シドは酒場のお姉さんに貢ぎまくって、ついに最近同棲を始めたのだ。


「お前は鬼か! それだけは無理に決まっているだろう!」


「あはは、冗談だって。仕事の後の一杯は最高らしいから、それくらいなら用意するよ」


「ありがてえ。小麦を十キロほど買っていこうな!」


 持ってきた荷車はすぐさま物資の山でいっぱいになった。

だけど、ダンジョンへ運ぶ荷物はのはこれですべてじゃない。

まだまだ量荷物は増えるのだ。

これを六人で運ぶとなると大変なことだけど、僕らには強い味方がいる。

それがタンクBK-01である。


 BK-01はもともとはタンク型のゴーレムだったんだけど、捕まえて人が操縦できる乗り物に改造してしまったものだ。

戦車の車体にロボットの上半身がついているたので、アームを使っての荷物の上げ下ろしも自由自在である。

今ではダンジョン探索の強い味方として、デザートホークスになくてはならない存在になっている。


 数も三台に増えたから運べる物資の量も格段に上がった。

新しいタンクBK-01を見つけたらまた改造して、一人一台タンクを持ちたいというのがみんなの願いだったりする。


「そうだ、タンクもカスタマイズしちゃおうかな」


「カスタマイズって、どういうことだ?」


「もっと使いやすく便利にしたいんだよ作り替えるんだよ。たとえばキャンピングカーみたいにさ」


「キャンピングカー?」


 おっと、この世界にキャンピングカーはなかったか。


「タンクの荷台にも居住空間を作るって感じかな」


「はあ? 荷車の上で生活しろってか? 不便そうなんだが……」


 キャンピングカーを知らないシドは、いまひとつイメージを掴めていないようだ。


「まあそうなんだけど、収納をうまく考えれば案外快適になるもんなんだよ」


 僕が考えているのは軽自動車をカスタム 改造したようなキャンピングカーだ。

タンクはダンジョンの通路を行き来できるほど小型だからね。


「荷台にちょっと休めるスペースを作ったり、冷蔵庫やキッチンなんかも取り付けたりしてさ」


「お、酒を冷やしておけるのか?」


「作戦行動中の飲酒は禁止します」


「チェッ」


 当り前じゃないか。


「でもさ、冷蔵庫があれば生の食材を冷凍しなくても持ち運べるんだよ。これってすごく便利だろう? キッチンがあればそのまま調理もできるわけだし」


「まあそうだな」


「よーし、帰ったらタンクのカスタムカスタマイズを してみよっと!」


 作るものが増えてしまったけど、僕は楽しくてしょうがない。

そんな僕を見てシドはフッと微笑んだ。


「まったく、元気になったもんだな。つい最近までは青い顔をしてヒーコラ動いていたガキだったのによ……」


「なんか言った?」


「最近のセラは楽しそうだって言ったんだよ」


「まあね。それを言うならシドだって同じだろう?」


 同棲を始めてからますます若返っているような気がする。


「へへっ、わかるか? 昨日も夜中までミノンが寝かせてくれなくてさ」


「子ども相手にそういう話をしないでくれる?」


「いいから聞け。恋人同士が円満に生活する秘訣はだな――」


 シドのイチャラブ生活を無理やり聞かされながら、家まで帰る羽目になってしまった……。


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