第66話 ただいま、エルドラハ

 砂嵐の影響もあって帰りの飛空艇は遅れに遅れた。

高高度を飛べない飛空艇では強風の中での航行は不可能である。

途中で二回も着陸して、結局六日もかかってエルドラハに到着したのだ。


 およそ半月ぶりに戻ってきたエルドラハは少しだけ様子が変わっていた。

空の上から見ると、地上のグランダス湖がまた一回り大きくなっている。


 湖畔には雑草がよくしげり茂り、青々とした新芽がまぶしい。

デザートフォーミングマシンが順調に頑張ってくれているようだ。

人々が楽しそうに遊んだり、水汲みをしたりしている光景を見て僕も嬉しくなってしまった。



 飛空艇が着陸すると、僕は囚人たちと離れてゲートへ向かった。

彼らはこれからここでの暮らし方についてオリエンテーションがあるのだけど、僕はエルドラハ生まれの囚人である。

そんなものは教えてもらわなくたって嫌ってほど知っているのだ。


《聞け、クズども! 吾輩は本日よりお前たちを受け入れる監獄長のグランダスであーる!》


 今日も監獄長のダミ声は絶好調だな。

離れていたらちょっとだけ懐かしかったけど、実際に聞くとやっぱりうるさいや。

お土産にのど飴を買ってきたけど、これはあげない方がいいかもしれない。

調子に乗って放送回数を増やしそうだ。


「セラ?」


 不意に名前を呼ばれた。

見るとゲートのところに懐かしい面々がそろっている。


「やっぱり、セラじゃねーか!」


「セラあ!」


 リタにシド、ララベルもが出迎えに来てくれていたのだ!


「みんな、ただいま!」


「ただいまじゃねーよ! 帰ってくるのが遅いからすっごく心配したんだぞ。こうして飛空艇が来るたびに迎えに来たのに、セラの姿は全然なくて……」


 ララベルは泣き出してしまった。

リタの瞳にも涙が溢れている。


「心配をかけてごめんね。すぐにそっちに行くよ!」


 僕は荷物を背負い直して元気に走り出した。




 仲間たちと自宅に帰ってくると、見知った顔が待っていた。


「おかえり、セラ」


「ミレア!」


「日中は外に出られないから、ずっとここでセラが帰ってくるのを待っていたの」


 ヴァンパイアのミレアは僕をぎゅっとハグすると、すかさず首に噛みついた。

ちくりとした痛みが走り、そこから全身が熱くなる。


「チュウチュウチュウ……、ぷっはぁ~、生き返る……。! ずっと我慢していたから美味しさもひとしおだわ。やっぱりセラの血がいちばんね」


「僕が留守の間、他の人の血は吸わなかった?」


「迷惑をかけるからダメって言ったのはセラじゃない。ちゃぁんと我慢してたわよ。ご褒美にお替りをちょうだい♡」


 僕の首に腕を絡めて離さないミレアをリタが強引に引き剥がした。


「いつまでくっついているのよ。それじゃあ話もできないでしょう」


「うるさいわねっ、せっかくの余韻が台無しじゃない」


「まあまあ、二人とも落ち着いてよ。みんなにお土産があるんだ」


 お土産を渡すと室内の興奮は最高潮になった。

シドはさっそくもらったブランデーをグラスに注いでいる。


「グローサムにはどういう理由で呼ばれたんだよ? いきなりいなくなっちまったからびっくりしちまったぜ」


「約束があるから詳しく話せないんだけど、病人を治してきたんだ」


「そんなことだろうと思ったぜ。それで、グローサムの街はどうだった?」


「面白い街だったよ。人も物もたくさんでさ」


 帝都の様子を聞かせてあげるとリタは目を輝かせていた。


「いいなあ、私も行ってみたかったよ。きっと美味しいものがたくさんあるんだろうね。まあ、セラの料理にはかなわないと思うけど、それでもやっぱり見てみたいじゃない」


 リタは僕と同じで、エルドラハ生まれのエルドラハ育ちである。

ここより他の場所を見たことがない。


「そうだね、オシャレなカフェや美味しそうなレストランがいっぱいあった。グローサムは海沿いの街だから、山の幸も海の幸もなんでも揃そろうんだ。港近くの市場に行けば手に入らない食材はないとまで言われているんだよ」


「いいなあ、海かあ……。グランダス湖の何倍も広いんでしょう? そんな大きな水のかたまりなんて想像もつかないわ。わたしなんか一生かかっても行けないんだろうなあ……」


 そうか、リタは海を見たことがないもんな。

でも、先のことはわからないぞ。


 ため息をつくリタに僕は首を振った笑いかけた。


「それがそうでもないんだ。リタをグローサムに連れて行ってあげられるかもしれない。いや、リタだけじゃなくてみんなをねっ!」


「どういうこと?」


「僕は帝都へ行くために飛空艇に乗ったでしょう。そのときに飛空艇の構造を解析しておいたんだよ」


 みんなは目をぱちくりしているだけで、僕が何なにを言いたいかわかっていないようだ。


「つまり、僕は飛空艇の作り方を覚えてしまったのさ。材料さえあれば僕たちは自前で空を飛ぶ乗り物が造れるってわけさんだよ」


「ほ、本当なの……?」


 僕は力強く頷いて見せた。


「さすがはセラだ。それに乗れば他所よそへ酒を買いに行けるな! 都会の夜の街にだって繰り出せるぜ」


 シドの目的はやっぱりそれなのね。


「すげー、アタシは海を見たい! でっかいんだろう? 変な生き物がいっぱいいるんだってな!」


 ララベルの夢だってすぐにかなうはずだ。


 僕はぼんやりとしているリタに声をかけた。


「次にグローサムへ行くときは一緒だよ。街のレストランに繰り出して、みんなで祝杯を上げるんだ」


「うん……、うん! そうだね、なんだか楽しい目標ができちゃったよ」


「となると、これからちょっぴり忙しくなるよ。素材集めをしなくちゃならないからね。特に浮遊装置に使う重力魔法機関には大量の黒晶が必要になってくる。機体には金属を使うからそちらも集めなきゃならないからね」


「任せておけ! 酒と女のためならどんな苦労もいとわないぞ」


「アタシだって」


「それじゃあ、またダンジョンの日々だね」


 僕らはワイワイと騒ぎながら次の日の計画を立てた。



 話が一段落したところで、僕は出かけることにした。


「ちょっと行ってくるよ。メリッサやジャカルタさんにもお土産を渡してくる」


 そう言うと、シドが教えてくれた。


「ジャカルタなら家にいるが、メリッサは出かけているんじゃないか? 数日前に地下七階へ行くと言っていたからな」


「へえ、地下七階か……。どういうつもりだろう?」


 地下七階は野生のゴーレムが多い。

ゴーレムは魔結晶を食べて活動するので、実入りは悪いのだ。


「あいつらは地下八階の入り口を探しているのさ」


 ダンジョンは地下十階までというのがもっぱらの噂である。

さらなる深層を求めて黒い刃は動き出しているようだ。

もっと深い階層まで行けば魔結晶もたくさん得られるのかな? 

僕としても気になるところだ。

メリッサが戻ってきたらさっそく話を聞こうと思った。


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