第65話 はじめての


 途中何度か検問があったけど、そこにいるのが第二皇女だとわかるとすぐに通してくれた。

まさにフリーパスである。

心配していたパミューさんの追手も現れず、すんなりと発着場まで行くことができた。


 飛空艇では囚人たちが護送されている最中だった。

みんな暗い顔をして、後部ハッチから檻の中へと乗り込んでいる。

嬉しそうに飛空艇に乗るのは僕くらいのものだ。


「しまったわ」


 突然エリシモさんが声を上げた。


「どうしたんですか?」


「セラへのお礼の品を考えていなかったのよ。私のためにあんなに良よくしてくれたのに手ぶらで帰すなんてできないわ」


「お礼なんていいですよ。帝都への旅はけっこう楽しかったですから」


 飛空艇の構造や、古文書トラップに使われていた特殊合金、様々なお土産、得るものは多かった。


「そうはいかないわよ。百万グロームくらいならすぐに用意できるけど……」


「お気遣いなく。それにエルドラハではお金は使えないんです」


「そうなの?」


「すべて魔結晶との物々交換です。それも異様に不平等なレートでね」


「ちっとも知らなかったわ」


 皇女様が一流刑地の実情なんて知るわけがないか……。


「もし僕にお礼がしたいと言ってくれるのなら、少しでもいいのでエルドラハの 待遇をよ良くしてください。生活物資をもう少し多めに送ってくれるだけでもいいです」


「わかったわ。努力してみる」


 エリシモさんの目は真剣だった。

どうなるかはわからないけど、どうせダメでもともとなのだ。

期待しないで待ってみるとしよう。


「それとは別に、セラに必要な物ってない? なんならセラを監獄長にしてあげてもいいけど」


 そんなことになったらララベルの父親に恨まれてしまうな。

僕には監獄放送をする趣味もない。


「地位なんて欲しくないです。しいて言えば雌のヤギが欲しいですね。いっぱい乳をだすのがいいです」


 ヤギの乳があればいろんなものが作れる。

料理のレパートリーもぐっと広がるだろう。


「すぐに百頭くらい送るわ」


「一頭でじゅうぶんです。そんなにたくさんの牧草はありませんから」


「そうなの?」


「エルドラハというのは砂漠に囲まれた収容所なんです」


 グランダス湖のおかげでようやく雑草が生え始めたばかりなのだ。

ヤギが百頭なんていたら、すぐに食べつくされてしまうだろう。

本当は牛乳の方が好きだけど、ヤギにしておいたのはそういう理由からだ。

ヤギの方が少食だろうからね。


「わかった、次の飛空艇で必ず送るわ」


 それだけ言うとエリシモさんは黙ってしまった。

別れはもう目前である。

僕も何なにをしゃべっていいかわからず、ぼんやりと飛空艇の方を見ていた。


「出発準備がすべて整いました。どうぞ乗艦してください」


 乗組員の一人が告げに来て、すぐに駆け足で去っていった。

いよいよ、本当にお別れのときだ。


「あなたがエルドラハに行ってしまったら、もう二度と会えないのでしょうね……」


 エリシモさんがポツリとつぶやいた。


「また僕のことが必要になったら呼んでください。僕はどこからだって駆けつけますよ」


 エリシモさんは小さく首を振る。


「どうせそのうちに政略結婚の道具にされるのよ。そうなったら今のようにわがままは言えなくなってしまうわ」


 自由がないのはエルドラハの囚人だけじゃなく、帝都のお姫様も一緒なのか……。


「セラ、元気で」


 差し出された手を握ろうと、僕は一歩前に出た。

その胸にエリシモさんが飛び込んでくる。

避けることもままならず、僕はエリシモさんの華奢きゃしゃな体を受け止めた。


「んっ………………」


 キスされた。

前世の分も含めても、僕のファーストキスだ……。

一秒、二秒、三秒、体は動かずに固まったままだ。

頭の中が真っ白で何なにも考えられない。


 どれくらいの時間が流れたのだろう。

僕の腕を掴んでいたエリシモさんが、ようやく体を離してくれた。


「一生分の勇気を使い果たしてしまったわ」


 照れ隠しのようにエリシモさんは笑いながらそう言った。

でも、その瞳には涙が浮かんでいる。


「ありがとう、セラ。元気で」


 震える声でさよならを告げて去っていくエリシモさんの背中に、僕はかける言葉が見つからなかった 。



 離陸の直前までパミューさんによる臨検があるかと心配したけど、飛空艇は無事に帝都グローサムを飛び立った。

夜明け前の出航なので、街の様子は暗闇に包まれていて見ることができない。

ただ、宮殿の方だけは煌々と明かりがともっていた。


 あの灯の近くにエリシモさんやパミューさんがいるのだろうか? 

逃げ出してきたとはいえ、いくばくかの寂寥感せきりょうかんがある。

パミューさんは傲慢で威張っていたけど、僕には優しくしてくれた。

お付きの武官・エイミアさんとも仲良くなれたと思う。

それにエリシモさんは……。

思い出すとくちびるの端っこが熱を持ったようにうずいた。


 僕は窓から離れて、ごろりとベッドに寝そべった。

来るときも使った士官用の部屋があてがわれている。

エリシモさんが手をまわしてくれたのだろう。

ベッドサイドには水差しまで置かれており、待遇は最初から悪くない。


 眠れそうもないので、書き溜めたノートを開いた。

そう言えば、僕は小型飛空艇を作る気でいたんだよな。

ぱらぱらとノートをめくって自分のアイデアを確かめる。

さて、どんな飛空艇をつくるとにしようか? 


 武装をつけたガンシップがカッコいいけど、砂漠を渡ることを考えたら軽量化は必須だよね。

大砲やら機銃やらは重すぎるのだ。

長距離飛行には足かせとなってしまう。


 それよりはスピードや航続飛行距離を優先させるべきか。

消費魔力率の向上を考えればジェット機よりはプロペラ機だよなあ。

ネオクラシック的なプロペラ飛行機というのも悪くない。


「砂漠を横断できるようになったら、またエリシモさんに会えるかな……」


 独り言をつぶやいてから僕は苦笑する。


 そう言えば僕は流刑地の囚人だった。

勝手にエルドラハを出たら怒られてしまうだろう。

もっとも、エリシモさんならその程度のことには目をつぶってくれそうだけどね。

僕だっても気にしない。


 まだどういう乗り物になるかはわからないけど、二つだけ決めたことがある。

色は銀色、そして機体の名称はシルバーホークである。

これが僕らデザートホークスの翼になるのだ。

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