第64話 脱出
連行された場所は牢屋ではなく、綺麗な小部屋だった。
小部屋と言ってもビジネスホテルのシングルルームよりずっと広い。
豪華な家具にお茶やお菓子の用意までしてある。
ベッドだってダブルだ。
そのかわり窓には鉄格子がはめられていた。
おそらく身分の高い人を閉じ込めておくための部屋なのだろう。
「セラ殿、しばらくはこの部屋におられよ」
エイミアさんの口調に思わず笑ってしまった。
「なにが可笑しいのだ?」
「だって、話し方がすっかり軍人になっていますよ。メイドさんはそんなしゃべり方はしませんから」
「う、うむ……。今さら隠すこともないから打ち明けるが、私はメイドではない。パミュー殿下付きの武官だ。君を監視していた」
「知っていましたよ。雰囲気やしぐさがどう見ても軍人さんでしたからね。そんなに背筋の伸びているメイドさんはいませんよ」
「そ、そうか。自分では完璧におちゃめなメイドを演じ切っているつもりだったのだが、君の眼力はたいしたものだ」
この人のこういう天然なところがウケるのだ。
「僕はどうなるのでしょう。もしかして死刑?」
エイミアさんは小さく笑った。
「そんなことにはならないさ。パミュー殿下は本当に君を気に入っているのだ。君が帝都にとどまることを承知さえすれば、すぐに拘束は解かれる」
「でも僕はエルドラハに帰りたいのです」
「うーん……、一生懸命お仕えすれば、そのうちに里帰りを許してくださるかもしれないぞ。私から口添えしてもいい」
そういうことじゃないんだよなあ……。
「ここで一晩よく考えたまえ。明日の朝にまた来る。そのときはいい返事を聞かせてくれ」
出ていきかけたエイミアさんが振り返って視線を落とした。
「あのな……」
「なんですか?」
「私も君を気に入っているのだ。君は素直でよい少年だ。一緒にパミュー殿下にお仕えできれば、私も嬉しいのだよ」
ぱたりとドアは閉じられた。
困ったなあ、あんなことを言われるとますますエイミアさんに迷惑をかけたくなくなる。
でも、ここで籠の鳥になるのは嫌なのだ。事態が複雑になる前に逃げ出してしまおう。
窓から確認すると、ここは四階だった。
「へぇ、それでもこの鉄格子はアンチマジック合金なんだ……」
魔法を使える人間も拘束できるように考えられた部屋のようだ。
もっとも魔導錬成のスキルを使えば取り外すのは難しくない。
『改造』や『作製』を使えば垂直の壁に非常階段を取り付けることだってできるだろう。
抜け出すのは簡単だな。
夜を待って脱出することにして、僕はのんびりとお茶菓子をつまんだ。
ことを起こすに当たっては、まず腹を満たしておく。
ダンジョンで学んだ生きるための鉄則である。
口に入れたフィナンシェは芳醇な発酵バターの香りがして美味しかった。
夜になった。
窓からはマジックランタンを持った兵士の一団が通路を歩いていくのが見える。
巡回兵の数は一斑につき十人か。
一瞬で倒せば警笛を吹く間も与えずに気を失わせることができるだろう。
まずは街の外へ避難して、それから今後の身の振り方を考えるとしよう。
鉄格子に手をかけて『解体』を使おうとしていたら、部屋のドアがノックされた。
大急ぎで窓を閉めて、なにもなかったように取り繕う。
「セラ、入るわよ」
やってきたのはエリシモさんだった。
「こんな時間にごめんね。セラがお姉さまに捕まったと聞いて大急ぎでやってきたのよ。はい、これ」
エリシモさんが渡してくれたのは僕の荷物だ。
中には仲間へのお土産や、自分の買い物などが入っている。
お、大切なメモ帳もあるぞ。
「ありがとうございます。でもどうしてこれを?」
「セラ、私と一緒に逃げましょう。私の領地へ行けばお姉さまといえども手は出せません。しばらく
エリシモさんは本気で提案しているようだ。
だけど、それでは意味がない。
「お申し出はありがたいのですが、僕はエルドラハに帰りたいんです」
エリシモさんの領地へ行くのなら、ここで捕まっているのとそう大差はない。
いずれにしても籠の中の鳥だもん。
「どうして? 私と暮らすのはいや?」
「そうじゃなくて、僕はエルドラハでやりたいことがありますし、あそこでは仲間が待っています」
怖い顔をしてエリシモさんは僕を見つめた。
だけど、彼女は姉のパミューのようにわがままではなかった。
「わかったわ。貴方は恩人ですもの。願いをかなえて差し上げないとね。寂しいけど家に帰してあげます。私についてきて」
「どうするんですか?」
「明け方に出立する飛空艇があります。その便に貴方を紛れ込ませるの」
おお、これでついに帰れるぞ!
「でも、そんなことをして大丈夫ですか? エリシモさんが罪に問われることはありませんか?」
「私は囚人をエルドラハへ戻すだけよ。これが罪になるかしら?」
たぶんならないな。
「ただ、そんなことをしてパミューさんが怒らないか心配です?」
あの人の性格を考えると、エリシモさんと壮大な姉妹ケンカをしそうである
「怒ると思うけど平気よ。姉のことは私が
それなら安心か。
「さあ、行きましょう」
僕たちはエリシモさん配下の騎士たちに守られて飛空艇の発着場まで移動した。
途中何度か検問があったけど、そこにいるのが第二皇女だとわかるとすぐに通してくれた。
まさにフリーパスである。
心配していたパミューさんの追手も現れず、すんなりと発着場まで行くことができた。
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