第63話 捕縛
エリシモさんの治療も三日目である。
寝室へいくと、エリシモさんは優しい笑顔で迎えてくれた。
その頭には僕がプレゼントした髪留めが輝いている。
「あ、さっそくつけてくれたんですね」
「ええ、私のお気に入りですわ。調べてみたのですが、これは千二百年前に栄えたウンダル族の意匠によく似てるの」
エリシモさんの膝には大きな本が乗せられていた。
「また調べ物をして。治療は終わっていないんですよ」
「数ページめくってみただけよ。そんなに叱らないで」
本当に本が好きなんだなあ。
「今日で治療は終わりますからね。そうしたら研究も再開できます。もうちょっとだけ我慢しましょう」
「ええ、楽しみだわ。体が治ったら南のテクノカ遺跡へ行ってみたいの。きっと新しい発見があるはずよ。そうだ、セラも一緒に行かない? きっと楽しいわよ」
エリシモさんはテクノカ遺跡の魅力についていろいろと教えてくれた。
「おもしろそうですね。でも、エルドラハで仲間が僕の帰りを待っているんです」
「だったらお仲間も一緒に来てもらいましょうよ。遺跡の調査チームとしてセラたちを雇うわ」
それは楽しそうな仕事になりそうだけど、誰かに雇われるのは面倒という気もする。
デザートホークスの面々だって束縛を嫌うと思うのだ。
でも短期間なら雇われてもいいと言うかもしれない。
シドとリタはお酒や食べ物で釣りやすいし、ララベルだっておもしろそうな遊び場を見たらすぐに飛びつくぞ。
特にシドはエッチだから、綺麗なお姉さんに頼まれたら絶対に断らないと思う。
「そのことは治療の後でお話ししましょう。まずはエリシモさんの体を治してからじゃないと」
「そうね。私ったら、セラと調査ができると考えたらつい興奮してしまって……。では始めましょうか」
準備を整えて最後の治療を開始した。
三回目の治療も無事に終わり、エリシモさんに刺さっていたトゲはすべて抜けた。
傷の治療も終わって、スベスベでツルツル の肌がよみがえっている。
病気で潤いを失っていたけど、魔導錬成の力を駆使して本来の美しさを取り戻しておいた。
これならエリシモさんも満足してくれるだろう。
エルドラハを出発して五日が過ぎた。
なんだか長く滞在している気がする。
治療は終わったのでそろそろ帰ることを考えなきゃ。
帰ったらさっそくダンジョンに潜り、小型飛空艇を作るための材料を集めるのだ。
みんなは元気にしているだろうか?
今日もパミューさんに頼んで街へ出かけられないだろうか?
買っておきたいものはまだまだあるのだ。
第二皇女様を治療したんだから、それくらいの自由は認められるよね。
部屋を出ると、エイミアさんが僕のことを待っていた。
「パミュー様がお待ちです」
「ちょうどよかった、僕もパミューさんにお話があったんです」
「それではこちらにどうぞ」
エイミアさんは広い居間へと案内してくれた。
部屋の真ん中付近にはソファーが何脚か置かれ、大きな
銀水羊は湿地帯に住む希少種だけど、柔らかな手触りの毛で知られている。
この毛皮で作ったコートはとてつもない高値で取引されるそうだ。
でも、銀水羊の体は一般的にそれほど大きくない。
これほど大型の個体は滅多にいないだろう。
それだけに、その価値も計り知れないものだった。
ソファーではパミューさんが足を伸ばしてくつろいでいた。
「治療はどうだった、セラ?」
「すべて終わりました。これですっかり元通りです」
「そうか、よくやってくれたな」
パミューさんの機嫌はよさそうだ。
これなら今日も外出許可が得られそうだ。
「それで、今日も街へ行って買い物をしたいのですが、よろしいですか?」
「構わんぞ。欲しいものがあれば、私がなんでも買ってやろう。頑張ったご褒美だ」
「え、本当ですか?」
「ふふふ、もちろんだとも」
パミューさんは立ち上がって僕の頭をなでた。
なんだか子ども扱いで嫌だけど、彼女も悪気があってのことじゃなさそうだ。
仕方がないからじっとしておく。
「ところで、僕はいつ頃帰ることになりますか? 生鮮食品が欲しいのですが、帰る直前にタイミングを合わせて買いたいんですよね」
「帰るだと?」
パミューさんはポカンとした顔をしている。
「そうですよ。エルドラハに帰る日の話です」
「いや、その必要はないぞ」
「どうしてですか?」
「セラは今回の功績で帝国市民権を得るのだ。いや、上級国民権を与えたっていい。各種の優遇が得られる特別な階級だぞ」
そういえばプラッツェルがそんな話をしていたな。
僕にとってはどうでもいいものだけど。
「でもエルドラハが僕の故郷ですから……。じゃあ帝国市民権だけいただいて帰ります」
「それはダメだ」
「どうして?」
「セラはここに残って私の従者になるのだ。お前なら立派に勤められるだろう。もう少し年齢が上がったらしかるべき地位につけてやる。
なにを勝手なことを言っているんだ?
僕はそんなものを望んでいない。
「このような場所で窮屈な生活をするのは嫌です。僕を砂漠に帰してもらえませんか?」
パミューさんの顔から笑顔が消えた。
「よく考えろ、セラ。エブラダ帝国では誰もが私に取り入り、その庇護の下に入りたいと望むのだ。そうなれば一生安泰に暮らせるのだぞ」
「まあ、そうでしょうね」
「私はお前が気に入っている。治癒の腕前に料理の腕前、いずれも天下一級のものだ。この私にこそふさわしい」
「要するに僕をペットにしたいってことですか?」
僕の言葉に一瞬だけ怯んだパミューさんだったけど、ニヤリと笑ってから頷いた。
「ありていに言えばそういうことだ。セラ、私はお前が欲しいのだ」
やれやれ、困ったお姫様である。
だが勘違いしないでほしい。
砂漠の鷹は誰にも飼い慣らせるもんじゃない。
「お断りします」
はっきりと告げると、パミューさんは信じられない光景でも見るような顔になった。
「なっ、おまっ……」
否定されることに慣れていないのだろう。
二の句が継げない状態になっている。
この状況をみてエイミアさんまでとりなしてきた。
「セラ殿、よく考えられよ。このような名誉なことはないのだぞ。今は慣れない都の生活に戸惑っているだけだ。私だってなんなりと力になる。悪いことは言わない、パミュー様のおそばにいるのが君にとっての幸せなんだ」
幸せの定義を他人がどうこう言う方が変だと思うよ。
「エイミアさん、お気持ちは嬉しいですけど僕はエルドラハに帰ります」
「しかし――」
二人とも悪い人ではないんだけど、権力者特有の身勝手さが鼻につくのだ。
「エイミア、セラを捕らえよ!」
やっぱりこうなるか……。
パミューさんが知っているのは、僕の治癒の力と料理の腕だけ。
戦闘力については理解していないからだろう。
ここにいる人たちをねじ伏せるのは簡単なことだ。
さらに言えば宮殿からの脱出だってそれほど大変じゃない。
でも、下手に暴れたらエルドラハの仲間に迷惑がかかるかもしれない。
それに僕を取り逃がしたことでエイミアさんが罰せられる可能性もある。
クールな軍人ぽい人だけど、たまに見せる天然ボケがツボなんだよね……。
昨晩は毒見ができなくてしょんぼりしていたから、残ったアイスクリームを分けてあげたんだけど、「すまぬ、この恩は生涯忘れぬ!」とか言いながら、涙ながらに食べていた。
叱責だけならともかく、降格とか減俸とかはかわいそうだ。
ここは大人しく捕まって、後で抜け出すとしよう。
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