第62話 フルコース



 久しぶりに見る圧倒的な物量に僕は絶句していた。

人に物、この都にはありとあらゆるものが詰め込まれている。


 帝国の紋章をつけた高級馬車は、僕らを乗せて大通りの真ん中をどんどんと進んでいく。


「セラはどんなところに行きたいのだ?」


「まずは魔道具の店を見たいです」


 エルドラハで出回る魔道具の数は限られている。

それに比べてグローサムなら大量の品ぞろえだろうし、僕が見たこともないアイテムだってあるだろう。


 冒険や暮らしに役立つものならぜひとも買って帰りたい。

たとえ買えなくても『スキャン』を使って構造を調べさえすれば、自分で作り出せるかもしれないのだ。

手に取るだけでも価値はある。


「それでは皇室御用達の店へ連れて行ってやろう」


「それから酒屋さんや文房具店、食料品や雑貨を扱う店なんかにも行きたいです!」


 お酒はシドへのお土産、文房具はメリッサ、食料はリタで、雑貨はララベルのためだ。


 ミレアにはなにを買っていこう? 

おしゃれだからブティックで服とかがいいかな? 

あんまりかさばるものは困るけど。


「おいおい、ずいぶんと多いではないか。かわいい顔をしてセラは欲張りだな。まあよい、ここまで来たのだから連れて行ってやる」


 パミューさんは難しい顔をしながらも、馬車を急がせてくれた。




 今日は本当にいい買い物ができたと思う。

シドにはブランデーの逸品を手に入れたし、メリッサが欲しがっていたガラスペンを手に入れることもできた。

リタのためには大きなハムの塊や、薔薇の形をした砂糖菓子なんてものも手に入れている。

ララベルにはかわいいリストバンドを購入した。

ミレアには絹のスカーフを買ったけど喜んでもらえるかな?


 それから、露店で不思議なものを見つけた。

特殊な合金でできた髪飾りだ。

形はシンプルなのに、妙に引き付けられてしまったのだ。


 不思議に思ってスキャンをかけて見たら、それはなんと古代文明の遺物だった。

この品がどういう経緯で露店に流れ着いたのかはわからないけど、千年以上前に作られたものに間違いない。

特殊な金属なので錆も浮かず、古いものには見えないから、誰もその価値がわからなかったのだろう。

魔法的な効果などはないけど、珍しいものには違いない。

これはエリシモさんへのお見舞いの品にした。


 それにしても驚いたのは帝都の物価の安さだ。

物価が安いというか、魔結晶がやたらと高値で取引されているのだ。


 たとえばエルドラハで生きた鶏を買おうと思ったら、赤晶で五キロはするだろう。

ところが、グローサムではその十分の一の量で買えてしまうのだ。

いかに僕たちが帝国に搾取さくしゅされているかがよくわかった。


「さて、セラ。昼をだいぶ過ぎてしまったぞ。そろそろ宮廷に戻ろうではないか」


「いろいろと回っていただきありがとうございました。お約束通り、今夜は腕を振るいますよ」


 目の前にいるのは僕らから財を搾り取る帝国のお姫様だ。

含むところがないと言えば嘘になるけど、今日世話になったのも事実である。


 それにパミューさんはわがままなところはあっても、根っこのところはいい人でもある。

料理はしっかりと作ることにした。



 ディナーは約束通り、正餐のフルコースにした。

メニューはこんな感じだ。


 雷鳥のポタージュとマッシュルームのポタージュの二種

 フォアグラのソテー ワインのグラニテ添え

 手長海老とコンソメのジュレ

 キジの卵とプレスしたキャビアクリーム

 ヤツメウナギのパイ包み

 スパークリングワインとレモンのシャーベット(お口直し)

 スズキのアーモンドバターソース

 豚の足 アントン・メリノ風(アントン・メリノはグランベル王国を代表する料理人)

 ダルティアの腰肉 ポルトガソースとカンバーランドソース添え

 プチ・ゴーフレット

 タルトタタンのアイスクリーム添え


『料理』のスキルがあるのでレシピには困らない。

調子に乗ってたくさん作ってしまったけど、ひとつひとつの量は少なめにしておいから女性でも完食できるはずだ。


「ほお、いい香りだ」


 二種のポタージュを出すと、パミューさんは優雅な手つきで銀のスプーンを取り上げた。


「さ、先に私がお毒見を……」


 エイミアさんがいそいそと前に出てくる。


 毒見でそんなにワクワクした顔をするのはどうかと思うよ。

この人はつくづくスパイには向いていないと思う。


 毒見をしたエイミアさんも、その後で食べたパミューさんも、二人ともとろけそうな顔をしていた。

お次はフォアグラのソテー ワインのグラニテ添えだ。


「こちらも私がお毒見を」


 前に出てきたエイミアさんをパミューさんが止める。


「待て! 毒見の必要はない」


「で、ですが……」


「セラが私に毒を盛ることもなかろう。エイミアは下がっておれ。すべて私が食す」


 パミューさんは毒見の一口さえ他人に食べさせるのはもったいないと感じているみたいだ。


「は、はい……クッ……」


 毒見ができなくて肩を落としているエイミアさんはかわいそうだった。

あとでデザートでも分けてあげようかな?


 パミューさんは心ゆくまでディナーを堪能し、しきりに僕をほめそやしてくれた。

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