第61話 パミュー様は誘惑に負けました


 部屋に戻るとエリシモさんは目を覚ましていた。


「顔のトゲが取れたせいか、なんだか食欲が湧いてきたわ」


 少し眠ったので顔色もよくなっているようだ。


「特製の牡蛎粥を作ってきましたよ。これを食べればもっと元気になりますからね」


 内臓の働きを助け、体力を補ってくれるはずである。


「まあ、いい香り。でも全部食べられるかしら……」


 古文書のトラップにかかってから十日余り、エリシモさんはご飯をほとんど食べていないそうだ。


「無理をなさらず、食べられる分だけでいいですからね」


 そうは言ったけど僕には自信があった。


 侍女にお粥を食べさせてもらったエリシモさんは目を丸くした。


「こんなに美味しい料理は初めて。宮廷で出されるどんな料理もこれほどのものはありませんでした」


「今日は特に時間をかけて作りましたからね」


 僕はちょっとだけ胸を張ってみせた。

エリシモさんは侍女からスプーンを受け取り、自分ですくって食べている。


「スプーンが止まりません……」


 相当気に入ってもらえたようだな。



 食が細くなっていたエリシモさんだったけど、特製のお粥は完食してくれた。

これだけ食べられるのなら明日はもう少し量を増やしてもいいかもしれない。


「明日の朝食は野菜と鶏肉のスープを作ってみますね。しっかり食べて早くよくなりましょう」


「うふふ、なんだか明日が楽しみだわ。こんな気持ちは本当に久しぶり」


 夜は早めに休むように勧めてから自分の部屋へと戻った。



 翌日になるとエリシモさんはさらに元気になっていた。

こけていた頬もやや膨らみを取り戻し、肌にも艶がでている。


 こうしてみると魅力的な人だな。

今日のエリシモさんはメガネをかけている。


「まるで学者さんみたいに見えますね」


「私は古代文明の研究をしているの。だから学者というのも間違っていないわ」


 お姫様の固有ジョブは考古学者だったな。

診察をする時にスキャンで見てしまったのだ。


「だから古文書を読もうとしていたんですね」


「ええ。あの文字を解読できるのは帝国にも数人しかいないのよ。今は手元にないのが本当に残念だわ」


 古文書はパミューさんが持っていってしまったそうだ。

エリシモさんのそばに置いておくと、無理して読んでしまうから強引に取り上げたらしい。


 研究熱心なのはいいことだと思うけど、体にさわることは控えてほしい。


 今朝もエリシモさんはご飯を完食してくれた。

体力もついてきたようだから、今日の治療も予定通り行うとしよう。


「それでは治療を始めましょう。心の準備はいいですか?」


「ええ、セラにぜんぶ委ねます。よろしくね」


 僕への信頼が増し、もう治療への恐怖もないようだ。

エリシモさんは静かに微笑んでいて、なんだかとっても綺麗に見えた。



 本日は首の周りに刺さっていたトゲをすべて抜くことに成功した。

傷跡も残らずにツルツルになっている。

今は麻酔で眠ったままなので、しばらくはこのままにしておこう。


 そっと部屋から退室すると、待ち構えていたパミューさんとエイミアさんに出くわした。


「これはパミューさん」


「治療は終わったか?」


「はい、エリシモさんは順調に回復していますよ」


「それはよかった」


「ところで、お願いしたいことがあるのですが」


 お昼までにはまだ時間がある。

だったらずっと考えていた計画を実行に移したかった。


「なんだ? 必要なものがあるのなら用意させるが」


「そうではありません。エリシモさんはまだ寝ているので、その間に帝都見物をしたいのです」


 せっかく帝都グローサムまで来たのだ。

街を見物して、エルドラハでは手に入らない物を買ったり、仲間へのお土産を用意したりしたい。

いい機会だから街へ出かけてみようと考えたのだ。


 ところがパミューさんはいい顔をしなかった。


「それは許可できない。お前は囚人なのだぞ、セラ。それに勝手に出歩かれてトラブルなどに巻き込まれたら困るだろう? セラはかわいい顔をしているから、誘拐されてしまうかもしれないぞ」


 パミューさんは僕を子ども扱いしているようだ。

ダンジョンに潜る冒険者がそこら辺のゴロツキ風情に誘拐される恐れなんてないのにな。


「そんなあ、帝都に来たらいろいろ買い込もうと思っていたのに……」


 パミューさんがぐいと顔を近づけてきた。

真剣なまなざしで僕をにらんでいる。


「そんなことよりもセラ、お前は不思議な料理が作れるそうだな」


 エイミアさんの方を見ると視線を泳がせてそっぽを向いた。


 さてはエイミアさんが昨日の料理のことをパミューさんにチクったんだな。


「エイミアの話ではこの世のものとは思えないほど美味らしいじゃないか。ひとつ私にも作ってくれ」


「えぇー……」


「なんだ、その不満そうな顔は? おい、これは命令だぞ。素直に聞かないとただでは済まさん! 舌をちょん切ってしまってもいいのか!」


 すぐそうやって脅迫するのがこの人の悪いところだ。


 でも、パミューさんはどうしても僕の料理を食べてみたいようだな。

よし、この状況を利用してしまおう。


「そんなこと言われても、あれは大量に魔力を使うし、気分が乗らないと上手に作れないんですよねえ……。そうだ! 街に遊びに行けたら楽しく料理が作れるかもしれないぞ。うん、きっとそうにちがいない!」


「なんだとぉ……。貴様、甘い顔をしていればつけあがりおって」


「まあまあ、そう言わずに遊びに行かせてくださいよ。そうしたら今夜は最高のディナーをご用意しますから」


 僕はにっこり笑って提案してみた。


「最高のディナーだと?」


「ええ。僕の持てる技をすべて使ったスペシャルコースです。他では絶対に食べられない、パミューさんだけのための特別料理! ねっ!」


「くそ、無邪気な顔で笑いおって、これでは怒るに怒れんではないか」


「それじゃあ……」


 パミューさんは肩をすくめる。


「仕方がない、私が直々に街を案内してやろう。エイミア、用意をいたせ」


「はっ、直ちに関係各所に通達を出します!」


 エイミアさんは敬礼をして行ってしまった。

メイドさんが敬礼をしちゃダメなんじゃないかな? 

正体がバレバレだよ。


 それにしても、大袈裟なことになりそうだから第一皇女様にはついて来てほしくないなあ。

でも、とても言い出せる感じでもないなあ。


 いつもおっかない顔をしているパミューさんが機嫌よさそうに案内してくれるというのだ。

ここはありがたく申し出を受けるとするか。


「グローサムの名所を案内してやるから、しっかりとディナーを用意するのだぞ」


「心を込めて作りますよ」


「ならばよい」


 パミューさんは満足げな顔で頷き、僕らは馬車の待つ玄関へと移動した。


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