第59話 治療開始


 夕方になってようやく顔に刺さったトゲを一本だけ抜くことができた。

やはり、魔法を弾くこのトゲにスキルは効きにくい。

『麻酔』と『解体』を併用しても、一本抜くのに一時間もかかってしまったのだ。

緊張と魔力の消費で僕も疲れてしまったよ。


 トゲは全部で数千本もある。

ひとつひとつをこの調子で抜いていくのは無理だろう。

なんといっても時間がかかり過ぎる。

エリシモさんも疲れてしまったので今日はこれくらいにしておく方がよさそうだ。


 パミューさんに部屋を与えられ、今夜は宮殿に泊まることになった。

これまでの人生を通して、いちばん豪華な造りの部屋だ。

天蓋付きのキングサイズベッドだなんて初めての経験だよ。


「用があればこの者に言いつけよ。それでは明日の治療も頼むぞ」


 それだけ言ってパミューさんは去っていった。


「メイドのエイミアと申します。なんなりとお申し付けくださいませ」


 エイミアさんは黒髪をアップにしたお姉さんだった。

涼やかな眼もとに、厚い唇、態度は事務的で愛想はない。


 あれ、この人はメイドの割にたくましくないか? 

服の下に隠れているけど筋肉質な体つきをしているような気がする。

動きも機敏で脚運びに隙がない。


 試しにスキャンをかけて見たらやっぱりだ。

この人のジョブはナイフファイターで軍人だった。

戦闘力判定はCとなかなかの腕前である。


 要するに僕の監視役というところだろう。

さすがに旧グランベル王国の貴族の末裔を野放しにするほど宮廷は甘くないということか……。


「お夕食の前にお茶でもお飲みになりますか?」


「いただきます。それと魔結晶を五百gほどいただけますか?」


「種類はなににいたしましょう?」


 魔力を補充したかったので訊いてみたけど、あっさりと了承してもらえた。

さすがは宮廷、お金持ちなんだね。


「紫晶をお願いします」


 どういうわけか、僕は紫晶との相性がいちばんいい。

『抽出』による魔力補充もすんなりと行える。


「承知いたしました。少々お待ちください」


 エイミアさんは部屋を出ていき、僕はようやく一人になった。

でも、どうせまだどこかに監視の目はあると思う。

扉の外だけではなく、壁の向こう側にも人の気配がするぞ。

おかしなことはせずに大人しくしておくことにしよう。


 それにしてもエリシモさんの治療はどうしようかなあ……。

あれだけのトゲを一本ずつ抜いていくのは現実的じゃない。

そんなことをしていれば年単位の仕事になっちゃうもん。


 やっぱり『麻酔』で眠らせて、強引に抜いてしまおうか。

無理に抜くのだから傷になってしまうけど、それは『修理』で治せばよいことだ。


 皇女様にそんな無礼を、指を切って捨てるぞ! とか言って叱られそうだけど、とりあえずはこれしか思い浮かばない。


 明日になったら、エリシモさんとパミューさんに相談してみるか……。



 

 翌日、けっきょく僕の意見が通り、エリシモさんを麻酔で眠らせている間にトゲを抜くことが決まった。


 僕が傷を跡形もなく治すというのはプラッツェルから伝わっていたようで、お二人も信じてくれたようだ。

プラッツェルの顔の痣がなくなっていたことも、賛成してくれた大きな理由だろう。


 エリシモさんの体に負担になるので治療は三回に分けて行うことを伝え、まずはいちばん目立つ顔のトゲから始めることにした。


「それではスキルで眠ってもらいますね。大丈夫、起きたときには顔のトゲはなくなっていますよ」


 それでもエリシモさんは不安そうだったけど、麻酔が効き始めるとゆっくりと目を閉じた。


 頼んだものはすべてそろっているな。

手を洗うための水。

清潔な布巾ふきん、魔力を補うための山盛りの紫晶。

どれも抜かりはなさそうだ。


「さて、始めますか」


 僕は十五人の騎士に取り囲まれながら治療を開始した。


 この騎士たちはもちろん僕の助手なんかじゃない。

皇女を守る護衛の方々だ。

治療が失敗したときは僕を捕縛ほばくするための指令も受けているのだろう。

万が一捕まったらどこかをちょん切られてしまうのだと思う……。

そうなる前に逃げ出すし、失敗することもないけどね。


 麻酔の深度を確認しながらトゲを抜いていく。

多少強引ではあるけれど、なるべく傷はつけないように気を付けた。

それでも、やっぱり細胞は傷つくし、血はにじみ出るのだけどね。


「おい、本当に大丈夫なのか?」


 パミューさんが口を出してくる。

外で待っていてと言ったのだが、魔導錬成が気になるらしくて、強引に手術に立ち会っているのだ。


「少し黙っていてください。気が散ります」


 このトゲは本当に厄介だ。

普通の傷口と違って『修理』までもが効きにくくなる。

古代文明の奴らは相当な意地悪者がそろっていたんだな。


「貴様、パミュー様になんという口の利き方を。もう黙ってはおられん」


 そばで見ていた騎士がまたもやうるさいことを言いだした。


「治療中なのが見てわからないの? エリシモさんの顔に傷が残ったら責任が取れるんですか?」


 相手なら後でいくらでもしてあげるから、今は治療に専念させてほしいのだ。


「くっ……」


 まだなにか言いたそうだったけど、騎士は不承不承ふしょうぶしょうさがっていった。


 同じ作業を繰り返すうち、僕も段々慣れてきた。

トゲを抜くのも肌を修理するのもコツがつかめてきたぞ。

これなら一気に二十本くらい抜いても平気だろう。


 ブチ、ブチ、ブチ、ブチッ!


「ひっ!」


 ブチ、ブチ、ブチ、ブチッ!


「くっ!」


 ブチ、ブチ、ブチ、ブチッ!


「うはっ!」


 パミューさんが身をくねらせながら僕の肩越しに治療を覗き込んでいる。

身震いしながらも、なんだか楽しそうにしているのは気のせい?


「……パミューさん、いちいち反応するのをやめてもらえませんか?」


「すまん、ゾクゾクするのだが見るのをやめられんのだ」


 こういうのがお好きなんですね。

妹さんが苦しんでいるというのに困った人だ。


「それから肩を掴むのをやめてください。動きにくいので」


「かたいことを申すな。第一皇女の手が触れるなど、最高の栄誉なのだぞ」


「治療の妨げでしかありませんよ……」


 注意したのだけど、パミューさんは僕の肩をしっかりと掴んだまま、ずっと治療を観察していた。


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