第57話 パミュー


 僕らは曲がりくねった道を進み、城の奥の方までやってきた。

なんだかクネクネした通路だったけど、これは城に攻め入られたときの用心らしい。


 複雑な構造をしていれば目くらましになるので、敵も簡単には奥に入って来られないという仕掛けなのだ。


 こうしてしばらく歩いていると立派な石造りの建物までやってきた。

プラッツェルはここで取次ぎを頼み、しばらく待たされた。


「ねえ、この奥に患者さんがいるの?」


「静かにしていろ。これから会うのはたいそう身分の高いお人なのだ。決して失礼な態度を取るなよ」


「はーい」


 なんだかプラッツェルが緊張している。

偉そうなこいつがおびえているところをみると、相手は将軍とか大臣とかだろうか?


 まあ、僕には関係ないな。

僕としてはさっさと治療を施して、都見物でもさせてもらえればじゅうぶんだ。


 ありがたいことにポケットの中には金晶も銀晶も入っている。

貴重品だから盗まれないように、入れっぱなしにしておいたのが功を奏した。


 都の物価が高かったとしても、これだけあればお土産みやげくらいは買えるだろう。

街にはエルドラハにはない珍しいものがいっぱいあるだろうから、デザートホークスの仲間やメリッサたちにいろいろ買って帰りたいのだ。


 通路の椅子に腰かけて待っていると、中から騎士の一団が出てきた。

全部で十五人もいるけど、どういうわけか全員が女性である。


「ご苦労でした。この少年は我々が連れて行くので、プラッツェル殿はここでお引き取りください」


「承知しました。パミュー様によろしくお伝えくださいませ」


 プラッツェルは慇懃に頭を下げている。


「セラ・ノキア、上手くやれよ」


 すれ違いざまに声をかけて、プラッツェルはもと来た道を引き返していった。


 一方、僕は十五人の女騎士に囲まれた形だ。

いざとなれば、僕のことをすぐに取り押さえるようなフォーメーションを組んでいるぞ。


 隊長らしき人が厳しい口調で注意してくる。


「ここは帝国の皇女様方が暮らす静欄宮せいらんきゅうである。不埒ふらちな真似をすれば子どもといえども容赦はしない。即座に手首を切り落とすのでそう思え」


「えーと、不埒な真似ってなんですか?」


「フラフラと勝手に歩いたり、女官たちの部屋を覗いたり、その……悪さをしないようにということだ。女官をしつこく見るのも禁止である」


 視線まで制限されるなんて相当だな。


「風紀に厳しいところなのですね。承知しました」


「うむ、わかればよい」


 僕の理解が合っていたようで、騎士たちはそれ以上なにも言わずに歩き出した。


 なるほど、ここはお姫様たちが住むところだから守備兵も全員女性なのか。

それで少年といえども男には厳しいのだろう。


 そういえばここはいい香りが漂っている。

デパート一階の化粧品売り場みたいな高級な匂いだぞ。

砂漠のエルドラハでは久しく嗅いだことのない匂いだな。

これもやっぱり女性ばかりが住んでいるせいなのだろう。


 またもや複雑な通路と階段を上がり、建物の奥まったところまでやってきた。

僕にはもう自分の現在位置がよくわかっていない。


「この部屋に入る。部屋の中に入ったら正面の方に跪(ひざまず)ひざまずくように」


 再び僕に注意を与えてから、騎士は扉を開けた。


 案内された場所は広い部屋だった。

室内の一角に二十人は楽に座れそうな大きなテーブルがしつらえてある。


 よく見るとテーブルの天板は天然の一枚ものだ。

継ぎ目なんてどこにもないぞ。

いったいどんな巨木から切り出したというのだろう? 

砂漠で育った僕はそんな大きな木なんて見たことがなかった。


 大きなテーブルには派手な軍服を着た女性が一人で座っていて、書類の束に目を落としていた。

豊かな金髪が緩やかに波打っている。

目つきは鋭く、美人だけどわがままそうな印象を受けた。


 身分が高いだけに人をあなどっていそうな感じなのだ。

こういうのを驕慢きょうまんっていうんだっけ? 

僕の勝手な印象なんだけど、この手の感覚っていうのは合っていることが多いんだよね。

第一印象って大切だ。

直観っていうのは言語化する前の理解なんだって。


 軍服を着ているところをみると将軍の一人かなにかだろうか? 

でも将軍というには年齢が若すぎる。

どう見てもまだ十代じゃないかな?


「パミュー様、セラ・ノキアを連れてまいりました」


 騎士が声をかけると、パミューと呼ばれた女の人が顔を上げた。

人を値踏みするような、遠慮のない視線に少しだけイラっとした。


「おい、跪かんか!」


 騎士たちは僕を押さえつけて跪かせようとしたけど、脚に力を込めて踏ん張った。一トンものレッドボアを持ち上げられるパワーは伊達じゃないぞ。

あれからダンジョンで鍛えて、体はさらに強くなっているんだ。

騎士が数人でかかっても、僕をねじ伏せることなんてできやしない。


「くっ、どうなっているのだ?」


「ええい、跪かんか。その足を切るぞ!」


 脅されようが、膝の裏を蹴られようが、僕はびくともしなかった。

騎士たちは真っ赤な顔で汗をかきながらウンウン唸っているけど、僕は涼しい顔のままだ。


 しばらくその様子を見守ったパミューさんだったが、おもむろに質問してきた。

怒っている様子はない。

むしろ僕に興味を持ったようである。


「なぜ跪かん?」


「どうでもいいことなんですけど、僕の両親はグランベル王国の伯爵なんですよ。グランベルを滅ぼした帝国の軍人に膝をつくのは、なんとなく両親に悪い気がするんですよね」


 険悪な雰囲気にならないように笑顔で答えた。

「貴様、無礼であるぞ。このお方はエブラダ帝国第一皇女のパミュー様なるぞ」


 目の前にいるのはただの軍人ではなく、帝国のお姫様か。

どうりで若いのに偉そうなわけだ。


「へー、エブラダ帝国ではお姫様が軍を動かされるのですか?」


「すべての皇女がやっているわけではない。たまたま私に適性があったというだけの話だ。おい、もう放してやれ」


 物事にこだわらないのか、パミューさんは僕を解放してくれた。


「かわいい顔をして強情だな」


「たまに言われます」


 転生前はロックンロールを愛していました。

反骨主義は前世からの醸成です。


「ふむ、こんなに若いのが来るとは思わなかった。相当に腕がいいと聞いていたから、もっと年寄りの治癒師が来ると思っていたぞ」


 パミューさんは僕のことをじっと見つめてくる。

でも、蔑(さげす)さげすむような印象はなくなって、代わりに好奇心がにじみ出ていた。


「歳はいくつだ?」


「十三歳です」


 前世の分も勘定に入れると、実質的な精神年齢は十八歳だけどね。


「私より五つ下か」


「僕は誰かを治療するように言われて来たんですけど、患者はどこですか?」


「別室だ。先に断っておくが、この度の診療で見聞きしたことは他言無用だ。外部に漏らせばお前の首を切り落とす」


 さっきは騎士たちに手首や足を切り落とすと脅されて、今度は首か。

ここの人たちはよくよくちょん切るのが好きなようだ。


「誰にもなにも言いませんよ。患者に不利になるような情報は外部に漏らしません」


 病気というだけで差別をするような輩はこの世界にもいるのだ。


 腹立たしいけど人の口に戸は立てられない。

だったら僕が黙っていればいいだけのことである。

僕は守秘義務をちゃんと心得た魔導錬成師なのだ。


「わかればよい。お前に診てもらいたいのは妹のエリシモなんだ」


 妹というと、その人もお姫様か。

どうりでプラッツェルが患者の身分を隠すわけだ。

皇女に変な噂が立つのはよろしくないのだろう。


「ご病気ですか? それとも怪我?」


「怪我……そう言っていいのだろうか? というよりは一種の呪いなのだが……」


 説明するのが難しいようだ。

だったら診た方が早いか。


「わかりました。さっそく診察してみましょう」


「先に断っておくが、かなりひどい状態だぞ。これまで何人もの治癒師が診てきたが誰も治せなかったのだ」


「承知しました。最善をつくしますよ」


 僕らはそろってエリシモさんの病室へと移動した。


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