第56話 帝都に到着


 またもや窓からの光で目が覚めた。

旅も二日目である。


 昨晩は嵐がひどくなり、砂漠の真ん中に着陸して風を遣り過ごすほどだったのだ。

だが天気も明け方前には回復して、今は通常航路を運航中である。


「おはよう。朝食を持ってきたぜ」


 顔なじみになった兵士が朝ご飯を持ってきてくれた。

コーヒーのいい匂いが部屋の中に広がっていく。


「すごい砂嵐だったけど飛空艇は大丈夫そうだね」


「あの程度の嵐は毎度のことさ。十日も足止めを食らったことだってあるんだぜ」


「知っているよ。飛空艇が来ないと、僕たちだって物資が届かなくてハラハラするんだから」


「そういやアンタはエルドラハの人間だったな。忘れていたよ」


 エルドラハはすべての生活物資を飛空艇に頼ってきた。

飛空艇が来なければ食料はすぐに底をついてしまう。


 だけどデザートフォーミングマシンが動き出した今、エルドラハでも食糧生産が開始されようとしている。

どの程度の量が生産できるかはわからないけど、少しは住みやすい地になってほしいものだ。


「今日中に帝都に着けるの?」


「砂嵐のせいで七時間ほど遅れるがな」


 それくらいだったら問題ない。

飛空艇の構造はもう少しで全体が把握できる。

七時間もあればじゅうぶんだろう。


 エルドラハに帰ったらさっそく飛空艇の製作に取り掛かるとしよう。

でもこんなに大きなものを作るのは効率が悪いな。

それに飛空艇は飛行速度が遅すぎる。

もっと小さくて、速い飛行機でも作ってみようか?


 いっそ小型の飛行機やヘリコプターみないなのはどうだ……。

頭の中でいろんな夢が広がっていく。


「どうした、にやけた顔をしやがって。女のことでも考えていたか?」


「違うよ! もっと別なこと」


「むきになるところが怪しいな。おおかた砂漠に残してきた彼女のことでも考えていたんだろう」


 心の中にふとメリッサのことが思い浮かんだ。


 別にメリッサが彼女ってわけじゃない。

ただ、メリッサは僕の許婚であって……。

でもそれは保留中で……。


 僕とメリッサの関係ってなんなんだろうな……。


「ほら、ぼんやりしてないで冷めないうちに飯を食っちまえよ」


「そうだね。いただきます!」


 とりあえずはご飯を食べてしまおう。

僕もメリッサもまだ十代だ。

時間だけならたっぷりとある。

僕らの未来がどうなるかはわからないけど、先にご飯を楽しんでしまうくらいの余裕はあるはずだ。


 朝食をゆっくりと食べた後、僕は再び飛空艇の設計図づくりに熱中した。



 お昼前になって、眼下に広がる風景に変化が現れた。

まばらながら大地に草が生えているのだ。

それだけじゃない、背丈の低い木々も見え始めたぞ。


 やがて砂まじりの草地は草原になり、川や池まで見えてきた。

あまりに久しぶりの光景に涙が溢れてしまう。

緑ってこんなに美しいものだったっけ?


 こんなにたくさんの植物に囲まれるのは転生以来初めてのことだ。

ダンジョン地下六階の比じゃないぞ。

これこそ本物の草原だ!


 植物バイオームの出現とともに野生生物や人々の集落なんかも現れ始める。

僕は鼻の頭が窓につくほど近づき、いつまでも飽きずに移り行く風景を眺めていた。



 いくつかの街の上を通り過ぎた。

当たり前のことだけど、どこも帝国領である。

改めて帝国の巨大さを知った。


「おい、そろそろグローサムに到着するぜ。甲板に出てきてみろよ」


 いつもの兵士が僕を呼んでくれる。

士官用の個室になってから扉に鍵はかけられていない。

すぐに飛び出し、舷側につかまって前方を眺めた。


「おおっ! あれが帝都グローサム?」


「その通りだ。すべての道はグローサムに繋がる、ケイセイ海の秘宝、世界の中心地、百万都市グローサムだぞ!」


 地平線の彼方に城壁で囲まれた大きな都市が見えた。

飛空艇が近づくにつれて街の輪郭がはっきりとしてきたぞ。

高い城壁に囲まれた街の向こうには青い海が輝いている。

グローサムは岬の突端に作られた街なのだ。


「美しい都市だなあ」


 前世のドキュメンタリー番組で見たコンスタンティノープル(今のイスタンブールだね)の街並みになんとなく似ている。


 あそこは東西の文化が入り混じった独特な雰囲気を醸し出していた。

たしかビザンチン文化だったかな。

ここもいろんな文化が混じり合っているような感じがするぞ。


「規模もすごいけど、建築物がいちいち華々しいね」


「そりゃあそうさ、世界一の版図はんとを持つエブラダ帝国の首都だぜ。これほどの都は他にはないさ」


 飛空艇は少しずつ高度を落として街の中心地へと下りていった。


「この船はどこへ向かっているの?」


「グローサム城の発着場だ。そこから城の倉庫へ魔結晶が運ばれるんだ。アンタはプラッツェル様とどこかへ行くようだがな」


 飛空艇の乗組員は、僕がなんのために呼ばれているかを知らないようだ。

情報を極力漏らさないようにプラッツェルは気を遣っているようだった。



 城のそばにある広い場所に飛空艇は着陸した。

この船は重力魔法を応用した浮遊装置を使っているので、離着陸に滑走路が要らない。

そういうところは飛行機というよりは飛行船に近いと言えるだろう。


 タラップから降りた僕は興味のままに視線を走らせた。


 ずいぶんと大きな城のようで高い尖塔が何本も見えている。

この場所だけでも国立競技場のグランドくらいの広さはあるぞ。

あっちの建物はなんだろう?


 ちょっと見学に行こうとしたのだけどプラッツェルに阻まれてしまった。


「ついて来い。くれぐれも大人しくしてくれよ。……頼むからな」


 プラッツェルは僕がワイバーンを倒すのを目撃してから態度が軟化している。

というより怯えていると言った方が正しいかな。

エルドラハにいたときよりも言葉遣いまでマシになっていた。

いきなり噛みついたりしないのにね。


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