第55話 ランクアップ


 甲板では十人もの帝国兵が攻撃魔法を展開しているところだった。

先ほど朝食を届けてくれた兵士が立っていたので声をかけてみる。


「いつもこんな風にワイバーンの襲撃があるんですか?」


「魔物に襲われるなんて滅多にねえよ。って、おまっ、どうやって牢から出てきたんだ!?」


 慌てふためく兵士を無視してワイバーンとの距離を測る。

奴らは口から火球を放つことができるのだ。

今は魔法攻撃の弾幕のおかげで接近を許していないけど、遠からず魔法兵の魔力は尽きる。

ワイバーンもそのタイミングを狙っているに違いない。


「おじさん、槍を借りるよ」


 兵士の持っていた槍をひったくった。



「おい、なにをする!」

 バックステップで後ろに飛んで、助走をつけてからの投擲とうてきだ。

専門職のララベルほどじゃないけど、パワーなら僕だって負けないぞ。


「うりゃっ!」


 槍は空気を切り裂く光線のようにひらめき、ワイバーンの首を貫いた。

だがそれで終わったわけじゃない。

首を貫通した槍は勢いを失わず、後ろを飛んでいたもう一匹のワイバーンの腹までをも貫く。

よし、狙い通りだ。


 即死だったみたいで、二体のワイバーンは地上へと落ちていった。


「あんたは一体……」


 兵士たちが驚愕の目で僕を見つめる。


「油断しちゃダメですよ。もう一体残っているんですから」


「そ、そうだった!」


 最後のワイバーンがこちらに向かって近づいてきた。

好戦的で有名なだけはある。

仲間がやられても戦意を失わないようだ。


「おい、セラ・ノキア。残りの一体も片付けろ!」


 僕を連れてきた偉そうな帝国の使者が青い顔で命令してきた。


「あ、プレッツェルさん、いたんだ」


「プラッツェルだ!」


 そんなことはどうでもいい。

僕だって飛空艇を落とされるのは嫌だから、手伝ってあげてもいいけど、いいかげんこの人の態度は鼻につく。


「待遇の改善を要求する」


「な、なんだと? この緊急時になにを言っとるか!」


「嫌なら別にいいです。僕は砂漠に慣れていますので、飛空艇が墜落してもどうにかできますから」


 ただのハッタリじゃないぞ。

布で小型のパラシュートを作ればケガをするだけで済むだろう。

死なない自信はある。


 死ななければ『修理』で自分の体を治せるのだ。

さらに飛空艇の残骸で乗り物を作ることだってできるだろう。


「ま、待て! なにが条件だ?」


 スタスタと室内へ戻ろうとした僕をプラッツェルが呼び止めた。


「まずはペンと紙をください」


「ペンと紙だと?」


 飛空艇の構造をメモするとは言いにくいな。


「せっかくだから旅行記を書きたいんです。用意してもらえますか?」


「それくらいなら……」


「あと、個室と食事の改善もお願いします。せめて士官クラスのご飯が食べたいです」


「……いいだろう」


 やっぱり要求はきちんと伝えないとダメだね。

待遇が改善されるのなら文句はない。


 僕は近くの兵士から新しい槍を受け取った。

見ればワイバーンは大口を開けて火球を放つ寸前だ。


「隙っていうのは攻撃の瞬間にできるものさ」


 今度は小さなモーションでワイバーンが開けた口を狙って槍を放った。

外皮は硬いけど、口の中の皮はどうかな?


 またもや槍はワイバーンを貫き、三体目は喉から黒煙をはきながら砂の上へ落ちていった。



 用意されたのは士官用の個室だった。

重力の呪いがひどかった頃に住んでいたアパートと同じくらい狭かったけど、牢屋よりはずっとましである。

きちんとしたベッドが備え付けられていたし、椅子と机もあったからだ。


 飛空艇の構造をメモするにはちょうどいい。

紙は航空日誌用の物を分けてもらえたし、羽ペンとインクも付いてきた。

これでメモも取り放題だ。


 おっと、万が一見られてトラブルになるといけないな。

メモは日本語で書いておくとしよう。

そうすれば解読できる人はいないからね。


 不意にドアがノックされた。


「失礼します。セラ・ノキア殿。昼食をお持ちしました」


 CAさんの口調まで丁寧になったな。


「そんなに緊張しないでよ。おじさんに槍を投げつけたりしないからさ」


「あ、ああ。頼むぜほんとに……」


「どれどれ、今日のメニューはなにかな? おお!」


 お昼ご飯はパンにバター、ソーセージ入りの野菜のスープとゆで卵、グラスワインに干しナツメまでついていた。


 さすがは士官用のご飯である。

エコノミークラスからビジネスクラスくらいのランクアップだった。

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