第54話 飛空艇


 流刑地の囚人である僕への待遇がいいとは微塵みじんも考えていなかった。

それほど僕は楽天家じゃない。

帝国のやり口は幼い頃から身に染みて知っている。


 だけど、まさか囚人護送用の檻に入れられるとは思ってもみなかったよ。

僕は病人を治療するために帝都へ行くんだぞ。

こんな扱いはないと思う。


 エルドラハからの帰り道なので鉄格子の中に他の囚人はいない。

帝都までの道のりは長く、飛空艇でもおよそ四十時間はかかる。

その間僕は一人ぼっちでここにいなければならないようだ。


「まあいいさ。空を飛ぶのは初めてだからね」


 独り言でカラ元気を絞り出した。


 じっさいのところ、前世でも飛行機に乗った経験はない。


 やがて船内に重低音が響き渡り、浮遊装置が起動しだす。

いよいよ出航のようだ。

僕はそれまでの暗い気持ちを忘れて窓に駆け寄った。


 船体をきしませながら飛空艇がふわりと浮かび上がった。

おへその下の辺りがむずむずする浮遊感を感じる。


「おおっ!」


 思わず感動のため息が漏れた。

ついに僕も重力のくびきから自由になる日がきたのだ。


 プロペラが回りだして飛空艇はゆっくりと前進を始める。

窓から見えるエルドラハが少しずつ小さくなっていくぞ。


 メリッサや仲間の姿が見えるかな? 

しばらくは窓の外の風景に釘付けだった。


 出発時は異様に興奮していた僕だったが、飛空艇からの景色もすぐに飽きてしまった。

だって見渡す限り砂しかないんだもん。


 飛空艇は高高度を飛べるような代物ではない。

高度はせいぜい三百メートルくらいまで。

時速も六十~九十キロが限界のようだ。

だからいつまでたっても同じ景色なのである。


 いくら感動する景色でもずっと見ていれば飽きてくるよ。


「そろそろ始めようかな……」


 繰り返し再生されるGIF画像のような船窓から離れ、僕はその場にぺたりと座って床に手を伸ばした。

そして『スキャン』によって飛空艇の構造を調べていく。


 これまでもずっと飛空艇を調べたいと願ってきた。

だけど密航の恐れがある囚人は飛空艇に近づくことさえ許されない。

今日ははからずも飛空艇に乗れたのだから、存分に『スキャン』をかけるつもりだ。


 浮遊装置や推進装置の構造さえわかれば、『作製』によって自前で飛空艇を作れるようになるだろう。

そうすれば、僕らはさらに自由になる。

好きなときに、仲間たちと、自由に世界を行き来できるようになるのだ。


 本当は構造をすべて書き写していけばいいのだけど、急に連れ出されたのでメモ用紙を持ってきていなかった。


 これが地球の飛行機なら親切なCAさんが紙とペンを貸してくれただろう。

でも、エブラダ帝国エアラインでは、呼んでも来るのは無愛想な兵隊さんだけである。


 大事な部分は暗記するしかないか……。

対象が大きいのでスキャンにかかる時間は長くなりそうだ。

僕は文字通りどっしりと腰を据えて飛空艇の解析に取り組んだ。



 夕方になって食事が運ばれてきた。

意外なことに出されたものは普通な感じだ。

一般の兵士が食べる物と大差ない。

パンと豆入りのシチュー、固いチーズのかけら、水といった内容である。


 美味しくはなかったけど、量だけはあった。

それでも普通の囚人より待遇はいいようだ。

だったら調子に乗ってお願いしてみようかな?


「あの、できたら紙とペンをもらえませんか?」


 食事を持ってきた兵士に聞いたけど、すげなく断られてしまう。


「そんなものはない」


 紙もなければペンもない。

ついでに愛想もないようだ。

メモは諦めて構造の全体像を把握するにとどめるしかないか。

食事をお腹に詰め込んだ僕は解析を再開した。



 窓から差し込む日の光で目が覚めた。

外は相変わらずの景色で、連なる砂丘がどこまでも続いている。


 直射日光にさらされた船体は熱くなり、部屋の温度も上昇してきた。

吹き抜ける風がなかったら、かなり居心地が悪かっただろう。


「朝食だ」


 軍服を着たCAさんのお出ましである。

今朝の機内食はパンと水、それに茹でたジャガイモがひとつだけだ。

パンにチョビッとだけイチゴのジャムが乗っているのが救いだった。


「そろそろ半分くらいですか?」


「ああ、そんなもんだ」


 出発は昨日の昼過ぎだった。

夜通し飛んでいたので中間点に到達するくらいだろうと予測したのだ。


「まだ半分か、先は長いなあ」


 うんざりとした僕の様子を見て、兵士はぷっと噴き出した。


「そんな顔をするなよ。今は時速八十キロで北上しているんだ。じきに涼しくなって、ちったあ過ごしやすくなるぜ」


 こうしてみると帝国兵士にも人情味というものがあるようだ。

笑顔というのは大切なんだな。


 突如、飛空艇に警報が鳴り響いた。


「え、これはなに?」


「魔物の襲撃だ。クソッ!」


 兵士は僕を置いて外へ飛び出して行った。

慌てて窓のところににじり寄ると、はるか彼方に黒い影が見える。

あれはワイバーンじゃないか!


 ワイバーンは翼竜に似ており、大型の魔物に分類される。

全長は九~十二メートルもあり、群れで行動することが多い。


 非常に好戦的で、同じ魔物にもちょっかいを出すことで知られている。

知能はあまり高くないようだ。


 じっと見守っていると船から大きなファイヤーボールが発射された。

帝国の魔法兵が甲板から火炎魔法を撃ちこんでいるようだ。


「あれじゃあだめだ……」


 予想通りワイバーンはするするとファイヤーボールをけて接近してくる。


 魔法の威力は悪くない。

でも、攻撃速度が遅すぎて完全に見切られてしまっているのだ。

このままでは飛空艇が落とされてしまうぞ。


 鉄格子に取りつき『解体』でロックを外した。

この程度の鍵開けなら一秒も必要ない。

トラップ付きの宝箱や扉を相手に日々頑張っているのだ。

ダンジョンで鍛えている僕にとってこれくらいは朝飯前である。


 ジャム付きのパンをくわえながら、僕も甲板へと飛び出した。


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