第53話 プラッツェル

 自由になろうともがくプラッツェルを僕はなだめる。


「あの二人で実験するには及びませんよ。僕の能力は貴方の体を使って証明してみせますから」


 穏やかに語りかけたのだけど、プラッツェルは自分が傷つけられると勘違いしてしまったようだ。

より一層の金切り声をあげて、周囲の兵士たちに呼びかけた。


「こ、殺される。誰か、こいつをなんとかしろ!」


 泣き声のような命令に四人の帝国兵たちが殺到してくるけど、僕がプラッツェルを掴んでいるので手が出せない。


 言ってみれば人質を取っているようなものだ。

だけど、怖がられるのは心外だ。

僕は善行を施しているのであって、悪逆あくぎゃくなことをしているわけじゃない。


「まあまあ、落ち着いて。これは治療ですよ」


「治療だと? どういうことであるか?」


 もうちょっとかな?


「ララベル、鏡を持ってきてくれないか?」


「わかった。すぐにとってくるよ!」


 ララベルは小走りで自分の部屋から手鏡を持ってきてくれた。


 何の変哲もない手鏡だけど、こんな物でも流刑地であるエルドラハでは貴重品だ。

監獄長の娘だからこそ許される贅沢品である。


「そろそろいいだろう……」


 掴んでいたプラッツェルの顔を解放してやった。

自由になったプラッツェルはがぜん強気になる。


「この者を捕らえて処刑しろ!」


 いきなり殺すなんて乱暴な奴だ。


「ほら、治しましたよ」


 なおも騒ぎ立てようとするプラッツェルの前に手鏡を突き出した。


「なにが、治しましたよだ! 貴様のようなやからは見せしめとして――なっ!」


 プラッツェルは言葉を失って鏡を覗き込んでいる。

それもそうだろう。

奴の左頬にあった大きな痣は僕の『修理』できれいになくなっているのだから。

もう、そこに痣があったのかすらわからないほどになっているぞ。


「これを……お前が?」


「そうです。お判りいただけましたか?」


 プラッツェルはニヤニヤとしながら再び鏡を覗き込んだ。

男前になったとは言えないけど、目立つ痣がなくなって嬉しいのだろう。

自分の顔をいろんな方向に向けて表情を作っていた。


「なるほど、なるほど。セラ・ノキアとか言ったな、気に入ったぞ。噂にたがわずたいした腕だ。まあ、座れ」


 これまでの態度をプラッツェルは少しだけ改めた。


「折り入って貴様に頼みたいことがあるのだ。実は帝都グローサムでとある病人を診てほしい」


「どういった症状ですか?」


「ここでは言えん。病人は高貴な身分なのだ。うかつに情報を漏らすわけにはいかないのだ」


 こいつの態度はムカつくけど、病人が苦しんでいるなら診療するのはやぶさかじゃない。

それに飛空艇やエルドラハの外にも興味はある。

幼い頃から、僕は連なる砂丘を越えて外の世界を見ることを切望してきたのだ。


 なんせこの世界に生まれ変わってからエルドラハを出たことがないのである。

久しぶりに都会へ行ってみたい気持ちは抑えられない。

その夢がついに叶うときがきたのだ。


「治療が成功すれば褒美として帝国市民権をやろう。この流刑地から抜け出せるぞ。それだけではない、恩賞も思いのままだ」


 ずいぶんと太っ腹なところをみると、患者の身分はかなり高いようだ。

それに、僕を推薦することによってプラッツェルの株も上がるのだろう。

だからこんなにいい条件をだすのだと推測した。


 帝国市民権なんてどうでもいいけど、飛空艇と都には興味がある。


「わかりました。診療をしてみましょう」


「そうか! ならばさっそく出発だ」


 プラッツェルは喜び勇んで立ち上がった。


「今すぐにですか?」


「もちろんだ。魔結晶の積み込み作業は終わっている。飛空艇はいつでも出発できるぞ」


 一息つく間もないようだ。


「あの、僕の仲間も一緒に連れて行ってもらえませんか?」


 リタやシドも飛空艇に乗りたがっていたから、ダメもとで頼んでみた。


「それはならん。連れて行けるのはお前一人だけだ。許可も取らずに囚人を移送したら我々が罰せられてしまう」


 やっぱりだめか。

仕方がないので僕はララベルに伝言をお願いした。


「ちょっと帝都に行ってくるよ。デザートホークスのことはシドたちとよく相談してね」


「わかった。こっちのことは任せておけよ」


 僕は帝国兵たちに半ば連行される形で飛空艇へと歩いていく。

それを見て仰天したのはエルドラハの人々だ。


 この地に囚人が送り込まれるのは日常茶飯事だけど、逆に出ていく光景なんてお目にかかれるもんじゃない。

僕だって見たことがないもん。


 とにかく、ついに僕は夢のひとつを叶えることができた。

囚人は近づくことさえ許されない飛空艇へ、足を踏み入れたのだ。

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