第二部

第52話 帝都からの訪問者(第二部)

《セラ・ノキア君、至急監獄長のところまで来てください》


 ダンジョンへ向かう僕の耳に届いたのは、監獄長による名指しの呼び出しだった。

嫌な予感がしたけど、無視するのも悪い気がする。


 どうしようかと考えていると、監獄長の娘であるララベルまでもが僕を探しにやってきた。


 なんでも帝国の使者が僕に会いたがっているらしい。

しかも僕を飛空艇に乗せて帝国へ連れて行きたがっているなんて話だ。


「その使者ってのが嫌な野郎でさ、うちの居間でずっとふんぞり返っているんだよ。それなのに親父ったらヘコヘコしちゃってさ、みっともないったらありゃしない」


 ララベルがプリプリと怒っている。


 いつも威張っている監獄長が気を遣っているとなると、やってきた使者というのは相当地位が高いようだ。


 そんな人間が僕にどんな用事があるのだろう? 

僕らのあずかり知らぬところで緊急事態でも勃発したのかな?


 とはいえ、急いで駆けつけてやる義理はない。

帝国には恨みこそあれ、恩なんて一かけらもないのだから。


 というわけで、僕とララベルはおしゃべりを楽しみながらのんびりと歩いていく。

今日の僕らの話題はスイカ料理についてだった。


「ジャカルタのおっちゃんが言ってたぜ。あとひと月でスイカが収穫できるって!」


 地下菜園の作物は順調に育っている。

スイカやジャガイモ、ナツメヤシ、トマトなどの小さな実がなっていて、僕らは毎日ワクワクしながら成長を観察しているのだ。

植物の成長というのは面白い、特に実のなるものは。


「予定よりもずっと早いなあ。きっとジャカルタさんの農業スキルのおかげだね」


「ああ、楽しみだよな。スイカが収穫できたらどうやって食べる? この前セラが作ってくれたスムージーっていうのは美味かったな」


 百実の聖樹から収穫した果物を『料理』のスキルを使ってスムージーにしてあげたことがあるのだ。

ララベルはそれが気に入っているようだった。


「今度はフローズンスムージーにしてみようか」


「フローズンってなんだ?」


「凍らせた果物を使うんだよ。冷たくてショリショリしていて美味しいんだ。レモンやメロンを混ぜてもいいかもしれない」


「おお! 暑い日に湖のほとりで食べたら最高だろうな!」


 二人で新しいスイカの食べ方を考えていたら、通りの向こうから二人組の男が走ってきた。


「セラさん! よかった、人をって方々を探していたんですぜ」


 監獄長の手下であるモルガンとハッドが大汗をかきながら息を切らしている。


「こんにちは。ずいぶんとお急ぎみたいですね」


 挨拶をするとモルガンもハッドもげんなりとした顔になってしまった。


他人事ひとごとみたいに言わないでください。帝国の使者を待たせるなんてとんでもないことですぜ。お願いしますから急いでくださいよ」


「ほら、急いで、急いで!」


 モルガンとハッドの両方に背中を押されて監獄長の屋敷へと連れて行かれてしまった。




 部屋の中では帝国の使者が一人掛けのソファーでふんぞり返っていた。

官服を来た意地悪そうな男で、左の頬に大きなあざがある。


 異様にでかい態度をとるその男の傍らで、監獄長が三メートルもの巨体を折り曲げてヘコヘコしていた。


「セラ君、ようやく来たね。こちらのプラッツェル様がお待ちだよ」


 虎が猫なで声を使ったらこんな感じだろうか? 

監獄長は気持ちの悪い声で僕を迎え入れた。


「こんにちはー……」


 声をかけると、プラッツェルという男は僕のことをつま先から頭のてっぺんまで眺めまわした。

黒い金壺眼かなつぼまなこがぐりぐりとよく動く。


「お前がセラ・ノキアか。聞くところによると腕のよい治癒師らしいな」


「違いますよ。僕は治癒師じゃなくて魔導錬成師です」


 そう答えると、プラッツェルは話が違うではないかといった顔で監獄長の方を見た。監獄長は慌てて付け加える。


「いえいえ、セラ君の腕は確かですよ。そこにいる私の娘も魔物に顔を傷つけられましたが、御覧の通り今では微かな痕跡すらありません。ララベルちゃん、こっちに来てお顔を見せてごらん」


 ララベルはそっぽを向いて父親のことを無視している。

父親の態度が気に食わないのだろう、難しいお年頃だ。


 プラッツェルは大儀そうに立ち上がってララベルの方へ寄ってきた。


「ここに傷があったのか?」


「はい、耳の付け根から鼻にかけてざっくりと。な、ララベルちゃん」


 たしかにその通りだったけど、ララベルの傷は『修理』によって丁寧に治してある。

今ではどこに傷があったかもわからないほどだ。


「ふーむ、信じられん」


 プラッツェルの懐疑的な言葉に、それまで黙っていたララベルが噛みついた。


「嘘なもんか! セラに治せない傷なんてないんだぞ」


 それはどうかわからないけど、時間をかければ大抵の場合は修理できるはずだ。


「ならば試してみよう。おい、そこのお前」


 プラッツェルは僕らの後ろに立っていたモルガンを呼んだ。


「へい、なんでしょう?」


「腰に下げている剣で自分の腕を切ってみろ」


「へっ? それは……」


 突然の理不尽な命令に、モルガンは目をぱちくりさせたまま動けない。

それはそうだ、自分の腕を切れと言われてできる人なんかいるもんか。


 尻込みしているモルガンにプラッツェルはすごんで見せる。


「この小僧がお前の腕をくっつけられるのかを実験するのだ。小僧の腕前は確かなのだろう? だったら心配するな。自分でできないのなら横の奴に切り落としてもらえ」


 今度はハッドにモルガンの腕を切り落とせと言う始末だ。

青くなる二人を見てかわいそうになってきた。

二人は監獄長の手下だけど、全く知らない仲でもない。


「やめてくださいよ」


 僕はおもむろに前に出て、プラッツェルの顔面を左手で掴んだ。


「貴様、なにをするか!」


 プラッツェルは自由になろうともがくけど、僕の手は離れない。

奴には構わずに僕は魔力を込めていった。

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