第51話 後悔なし(第一部 最終話)
湖に近づくにつれ人々の喧騒が大きくなってきた。
思ったよりも大勢が湖に来ているようだ。
みんな監獄長の言うことなんてまともに聞く気はないのだろう。
冷たい水辺があるのなら、そこで休みたいというのは本能だ。
休息をとってから採取に行った方が作業効率だって上がるだろう。
だけど様子がちょっとおかしい。
骨休めというにはうるさ過ぎた。
水の
どうやら湖に遊びに来た住人と監獄長の手下がいざこざを起こしているようだった。
「少しくらいいいじゃないか。こちとら水遊びなんて生まれて初めてなんだっ!」
一人が声を上げると、周りの人間がそうだそうだと同調する。
それに対して監獄長側は横柄だ。
「湖に入るのはまかりならん。これは監獄長の命令だ。さっさとダンジョンで魔結晶をとってこい!」
「少しくらい休んだっていいじゃないか。俺はダンジョンから戻ってきたばかりだぞ!」
「何の権利があって湖を閉鎖するんだ!」
人々の文句に兵士たちは
「いいかげんにしないか! 体にわからせてやってもいいんだぞ」
兵士たちが武器を構えると、人々は恐ろしくて一歩後ろに下がってしまった。
一般的な住民の戦闘能力はE~Ⅾマイナスくらいが平均だ。
それに対して監獄長の直属部隊はD~C判定ほど。
湖に詰めかけた住人は百人くらいいて、四十人くらいの兵士の倍以上はいる。
でも戦闘になったら、あっという間に制圧されてしまうだろう。
せっかくエルドラハがオアシスになろうとしているのに、その水が血で染まるなんてばかばかしい。
「ちょっと、やめてください」
僕は一歩前に出た。
「おっ、銀の鷹だ! 銀の鷹が来てくれたぞ!」
あんまり頼られるのはいやなんだけど、人々は嬉しそうにまた一歩前に出た。
今度は兵士たちが半歩下がる番だった。
「クッ、セラ・ノキアか……。どういうつもりだ?」
剣の切っ先が僕に向けられたけど、わずかに震えているのがわかった。
ただ、僕だって争いたいわけじゃない。
話し合いたいだけだ。
「湖を封鎖するってどういうことですか? こんなに暑いのに」
「俺たちはそう命令を受けた。ここを通すわけにはいかない」
そうなんだよね、現場の兵士に文句を言ってもらちが明かないってのはよくあることだ。
ここでクレーマーなら「責任者を呼べ!」ってなるんだけど、エルドラハの住人でそれを言う人はいない。
だって監獄長のグランダスは恐ろしく、それは自分の死刑宣告書に自らサインをするようなものだからだ。
「わかりました、監獄長と話をつけてきます」
「俺と話をつけるだってぇ?」
水辺に張られたタープの陰から、大きな人影がぬっと立ち上がった現れた。
そのダミ声の主は間違えようがない。
監獄長グランダスだ。
押しかけていた住民は青ざめたけど、僕は心の声を素直に言葉にした。
「ずるいじゃないですか、自分ばっかり!」
「そうだぞ、親父!」
ララベルも僕と一緒に監獄長を非難する。
監獄長は少しだけ困った顔になってから手招きした。
「仕方がねえな。お前たちもこっちに来て涼め。だが、他の奴らはダメだ」
それじゃあ意味がない。
「どうしてですか? みんな一緒に楽しめばいいだけじゃないですか」
「魔結晶の採取率が下がると困るんだよ。小僧、ララベルのことがあるから大目に見ているんだ。あんまりつけ上がると痛い目に遭わせるぞ」
「水に入るくらいどうってことないでしょう?」
「てめえ……、どうあっても俺に楯突きたいようだな。狙いはララベルか?」
なんでそうなる!?
「違いますけど」
「いい度胸だ。娘を奪うために拳で語り合いたいと、こういうわけか!」
監獄長は熱中症かな?
言語を理解しなくなったぞ。
「セラ、アタシのために親父と戦うんだね……」
患者が増えた。
ララベルも早く水に入った方がいいな。
「だから違うって!」
「いいだろう、お前が俺に勝ったら好きにしろ」
「つまり、みんなが好きに水浴びをしていいということですね」
「水でもララベルでも好きにしやがれっ!」
「ララベルは関係ないです」
「これ以上の言葉は要らねえ!」
議論がしつくされたとは思えません!
だけど監獄長は本気だった。
砂を蹴って三メートル近い巨体が僕に襲い掛かる。
力の差を見せつけるために、体重を乗せて放たれた打ち下ろしの右ストレートを僕はあえて受け止めた。
「なん……だと……」
僕の左手によって止められた監獄長の拳はピクリとも動かない。
「水浴びは自由にやらせてもらいますよ」
監獄長の腕を取って懐に入り、ひねりながら背中越しに巨体を投げる。
監獄長はしぶきを上げて水の中へ落下し、周囲に歓声が上がった。
「これで水浴びができますよ!」
人々は服のまま水に入り、初めて水に浸かる感覚に声を上げている。
「僕らも入ろうよ」
デザートホークスの仲間を促して僕も水に飛び込んだ。
「冷たーい!」
リタがはしゃぎながら水をかけてくる。
シドは背中で浮かびながらうっとりと目を閉じた。
ララベルはなんだかモジモジしている。
みんなが嬉しそうに水浴びを楽しんでいた。
これでよかったんだ。
そう実感できた。
飛空艇を諦めた結果がこれなら、そう悪くない選択をしたのだと思う。
帝都には行けなくなってしまったけど、考えてみれば僕はまだ十三歳だ。
人生は長い。
エルドラハを出て外の世界を見るチャンスはいつかやってくると思う。
「リタはこれでよかったと思う?」
一緒にここを出たがっていたリタに確かめてみた。
「わかんない。でも、セラが一緒だと退屈するってことがなくなったわ」
「うわっぷっ!」
リタは笑いながらまた僕の顔に水をかけた。
彼女なりの優しさなんだと思う。
僕もそれ以上考えるのをやめて、水の中で思いっきりはしゃいだ。
砂漠にできた湖は美しかった。
名前以外は完璧だった。
◇
数日が経って、ダンジョンに向かう僕の耳に監獄長の放送が聞こえてきた。
《聞け! ……じゃなかった。あ~……セラ・ノキア君、この放送を聞いたら至急監獄長のところまで来てください。繰り返します。セラ・ノキア君、この放送を聞いたら至急監獄長のところまで来てください》
セラ・ノキア君?
普段があれだから、こんな呼び方をされるとちょっとキモい……。
でもなん何だろう?
大切な用事があるようだ。
まさか、先日の仕返しかな?
行こうかどうしようか迷っていたら、通りの向こうからララベルが走ってきた。
「おーい、セラ!」
「やあ、ララベル。聞いたと思うけど、監獄長から呼び出しを食らっちゃった。今日の採取は中止かな」
「それなんだけどさ、大変なんだよ」
「どうしたの?」
「今朝着いた飛空艇に帝国からの使者が乗っていたんだ。それでその使者がセラに会いたいんだって」
ひょっとして、地下のデザートフォーミングマシンを動かしたのがバレたのかな?
だとしたらまずいけど、僕が動かしたという証拠はどこにもない。
たとえ責められても知らんぷりを貫こう。
「帝国の使者は僕に何の用かな?」
「なんでもセラに帝都まで来てほしほしいらしいぞ」
「ええっ!?」
思わぬところで夢がかないそうだけど、これは大丈夫なのだろうか?
不安を抱きつつも僕は監獄長の館に急ぐのだった。
第一部 終了
次回から2巻の内容となる第二部が始まります。
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