第42話 地下七階の入り口


 地下六階も奥地に入ると戦闘は激しくなってきた。

特に僕らを悩ませたのがアーミーアントだ。

昆虫のくせに組織だった攻撃をしてくる巨大アリで数が多い。

開けた場所が続く地下六階では厄介な相手だった。


「なっ!? 隊を二つに分けてくるなんて!?、数だって三百くらいいるんじゃない?」


 大空洞の彼方から攻めてくるアーミーアントを見てリタが悲鳴を上げた。


「慌てないで。右は僕、左翼はリタがガードするんだ。ララベル、遠慮しないでマジックグレネードをどんどん投げてやれ!」


「あいよっ! ここはアタシの独擅場どくせんじょう だっ!」


 荷車の上に飛び乗ったララベルが右へ左へとマジックグレネードを投げつけた。

彼女の投擲は精確無比で、敵のウィークポイントを確実に潰せている。

爆発が起こるたびに十体近くのアーミーアントが吹き飛んでいた。

グレネードの予備は荷台にたくさんあるからなくなることはないだろう。


 ララベルは頑張ってくれていたけど、いかんせんアーミーアントの数が多かった。

爆発をすり抜けてきたアントが僕らに向かって硬い顎を突き出してきた。

僕とリタは魔導爆発型反応シールドで攻撃を防ぎ、反撃はミレアがする。

さすがは伝説のソロプレーヤーなんて呼ばれるだけある。

ミレアの動きは流麗で剣さばきは力強い。

スキルで空まで飛べるので、その強さは計り知れない。


 だけど押し寄せるアーミーアントは時間とともに増えていく。

じわじわと焦りがにじむ中、シドがはるか後方の敵にマテリアルクロスボウの狙いを定めた。


「シド?」


「敵の頭を討ち取る」


 シドが狙っているのは巨大な女王アリだ。

軍隊の後ろに隠れるようにしているけど、長い触覚の動く頭だけは、はっきりとここからでも見える。

でも、本当に倒せるのか? 

距離は三百メートル以上あるんだぞ。


「女王アリの外殻は硬いわよ」


 ミレアが教えてくれたけど、シドにためらいはない。


「こいつは魔導錬成師セラ・ノキアが作ってくれた武器だぜ。アリンコなんぞに負けるもんかよ……」


 シドの指がトリガーをしぼった。

弦が力を解放すると同時に風魔法の補助が入る。

矢は回転と推進力を高めて勢いよく飛び出した。

狙いをあやまたず、ボルトは女王アリの眉間へと吸い込まれていく。

インパクトの瞬間に矢じりの先端が爆発して女王アリの外殻に穴が開き、そのまま侵入したボルトが体内で再爆発して女王アリの頭は吹き飛んだ。


「まあ、こんなもんだ。フンッ」


 シドの白いひげが鼻息で揺れていた。


「やるじゃねーか、シド!」


 ララベルがグレネードを投げながら喝采かっさいする。


「見て、敵の動きが乱れてきたわ!」


 リタの言う通り、これまで整然と進んでいたアリの群れがばらばらになりつつある。

女王アリを失って指揮系統が乱れたのかもしれない。

逃げる個体も出始めた。


「一気に蹴散らそう!」


 僕たちの攻撃にアーミーアントは徐々に数を減らし、ついには姿を消したのだった。


「手強い相手だったね」


 あれだけの数が相手なら僕だって囲まれたらひとたまりもなかったと思う。


 採取しておいたオレンジを『料理』して、オレンジジュースを作った。


「みんな、お疲れ様。はい、のどが渇いたでしょう?」


「美味しい!」


 リタとララベルは素直だ。


「ビールの方がいいなあ……」


 シドはちょっとわがままだ。


「お姉さんはセラの血が飲みたいな♡」


 ミレアはだいぶわがままである。


 とにもかくにも僕らは難敵を撃退することができた。




 ミレアに案内されたのは地下六階の奥地だった。

何本もの倒木が折り重なり、その上には苔がむしているような場所だ。


「着いたわ」


「ここが地下七階の入り口?」


「ええ、こっちよ」


 ミレアは身をかがめて、倒れた木の下に潜り込んだ。

階段が見つかりにくいのも無理はない。

折れた木々が積み重なって、石造りの階段を完全に隠していたのだ。

木の下には明かりも射さないから、普通なら見過ごしてしまう場所だ。


「ヴァンパイアは暗いところでもよく見えるのよ」


 天上の明かりも届かない暗がりでもミレアの足に淀みはない。

振り向いたミレアの瞳は赤く光っていた。


「うふふ……怖い?」


 ミレアがペロリとくちびるを舐め、小さな牙を見せてきた。


「そうでもないです」


 僕は持参した人工太陽照明灯を点けた。

菜園でも使っている優れものだ。


「こっちに向けないで! 火傷するじゃない」


 ミレアは目を細めながら飛びのく。


「大丈夫ですよ、当てませんから」


 人工太陽とはいえ、僕の作品は強力だ。

ヴァンパイアの命も奪いかねない。


「かわいい顔をして本当に恐ろしい子……」


 ミレアが後ろに回ったので、僕が先頭に立って明るく照らされた階段を下りた。

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