第41話 百実の聖樹


 大きな荷車には食料品や毛布、その他探索に必要なものが満載されている。

僕はそれを引っ張ってダンジョンを移動中だ。

デザートホークスの地下七階への挑戦が始まった。


「セラってば本当に力持ち」


 ミレアが僕にもたれかかって歩きにくい。


「セラにくっつくなよ!」


「あら、ララベルってばやきもちを焼いているの? うらやましいんだったら左側にもたれなさい」


「ん? そうか!」


 ララベルは素直過ぎる。

ぴょこぴょことピンクのツインテールを揺らしながら左腕に絡みついてきた。


「二人とも離れてよ、歩きにくいんだから」


 荷車は軽々と引っ張れるけど、二人を引きずってしまいそうで怖い。

リタとシドはその様子を引き気味の目で眺めている。


「ヴァンパイアを仲間にするなんて……。しかもセラにベタベタして、信じられないっ!」


「仕方ないだろう、七階の入り口を知っているんだから」


 リタは眉をひそめて二人に注意した。


「ここはダンジョンなのよ。しっかりと周囲に気を配りなさい!」


「あら、リタもやきもち? 空いているのは背中だけだからおんぶでもしてもらったら?」


「バカじゃないの!」


「無理しちゃって」


 ミレアはころころと笑った。


「いや、リタの言うとおりだよ。地下三階で油断はよくない」


「だな……」


 シドは頷きながら一見なに何もない空間を指さす。

僕は鮫噛剣こうごうけんを伸ばして、壁に擬態していたドクトカゲを突き刺した。

攻撃が一秒でも遅れていたら強烈な神経毒が僕らを襲っただろう。

ここでの油断は死を意味する。

緑色の体液が壁に滴り、ドクトカゲは動かなくなった。


 探索を繰り返したおかげでシドの戦闘力判定はCに、リタはBマイナスにまで上がっている。

ララベルもまだ若いから今回の遠征ではレベルアップするだろう。

ミレアの実力に関しては未知だけど、伝説のソロプレーヤーなんて呼ばれていた存在だ。

きっと相当な力を持っていると予想している。

口ではうるさいことを言いながらも、僕もリタもまだまだ余裕だった。



 地下五階を過ぎる頃ころになると、さすがに浮ついた気分は影を潜めた。

ミレアもララベルも僕から離れて周囲を警戒しながら進んでいる。


「このまま六階まで行ってから宿営準備をしよう。今日は夕飯のデザートに新鮮な果物を食べられるよ」


 デザートホークスの探索速度は異様ともいえるだろう。

それもそのはずで、休憩のたびに僕が『修理』で疲労を取り除いているからだ。

他のチームでは考えられないくらいのスピードである。

何度も使ったので『修理』のレベルも格段に上がった。

それに魔力は採取した魔結晶から『抽出』できるので尽きることはない。

もっとも、魔結晶を使い過ぎると資金不足になっちゃうんだけどね。


 日が暮れるよりも少し前に僕らは地下六階に到達した。


「これが地下の風景!? 本当に植物が茂っているんだな!」


 六階に来るのが初めてのララベルが興奮している。

葉っぱを引きちぎったり、土をこねて遊びだしたぞ。

子どもっぽいかもしれないけど、砂ばかりのエルドラハに住んでいる住民の反応はこんなものだ。

緑があるだけで感動する。


「ララベル、あんまり離れちゃだめだよ。ここの魔物は今までと全然違うんだから」


 地下六階ともなると魔物の強さはけた違いだ。

メリッサとの偵察でそのことはよくわかっていた。


「わかった。おおっ、なんか実がなっているぞ! あれはなんだ?」


 ララベルは好奇心のおもむくままにやぶをかき分けていく。


「こら、人の話を聞きなさーい……なんだこれ?」


 藪を抜けた先には高さ四メートルほどの木が生えていた。

でもただの木ではない。

ひとつの幹からは様々な太さの枝が伸び、種類の違う葉っぱを付けている。

さらに言うと、何十種類もの果実まで実っていた。


「果物の木なんて初めて見たけど、こんな風になっているんだな。黒いちっこい実の横に赤いでっかい実があるなんて変なの」


 ララベルは嬉しそうに笑っているけど、僕は驚きで言葉を失った。

黒いちっこいというのはブルーベリーだし、赤いでっかいのはリンゴのことだ。

それだけじゃない。

メロンもマンゴーもスイカもイチゴも、果てはドリアンまで同じ木に実っている。


「この木が特別なんだよ」


 『スキャン』発動

 対象:百実ひゃくみの聖樹 一本の木に百種類の果物がなる樹。季節を問わず収穫ができる


「すごいよ、ララベル。よく見つけてくれたね! これは百実の聖樹っていう特別な果樹なんだ。こんなものが存在するなんて、やっぱりダンジョンはすごいなあ!」


「おお? そうなのか? セラが喜んでくれたんならアタシも嬉しいよ!」


 僕はブルーベリーを一粒もいで口に入れた。

ほのかな酸味に爽やかな甘み。食べるのは前世以来だ。

ララベルもリンゴをもいでかじっている。

言葉遣いは荒いのに食べ方はかわいい。

こういうところはお嬢様なんだな。


「うまいっ!」


「秘密の菜園で育ててみたいけど、移植は無理だろうなあ」


 引っこ抜くのは簡単だけど、枯れてしまいそうで怖い。

まあ、修理でなおせそうな気もするけど今は聖杯に集中しよう。

今夜食べる分だけを収穫して、僕らは宿営地を目指した。


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