第39話 二人の母を思い出す

 地下六階の探索は明日から始まる。

長期間留守をするので今日はジャカルタさんと二人で秘密の菜園へ出かけた。

バナナやマンゴーの種も忘れずに持ってきている。

ダメもとで植えてみるとしよう。


「ひょっとしたら順調に育つかもしれませんよ。先日、私のスキルがレベルアップしました。これもセラさんと地下菜園のおかげですね」


 積極的に農業に携わっているのでジャカルタさんのスキルも成長したようだ。


「バナナやマンゴーが収穫できるのは嬉しいなあ」


「あれは美味しいですものね。セラさんにいただいたとき、絶対にこれを育てようと思いましたからね」


 僕らは談笑しながらダンジョンの入り口までやってきた。


《聞け、クズども。最近になってガキが血を抜かれる事件が頻発している。ガキは早く帰って寝ろ。フラフラ遊んでいるから狙われるんだ。遊んでいる暇があったらダンジョンへ潜れ。魔結晶を取ってくるのだ!》


 今日も監獄長のダミ声が響いている。

よく言うよ。自分の娘のララベルには「ダンジョンなんて行くんじゃない!」と怒鳴りつけているのに。


もっともララベルは父親の言うことなんてこれっぽっちも聞く気がない。

子どもっぽく見えるけど成人しているわけだし、僕も余計な口を挟まないようにしている。


「怖い話ですねえ。襲われたのは十代の少年ばかりらしいです。セラさんも気を付けてくださいよ。って、銀の鷹を襲う者なんていませんか」


 ジャカルタさんはクックと笑った。

近頃、エルドラハの人々は僕のことを銀の鷹なんて呼んでいるらしい。

僕が銀髪だからだろう。


「でも、子どもの血なんて誰が抜いているんでしょう?」


「呪術師が儀式のためにやっているなんて噂がありますね。被害者はみんな後ろから抱きつかれて血を抜かれているみたいで、目撃者はいないそうですよ」


 襲われた子どもは少量の血を抜かれるだけで、たいした怪我もしていないらしい。

でも、どうやって血を抜いているのだろう? 

注射器なんてない世界なんだけどな……。


「もしかしてヴァンパイアですか?」


「だとしたら大事おおごとですよ。血を吸われた人間はグールになってしまいます。でも、そんな話は聞きませんね」


 重傷者も出ていないので監獄長ものんびりと構えているようだ。

呪術に血を使うというのはありふれたことだし、実際に血と魔結晶が取引されることもある。

きっと魔結晶をケチった呪術師が、力の弱い子どもを狙ったのだろう。

僕もそんな風に考えていた。


       ◇


 菜園での作業を終えて、地上に戻ってきた。

畑はさらに大きくなり、今日は果樹の種をたくさん蒔いた。

ジャカルタさんが魔力を込めてくれたから、きっと発芽してくれるだろう。

作業に没頭したせいで辺りは暗くなりかけている。

僕はダンジョン帰りの人々で混雑する通りを避けて家路についた。


「きゃああああああ!」


 裏路地に女性の叫び声が響き渡った。

なにごとだ? 

声のする方に走る。見れば子どもが倒れていて数人の人がそれを取り囲んでいた。


「坊や、しっかりして!」


 きっと母親なのだろう。

心配そうに子どもを揺すっている。


「動かしちゃダメです。僕に診せてください」


「アンタは?」


 女の人は不審そうに僕の顔を眺めた。


「こいつ銀の鷹だぞ」


 誰かが囁いた。


「銀の鷹? 怪力で治癒魔法が使えるって噂の……」


 厳密にいえば『修理』なんだけど、母親の誤解を解くのも面倒だ。

僕は黙って頷いた。


「お願いします、子どもを診てください」


 倒れているのは十歳くらいの男の子だ。

青白い顔をして息苦しそうにしているが、目鼻の整った綺麗な顔をしていた。


「特に異常はないですね。おそらくここから血を吸われたのでしょう」


 スキャンで子どもを診たけど、毒物や病気の兆候はなく、貧血で倒れただけのようだ。

首筋には獣に噛まれたような傷口があり、うっすらと血がにじんでいた。

これってやっぱり吸血鬼なんじゃないの!? 

細菌やウイルスがいないか念入りに調べたけど、やっぱり不審なものは見つからない。


「大丈夫ですよ。血が足りないだけです」


 魔力を送りこんで臓器の働きを活性化させると、少年の顔色は元に戻った。


「立てるかな?」


「うん!」


 声にも張りがあるからもう平気だろう。


「どんな奴に襲われたかわかるかい?」


 少年は首を横に振る。


「後ろから抱きつかれたからわからない」


 ということは動物じゃなくて人間に襲われたのかな?


「そうかあ……。でも、何か覚えていないかなあ? 声とか、髪の色とか」


 男の子は一生懸命思い出そうとしているけど駄目なようだ。


「暗かったし、声もしなかった……」


「そっか、じゃあしょうがないね」


 子どもを問い詰めるのはよくない。

僕は質問を切り上げて帰ることにした。


「あ、そういえば抱きつかれたときにいい匂いがしたよ」


「いい匂い?」


「うん。嗅いだことのない匂い」


 なんだろう? 


「ありがとう。それじゃあね」


「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいやら」


 お母さんはさっきまでの態度が嘘のように、丁寧にお辞儀をした。

長いこと忘れていたけど、お母さんってこんな感じで子どもを守ろうとするんだよな。

フジコもイシュメラもそうだった気がする。

ずいぶん昔のことになってしまったけどね……。

母親のことを思い出して少しだけ寂しい気持ちになった。

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