第35話 二人なら
僕とメリッサは地下五階までやってきた。
ここまでくると出現する魔物の強さもけた違いに強くなる。
でも、僕らにはまだ余裕があった。
「コカトリスって可食魔物だったよね?」
「うん、鶏肉と同じ味」
僕は討伐したばかりの大きな鳥型の魔物を『解体』した。
「肉を冷凍してもらえる? そうすれば地上に持って帰れるから」
コクコクと頷いて、メリッサが氷冷魔法を使ってくれる。
解体した正肉がたちまち凍り付いていく。
「あ、全部じゃなくていいよ。夕飯用にこっちは残しておいてね。今夜は僕が焼き鳥を作るから」
「うん、セラの料理は美味しい」
「そうかな?」
「うん、とっても……。二人だと楽しい。夜も寂しくない」
「僕もだよ」
メリッサと二人ならダンジョン最深部だって行けそうな気がする。
だけど今日はここまでだ。
外はもうそろそろ夕方だろう。
僕たちも今日のねぐらを探さなければならない。
ゆっくりと眠るために、安全地帯になりそうな小部屋を探した。
コカトリスの味は本当にニワトリみたいで、焼き鳥にしても美味しかった。
いつか醤油や酒を造れたらタレの焼き鳥にも挑戦してみたい。
夕飯を食べ終わるとすることもなくなり、僕とメリッサは壁にもたれて並んで座っていた。
特に会話はなかったけど、落ち着いた時間が流れている。
ふと、僕は先日の会話を思い出してメリッサに質問した。
「ねえ、メリッサは自分のことを僕の許嫁って言ったよね。あれはどういうこと?」
「……」
メリッサの目が泳いでいる。
「メリッサが嘘をついているとも思えないんだ。なんであんなことを言ったのか教えてほしほしい」
魔力を節約するために魔導ランプの明かりは弱に設定してある。
小部屋の中は薄暗く、打ち明け話をするにはちょうどいい雰囲気だ。
「本当に、私はセラと結婚するはずだったの」
メリッサはぽつりぽつりと語ってくれた。
グランベル王国の習慣のこと。
ノキア家がどんな家柄だったかなどなど。
「そんな事情があったなんてちっとも知らなかったよ。だからキャブルさんが僕のことを若君だなんて呼んだんだね」
「キャブルは
またしばらく沈黙が続いた。
もしかしてメリッサはもう寝ちゃった?
顔を覗こうとしたらメリッサの口がまた開いた。
「こんな話をして迷惑だったか?」
「迷惑ではないよ。だけど、結婚なんてまだ考えられないっていうのが正直なところかな」
「そうか……」
「物心ついてからずっとエルドラハで育ったから、グランベル王国の民って意識もないんだ。それにまだ十三歳だもん」
精神的には十八歳なんだけどね。
「セラは大人びているから、たまに年齢を忘れる」
「よく言われるよ……。えーと、どうする?」
「どうするとは?」
「僕はメリッサと結婚するなんて、少なくとも今は考えられないんだ。それでもその、一緒に探索に行ってくれるの?」
メリッサは少しだけ動揺してから頷いた。
「私はセラといると楽しい。安心する」
「それは僕も同じだよ。メリッサが一緒ならどこでも行ける気がする」
そう言うとメリッサは満足そうに頷いた。
今はこれでいいってことかな?
「明日は材木を探そう。私も新しい机が欲しい」
「わかった。荷物運びは任せておいてね!」
僕らは床にマントを広げて並んで眠った。
ダンジョン地下五階にいるというのに、二人でいれば不安はどこにもなかった。
◇
ダンジョンは下に行くほど涼しくなるのだけど、地下六階に到達した僕らは蒸し暑さを感じた。
こんなのは日本の梅雨の記憶以来だ。
植物が繁殖しているのと関係があるのだろう。
「黒い刃は地下六階には来るの?」
「いや、ここは魔結晶が少ない」
実入りとしては地下五階の方がいいそうだ。
奥に進むにつれて石の床が土に覆われ、壁にはツタ類が絡みつくようになってくる。
扉を抜けて広い場所に出ると、まばらながら木まで生えてきた。
「ええっ!? これはマンゴー!?」
見覚えのある果物がなっている。
スキャンで確かめたけど、間違いなく僕がよく知るアップルマンゴーだ。
「食べられるの?」
「すっごく美味しいんだよ!」
黒い刃もマンゴーがなっていることは知っていたが、毒があるかもしれないからと、食べないようにしていたらしい。
「こっちにはバナナもあるじゃないか!」
もぎ取ってさっそく皮をむいた。
「モグモグ……うわ、このバナナには種がある!?」
日本で食べたものと違ってタピオカくらいの黒い種がたくさん入っていた。
だけど、樹の上で完熟したバナナは香りもよく、味も最高だった。
「メリッサも食べてみなよ」
「大丈夫なの……?」
「美味しいよ」
エルドラハの人にとっては忌避する色と形のようだ。
それでも僕が食べているのを見てメリッサは目をつむって端っこを小さくかじった。
「ハムッ! …………おいしい……」
「でしょう! これはバナナって言う果物だよ」
種を持って帰れば菜園で育てられるかな?
みんなのお土産にするためにもたくさん収穫しないと。
「って、これはゴムの木!?」
「果実はついていないようだけど……」
「樹液が大切なんだよ!」
これもスキルで抽出だ!
僕は森での素材集めに没頭した。
三時間後。
「さてと……、果物やゴムもいいけど本来の目的を果たさないとね」
「やっと正気に返った……」
そんなに我を忘れてた!?
「いやね、ゴムっていうのは本当に使い勝手がいいんだよ」
作製で作った桶には大量の樹液が集まっている。
あとで加工して天然ゴムを作り出そう。
「そろそろ材木を探しに行く?」
「そうだね。この階にいるトレントという魔物を倒して解体すると、そのまま材木になるらしいんだ。シドが教えてくれた」
「あれか……。火炎魔法が弱点だからいつも焼いていた」
それじゃあ材木にはならないね。
「今日はこの剣でケリをつけるよ」
トレントを相手にするにはちょうどいい武器だろう。
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