第33話 参戦 聖杯探し
延び延びになっていた引っ越しをすることにした。
僕だけじゃなくてシドも一緒に引っ越して近所に住む予定だ。
これで監獄のように狭い部屋ともお別れになる。
新しい部屋はダンジョンの近くで、部屋が五つもあるところにした。
それぞれ寝室、書斎、キッチン、風呂、倉庫にする予定だ。
元から浴室はないので、あとから改造して使うことにしている。
あらかじめ改造の許可は取ってあった。
「お風呂かあ、いいなあ」
リタがしきりに羨ましがっている。
メリッサやララベルの家にはお風呂がついているのだけど、リタのところにはないからだ。
「入りに来てもいいよ」
「そ、それは恥ずかしいなあ。でも、セラなら見られてもいいか……」
よくはないだろう。
そんなことになったら気まずくなるから僕も困る。
「そうだ、地下菜園に水浴び場を作ろうか?」
「いやよ」
「えー、どうして?」
「シドが覗くもん」
その心配は大いにある。
シドはおっきなおっぱいが大好きだからリタが狙われる可能性は高い。
「大丈夫だよ、外から見えないシャワールームを作るから。万が一覗いたらフレイムソードで焼いちゃっていいからさ」
「それならいいかな……」
あそこに作れば土仕事の後もさっぱりできるだろう。
ジャカルタさんも喜んでくれるに違いない。
もともと荷物は少ないうえ、デザートホークスのみんなが手伝ってくれたおかげで、引っ越しはあっという間に終わってしまった。
ジャカルタさんを護衛しながらデザートホークスは地下菜園までやってきた。
「セラ、今日はいいものを持ってきたんだ。じゃーん!」
ララベルが小さな包みを渡してくる。
中身は赤みがかった黒い粒だ。
「これはブドウじゃないか!」
「えへへ、セラは種付きの果物を欲しがっていただろう? 厨房において置いてあったから持ってきたんだ」
さすがは監獄長の厨房だ。
一般人の家だと手に入りにくい物までそろっている。
「じゃあ、仕事前にみんなでいただこう。あ、種は飲みこまないようにしてね」
ララベルに感謝しながらみんなでブドウを食べた。
「この種から苗木が育ちますかね?」
ジャカルタさんに訊いてみる。
ブドウ畑ができればワインだって作れるぞ。
「わかりません。私はブドウを育てたことはおろか、食べるのだって初めてなんですから。でも、やれるだけやってみましょう」
ジャカルタさんも初めての作物に興奮を隠せないようだ。
固有ジョブが農夫ということもあり、ジャカルタさんは情熱を持ってもって 地下菜園の面倒をみてくれている。
最初の収穫はもう間もなくだ。
菜園の管理をジャカルタさんに任せて、僕らは魔結晶の採取に向かった。
文明的な生活は快適だけど大量の魔結晶を消費する。
エアコン、散水機、魔導コンロ、冷蔵庫、照明、どれひとつとして魔結晶抜きでは動かないのだ。
「さあ、今日も稼ぐよ!」
僕らは実入りのいい地下三階へと移動した。
休憩時に来週の予定について打ち合わせをした。
ところがララベルが申し訳なさそうに謝ってくる。
「来週は活動できないんだ」
「なにか予定でもあるの?」
「親父に連れられて帝都に行くことになっているんだ……」
ララベルは後ろめたそうに告白してきた。
帝都に行くというのは、僕ら一般住民では望むことさえも許されないような夢だ。
ここに送られる囚人はみな飛空艇で運ばれるが、出される囚人は一人もいない。
ララベルは自分が特別であるということが辛いのだろう。
「でも大丈夫だぜ。アタシは家出してセラの家で暮らすんだ」
家出少女を家に泊めるの?
それはいろいろと問題がありそうだ。
「そんなのダメだって。それにせっかく帝都に行けるんだよ。絶対に行った方がいい」
シドも僕に賛同してくれる。
「与えられるチャンスは最大限生かすべきだぜ、お嬢ちゃん。見聞を広めるのは悪いことじゃない」
「でもさぁ……私ばっかりずるいことをしているみたいで気が引けるんだよ」
「ララベルはずるなんてしてないさ。まあ僕も飛空艇に乗って外の世界へ行ってみたいけどね」
それは幼い頃ころからの夢だ。
いつになったら叶うかわからないけど、この思いだけはずっと持ち続けたい。
そんな僕にララベルは意外な情報をもたらした。
「だったら聖杯でも探してみる?」
「聖杯? 何それ?」
「大昔から帝国が躍起になって探しているマジックアイテムのことだよ。噂ではここのダンジョンの地下深くに眠っているお宝らしいぜ」
ララベルの説明を聞いてシドがポンと手を打った。
「そんなのがあったなあ! 聖杯を見つけたチームは恩赦で帝国市民になれるって話だったかな」
「話だったってことは、もうその約束はないの?」
シドは首を横に振る。
「いや、話自体はまだあるはずだぜ。ただ、聖杯は地下七階の危険区域にあってな、大勢の囚人が聖杯を手に入れようとして死んじまったんだ。そのせいで魔結晶の採取率が著しく減少しちまった。帝国にしてみれば魔結晶が入ってこないのも大問題なわけだ。それで、大々的に宣伝するのをやめちまったんだな」
ララベルは内緒話をするように声をひそめた。
「帝国はまだ聖杯を諦めてなんかいないよ。親父のところには今でも、精鋭を派遣しろって命令書がたまに届くんだ。だけど、今のエルドラハには優秀なチームは少ない。それこそメリッサのところの『黒い刃』、あとは『銀狼』とか『カッサンドラ』、伝説のソロプレーヤー『ミレア・クルーガー』くらい。そういった奴らが密かに聖杯を探しているらしいよ」
メリッサも聖杯を狙っているのか……。
「セラが本気で飛空艇に乗りたいのなら聖杯を探すしかないんじゃないの? もしデザートホークスが聖杯を見つけたのなら、アタシも後ろめたい思いをしないで飛空艇に乗れるってもんだよ」
ララベルが僕を焚きつけてくる。
それを受けてリタも自分の意見を披露した。
「帝国には恨みしかないけど、エルドラハの景色には飽き飽きしていたところなんだよね。空の旅っていうのもロマンチックで憧れるわ」
やる気を見せる女の子たちに対して、シドは深刻そうな顔をしている。
「これまで何組ものトップチームが地下七階で命を落としているんだぞ。なまなかな場所じゃない」
シドの心配も当然だけど、僕には確信めいた自信があった。
「そうかもしれないけど、なんかいけそうな気がするんだよね。自慢とかじゃなくて、冷静に考えてそんな気がするんだ」
「このガキが……。だが、悔しいけど俺も同感だ」
「へっ?」
「魔導錬成師セラ・ノキアならやれそうな気がするんだよ」
シドがにやりと笑って見せる。
だったらもうみんなが向いている方向は一緒ってことだ。
「よし、デザートホークスは聖杯探しに参加するぞ!」
ダンジョンの通路に小さな歓声が上がった。
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