第31話 三つ巴


 その日は夜遅くまで自分の新しい武器を作るのにいそしんだ。

サメの歯に穴をあけ、あらかじめ作っておいたワイヤーを通していく。

このワイヤーは魔力を流すことによって伸縮自在となり強度も上がる。

伸ばして使えば刃のついた鞭に、縮めて使うと切れ味の鋭いノコギリみたいな剣になるのだ。


 深夜までかかって剣を作り上げると、頭の中でいつもの声が響いた。


(おめでとうございます。スキル『作製』を習得しました)


 新しいスキルは道具作りに特化したスキルで、これを使えば大幅な時間短縮が可能になるようだ。

これでたくさんの道具作りが可能になるだろう。



 外に出ると幾億もの星が天上を覆うぼんやりとした霞のように輝いていた。

誰もいない通りを歩いて僕は街はずれに向かう。

不審者じゃないよ。

新しくできあがった剣、鮫噛剣こうごうけんの出来栄えを確認するためだ。

あ、じゅうぶん不審者か。

まあ、この世界で剣を持ち歩くのは珍しいことじゃない。


 エルドラハにも街を守る壁はある。

といっても、これは砂嵐から建物を守るためのものだ。

だから門に扉はなく出入りも自由である。

もっとも、大きい砂嵐が来ればこの壁もほとんど役には立たない。

人々は地下ダンジョンへ避難する。


 僕は街を出て大きな岩山のところまでやってきた。

岩山は風で削られ、ざらざらとした石柱がそそり立っているところがあった。

星空の下でそれらの岩はまるで魔物の群のようだ。


 僕は鮫噛剣を抜いて身構える。

まずは剣。

鋼鉄をも切り裂く鮫の歯が当たると、岩はガリガリと削れて真っ二つになってしまう。

これなら実戦でも使えそうだ。


 そして鞭。

剣としての刀身は五十七センチだけど、ワイヤーを伸ばせば五メートル以上の長さにもなる。

レッドボアによく似た岩に、僕は鞭を打ち付けた。


 風切り音を立てながら鞭は首に見立てた部分へと絡みつく。

その状態で魔力調節をしてワイヤーを縮めると、サメの歯が首に絡みつき頭部がぽとりと砂地へと落ちた。


「悪くない……、悪くないけど扱いにくい」


 使いこなすには相当な修練が必要そうだ。

この夜はそれ以上の実験はせず、僕はおとなしく部屋に帰って毛布をかぶった。


       ◇


 翌朝は大きなノックの音に起こされた。

昨日は鮫噛剣を作っていて遅くなったから、今朝は少し寝過ごしたようだ。

シドが心配して見に来たのだろうか? 

だけど、扉の外にいたのは意外な人物だった。


「おはよう……」


 少しきまりが悪そうに視線を逸らしたララベルだった。


「どうしたの?」

「昨日のお礼を持ってきた」


 ララベルは両手に大きな荷物を下げている。


「そんな気を遣わなくてもいいのに」

「そうはいかない。セラにばっかり苦労をかけて恩返しもしないとなったら、アタシの女がすたるってもんだよ。あ、あ、あ、上がらせてもらってもいいかい?」


 ララベルは顔を赤らめながら訊いてくる。

言葉遣いは荒っぽいけど義理堅い性格をしているようだ。

父親じゃなくてお母さんに似たのかな? 

太陽はだいぶ高い位置に来て、気温も上がっている。

直射日光の下はおしゃべりに向いた環境じゃない。


「狭いところだけどどうぞ」


 僕は中へ入るように促した。



 中に入るとララベルは珍しそうに部屋を見回していた。


「これが男の子の部屋か……」


 と言われてもろくに家具もないところだ。

珍しいのだろうけどクンクン臭いを嗅ぐのはやめてほしいほしい。


「これ、昨日のお礼」


 そう言って突き出してきた袋には食べ物や魔結晶がたくさん詰まっていた。


「うわっ、チーズだなんて久しぶりだな」

「嬉しいか!?」


 ララベルは目を輝かせながら、僕のシャツの裾を掴んで訊いてくる。


「うん。しばらく食べてなかったからね」


 滅多に手に入らない高級品だもん。


「でも、魔結晶はいいよ。こんなにたくさんもらうのは悪いから」

「いいから取っとけって! これがあればもっと広い部屋で暮らせるぞ」


 ララベルはずっしりと重たい袋を押し付けてくる。


「引っ越しは近いうちにするよ。それに、君からもらわなくても魔結晶はたくさんあるんだ」

「そっか……、じゃあ心配いらないな」

「そうそう、心配なんていらないよ」

「これでいつでも同棲できる」

「そうそう、いつだって大丈夫さ……はっ?」


 何を言っているんだ、この子は……。


「同棲って何?」

「説明させるなよ、恥ずかしいだろう……」


 このテレ方を見る限り言葉の意味は理解しているようだ。

このマセガキめ……。


「いやいや、ララベルは十五歳だったよね? まだ成人したばかりじゃないか!」

「愛に年齢は関係ないって」

「年齢以前に僕らはそういう関係じゃないだろう?」

「だからこうして付き合おうって言いに来たんじゃん」


 お礼を持ってきたって言わなかったっけ?


「おーい、セラ、いつまで寝てるの?」

「遅いぞ」


 リタとメリッサがやってきた。

今日も地下菜園へ行く約束をしていたのだ。

入ってくるなり三人の視線が刺々しく交錯した。


「誰、その子は?」

「彼女はララベル。監獄長の娘さんだよ」

「セラ、こいつは?」

「リタ。僕とデザートホークスって言うチームを組んでいるんだ」

「ふーん……、よろしく。私はララベル。セラの彼女だよ」


 そういうことは勝手に決めないでほしほしい。


「彼女ってどういうこと!?」


 リタもあんまり興奮しないでよ。


「いや、ララベルが勝手に言ってるだけだよ」

「さっき告白しただろう! アタシと付き合えよ!」


 そういう身勝手なところは父親にそっくり! 

顔はとんでもなくかわいいけど……。


「いやいや、一方的に言われても困るよ」

「そうだ、そうだ!」


 リタが僕を応援してくれる。


「な、なにさ。そもそもアンタはセラの何なの? まさか恋人?」

「わ、私は……生死を共にした相棒よ! 固い絆で結ばれているの!」

「ふーん……、じゃあ恋人ってわけじゃないんだ」

「そ、それは……」


 リタは口ごもってしまう。

ララベルはずっと黙っているメリッサの方を向いた。


「じゃあアンタは? セラの恋人?」

「いや……」

「だったらセラと私が付き合っても問題ないな」

「却下する。私は許嫁 だ」


 今度は僕も驚いた。


「はあっ? メリッサは何を言っているの? 初耳なんですけど」

「説明すると長い」


 端折はしょらないでください!


「お前ら何やってんだよ、早く行こうぜ」


 なに何も知らないシドがやってきたが、部屋の中の空気を読み、一瞬で身を翻した。

さすがは腕利きの斥候スカウトだ。


「悪い、邪魔したな」

「シド、置いてい行かないで!」


 僕は壁に立てかけた鮫噛剣を掴むと、シドを追って部屋を飛び出した。

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