第30話 監獄長の娘 後

 発動、スキル『解体』。


 僕を締め上げるロープは光の粒となって霧散した。

思った通りだ。

『解体』を使えばこの手のいましめは簡単に解除できる。

このロープは魔力を具現化したものか。

だったら!

 発動、スキル『抽出』

ついでに『抽出』も使い、マジックロープから失った魔力も取り戻しておいたぞ。


「なんだとっ!?」

「親父のマジックロープがほどけた!?」


 顔は似ていないのだけど、親子で同じリアクションを取っているのが面白かった。


「いきなり何をするんですか。もう、本当に帰らせてもらいますからね」

「ま、待ってくれ! その腕を見込んで頼む、セラ・ノキア。娘の傷を治してやってくれ!」


 初めて名前を呼ばれた。

恩も義理もない相手だけど、娘を思う親心と考えれば同情心が湧いてくる。


「なあ、どうやったんだ? 親父のマジックロープがパアッって……すごいな、お前!」


 ララベルも僕に興味を持ったようだ。

ようやく直接話しかけてきたぞ。


「で、どうするの? 君の傷を治す?」


 質問すると、ララベルはキョトンとした顔になった。


「治せるのか?」

「ちょっと見せてもらっていい?」

「ああ……」


 ぷっくりとした肌には痛々しい傷跡が残っている。

耳の付け根近くから鼻にまで伸びる大きな傷だ。


「これはどうしたの?」

「ブルーマンティスを討伐したときについちまったんだ」


 ララベルは薄い胸を張る。

声にはどこか自慢気な響きがあった。

ブルーマンティスというのはダンジョン地下二階で最強と呼ばれる魔物で、体長五メートルにもなる大型のカマキリだ。

硬い外皮と鋭い鎌で人に襲い掛かる。


「なんでそんなところに?」

「生まれたとき時からずっとここに閉じ込められていたんだ。一度くらい冒険をしてみたかったからに決まってるだろう!」


 その答えに僕は好感を持った。

ララベルの瞳はクリクリしていて、好奇心に溢れて よく動く。

たぶんだけど、この娘と僕は気が合う。


「顔に触れてもいいかな?」

「お、おう。べ、別にいいけど……」


 怒るかと思ったけど、ララベルは案外素直に頷いてくれた。

スキャンの効果を最大にするためには直接触れた方が早いのだ。


 『スキャン』発動

 対象:ララベル・グランダス 身長百四十九㎝ 十五歳

 固有ジョブ:投擲手とうてきしゅ

 スキル

 投擲:武器を投げて敵に当てる術 命中補正プラス三十%

 遠投:飛距離が五十%伸びる

 戦闘力判定:Dプラス


 はじめて見るジョブだ。

でも今はステータスより傷の具合を見ないと……。


「傷はすっかり癒着しているね。これは治癒魔法で治したの?」

「ああ、親父が治癒師を呼んでくれたんだ」


 傷跡まですっかり治せるほど腕のいい治癒師は少ない。

そんな腕のいい治癒師だったらエルドラハには送り込まれないだろう。


「問題はこの層か……」

「どうせ無理なんだろ? アタシは気にしないぜ」


 治癒魔法により、傷口を修復するために密度の高い繊維組織ができ上ってしまっている。

これが盛り上がって傷口を目立たせているのだ。


「うん、きれいに治せると思う」

「え、本当か!?」

「時間は三十分くらいかかると思うけど、問題ない?」

「ああ……」


 ララベルが不思議そうに僕の顔を見つめてきた。

僕は患者を安心させるためににっこりとほほ笑んだ。


「大丈夫だよ。そのままでも美人さんだけど、ちゃんと元通りにしてあげるからね」

「び…………」

「じゃあ、このソファーで治療をしよう。少し詰めてくれるかな?」

「うん……」


 いざ治療の段になるとララベルはすっかり大人しくなってしまった。

お医者さんとか歯医者さんとかって怖いもんね。

わかる、わかる。


「治療のために、もう一度傷口に触れるよ?」

「うん……セラの好きにして……」


 さっきまでの態度が嘘みたいで、借りてきた猫みたいにおとなしい。


 スキル『麻酔』そして『修理』発動。


 目立つ部分の傷だから、僕はいつもより丁寧に、細心の注意を払ってとりかかった。


 おおよそ三十分後、ララベルの傷はすっかりなくなっていた。


「どう、気になるところはある?」


 手鏡を持つララベルの手が震えている。


「気にしてないなんて強がってたけど、本当はちょっと嫌だったんだ……。セラ、ありがとう」

「よかったね、綺麗になって」


 監獄長も涙ぐみながら喜んでいる。


「これで安心して帝都へ嫁がせられる」

「行かねーって言ってんだろっ!」


 お、元気も出てきたようだ。

これ以上ここにいる必要もないね。

早く帰ってサメの歯で武器を作りたい。


「それじゃあ僕は帰ります」

「おう助かったぜ、小僧。気ぃつけて帰れよ」


 そう言った監獄長の顔面にララベルの拳が炸裂した。

腰の入ったいい右ストレートだ……。


「お礼もしねーで帰すのか、このケチ親父!」


 監獄長の巨体が音を立てて床に沈む。


「ははは……、お礼なんて別にいいよ。それより監獄長を治療しようか?」


 気絶したまま動かないぞ。

死んではいないようだけど。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ! 親父は打たれ強いから」


 ララベルは笑いながら手を振った。

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