第29話 監獄長の娘 前


 中央棟はエルドラハの中心部に建つ八階建ての建造物だ。

上層にある二階部分は監獄長のグランダスとその家族が住んでいる。

怪我人というのはグランダスの一人娘という話だった。


 僕らは正面玄関を抜け、厳重に警備された奥の階段へと向かった。

この階段にはピカピカに磨かれた木製の手すりが付いている。

居住区のつくりは黒い刃の本拠よりもさらに豪華だった。


「ララベルちゃん、パパの話を聞きなさい!」

「うるせえ、クソ親父!」


 扉の前に立つと聞き覚えのある監獄長のダミ声が聞こえてきた。

うわあ、監獄長は自分のことをパパとか呼んじゃっているんだ。

僕を連れてきた二人の部下もばつの悪そうな顔をしていた。

ララベルというのが一人娘の名前である。

怪我人と聞いていたけどやけに元気そうだ。


「監獄長、セラ・ノキアさんを連れてきました」


 部下の男がノックをすると室内が一瞬静まり返ってから、


「おう、入れ!」


 と野太い返事が返ってきた。


 通されたのは応接室のようなところだった。

革張りのソファーだなんて前世で見て以来の家具が置いてある。

ずいぶんと広い部屋だったけど、妙に圧迫された雰囲気があると感じた。

それもこれも監獄長が三メートルはある大男だったからだ。


 体形はガチムチ、広く開いた襟から盛り上がった大胸筋が必要以上の自己主張をして見えている。

ごつごつしたジャガイモみたいな頭をスキンヘッドにそり上げていて迫力も満点だ。


 

『スキャン』発動

 対象:ドリアード・グランダス 全長二百九十七㎝ 四十七歳

 固有ジョブ:看守監獄長

 スキル

 拡声:風魔法で声の音量を増幅させる

 捕縛術:魔法で具現化したロープにより対象の身動きを封じる

 看守統率:自分の部下となった者の攻撃力と防御力を上げる

 威圧:対象者の身をすくませる

 鉄鎖術:囚人を縛り付けるための鎖を使った武術

 戦闘力判定:Bプラス


 いつも聞こえてくる声はスキルによって拡声されていたのか! 

めちゃくちゃ迷惑なスキルじゃないか。

一種の騒音被害だよ、あれは。


 長く監獄長をやっているだけあってスキルの数が多い。

戦闘力判定はBプラスか。

もっと高いかと思っていた。

でも、考えて見ればC以上って滅多にいないんだよね。

僕とかメリッサとかが特別過ぎるのかもしれない。


「お前が噂の魔導錬成師か? 下層地区で奇跡の治療をすると評判の」


 僕の前に立った監獄長が低い声で訊ねてきた。

こいつ、スキルの『威圧』を使ったな。

たぶん、これから僕に言うことを聞かせるためにやったに違いない。

こういうことをされるとやる気がそがれるんだけどなあ……。

僕はお腹に力を入れて監獄長の『威圧』に耐える。


「噂のかどうかは知りませんけど、僕のジョブは魔導錬成師ですよ。どういったご用ですか?」


 僕が平然としていると監獄長の眉間にしわがよった。


「ガキのくせに根性が座ってるじゃねえか……。お前に診てもらいたい患者がいる」


 監獄長は言うことを聞くのが当たり前といった具合に話しかけてきた。

これが人にものを頼む態度だろうか。


「娘さんが怪我をしたと聞きましたが」

「その通りだ。そこに座っている子がそうだ」


 ソファーに座った子は監獄長と同じようにさっきから僕を睨みつけていた。

ただこの子は目つきこそ鋭いけど、父親と違って美人だった。

年齢は僕と同じくらいかそれよりも下。

身長も少し低い。

ピンク色の髪を頭の両サイドで二つに分けている。

パッと見たところ元気そうなのだが、顔に大きな傷跡があった。


「怪我というのは顔の傷?」

「そうだ。父親の言うことを聞かずにダンジョンなんかに潜るから」

「アタシは気にしないって言ってるだろう! これくらい別に普通だろが」


 エルドラハでは普通と言えば普通だ。

戦う人が多いから、みんなどこかしらに傷がある。


「お前は将来帝都で暮らすんだ。顔に傷のある帝都のレディーなどいないのだぞ!」

「うるせーなー、レディーになんてなんなくてもいいよ!」

「やかましい! お前は帝都の貴族に嫁ぐのだ。それがお前の幸せなんだぞ」

「バカか!? そんな暮らしが幸せのわけないだろうが!」

「お前はなにもわかっておらん!」


 言い争いが始まった。


「取り込み中みたいですから帰りますね」


 親子喧嘩を観戦する趣味はないし、時間だってもったいない。

鶏小屋と新しい武器を作りたいのだ。


「待て!」


 監獄長が慌てて帰ろうとした僕を呼び止める。


「この傷を治していけ」

「いらねーつってんだろ!」


 ララベルが大声を張り上げる。


「ハア……、どっちなんですか?」

 僕は肩をすくめてきびすを返した。


「おい、モルガン、ハッド、その小僧を止めろ!」


 僕を呼びに来た二人はモルガンとハッドというのか。

初めて知ったよ。


 命令された二人は僕の進路を塞いだけど、顔には怯えの色が出ていた。

交換所でさんざん引っ張りまわされたせいだろう。


「セラさん、悪いけどここを通すわけには……」


 敵わないとわかっていても、命令されたら従わないわけにはいかないのが部下の辛いところだ。

叩きのめすのは簡単だけど、この二人には同情してしまう。


「いいかげんにしてください。患者に治す意思がないのなら治療はできません。僕は帰ります」

「待て!」


 監獄長の指先が発光して、そこから金色に光るロープが伸びてきた。

ロープはぐるぐると僕を巻き上げて体の自由を奪う。

ついでに魔力も吸い取っているみたいだ。

これが監獄長のスキル『捕縛術』だな。

このままでは本当に身動きが取れなくなってしまうぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る