第25話 レッツ クッキング!
きついお仕置きをしたので盗賊たちは解放した。
あとで名前を公表するので世間が彼らに罰を与えるだろう。
そんなことより今はサンドシャークだ。
つまらないことでずいぶんと時間を取られてしまったけど、僕らは夕方までに地下四階へ到達した。
今夜はここで一泊して、狩りは明日から始める。
「さあ、今日はシチューを作るよ」
そう宣言するとみんなが心配そうな顔をした。
「そんな凝った料理なんて作れるのか?」
「先日は肉を焼いただろう?」
「あれは塩を振って焙るだけだろうが」
これまでの僕を見てきたシドにとっては当然の不安だろう。
だけど、前世の日本では様々な動画チャンネルを見てきた僕だ。
その中には料理系もあり、レシピもぼんやりだけど覚えている。
それにシチューは野菜と肉を煮るだけの料理で、たいした手間はかからない。
野菜を切り、肉と炒めて、そこに小麦粉を振りかけてさらに炒める。
ダンジョンの小部屋にいい匂いが立ち込めていく。
ここに焼いたレッドボアの骨でとっただし汁を足して……。
「メリッサ、ミルクをちょうだい」
「なんに使うのかと思ったら、これのためだったのだな」
メリッサの氷冷魔法で凍らせておいたミルクを鍋に入れてさらに煮込んでいく。
小麦粉が作用してとろみがついてきた。
少し煮込んで塩を入れれば完成だ。
「うーん、いい匂い。美味しそう!」
リタは僕の肩越しに鍋の中を覗き込んでいる。
ちょっと近過ぎる……。
「セラにくっつくな」
「なに、メリッサったら嫉妬しているの?」
「セラの邪魔になる」
一触即発しそうな二人に味見用のお皿を渡した。
ケンカにならないよう、二つ同時に。
「飲んで塩加減を確かめて」
突然お皿を差し出された二人はびっくりしたみたいだけど、同時に口をつける。
「美味しい!」
「うむ!」
二人とも気に入ってくれたようだ。
(おめでとうございます。スキル『料理』を習得しました!)
魔導錬成師のスキルには『料理』なんてものまであるの?
あ、しかもただの料理じゃないや。
魔結晶を使って、限定的ながら魔法効果を付与することもできるようだ。
体力のステータスが上がるスタミナ料理なんかも作れそうだぞ。
これは決戦の前に食べたらよ良さそうだね。
さっそく、明日の朝食で試してみるとしよう。
たっぷりとシチューを食べて、その日は早めに休むことになった。
翌日は早朝からパンを焼いた。
スキル『発酵』があるので、パン種がなくてもフライパンでふっくらとした美味しいパンを焼くことができた。
小麦粉も『改造』で細かくして、不純物も取り除いてある。
「こんな美味しいパンは初めてよ。私、デザートホークスでよかった!」
食べるのが大好きなリタが大喜びしている。
「緑晶の効果をブレンドして『料理』したから、食べると素早さも上がるんだよ」
「そのようだな」
メリッサが効果を確認するように剣を抜いた。
その姿は神秘的な神楽舞いを見ているようだ。
時に速く、時に緩やかに、 緩急自在の揺らめく身体は動きの神髄を極めた達人の域だ。
彼女の心は幽玄の境地にあるのだろうか?
でも、食べてすぐ動いたらお腹が痛くなっちゃうよ。
「すごいな……、普段はここまで楽に動くことはできない」
メリッサは満足げなため息をついた。
「効果の持続時間はおよそ四時間だからね」
「これで午前中の狩りは楽勝かもね」
リタの動きも普段よりずっと鋭かった。
シドは床の状態を確かめつつサンドシャークの追跡を開始した。
斥候だけあって獲物の痕跡を見つけるのは誰よりも得意だ。
「見ろ、帯状に砂の跡がついているだろう? これがサンドシャークの通った証拠だ。一、二、三……、六体以上の群だな……」
「それなら浮袋が六つだね!」
「嬉しそうな顔をするな。こっちは命がけなんだからな!」
シドに呆れられてしまった。
「心配しなくても大丈夫だよ。シドは若返ったんだから」
「まあ、全盛期の俺なら切り抜けられるとは思うが……」
シドはまだ自分の体力に自信がないようだ。
「サメの弱点は多くの神経が集まる鼻柱だから、そこを狙えば大丈夫さ」
「よくそんなこと知っているな」
『ナショナルジオグラフィック』 で読んだことがあると言っても通じないか。
もっとも、サンドシャークと地球のサメでは全然違うとは思う。
サンドシャークは強力な土魔法を使い、砂岩の中を泳ぐように移動する。
見た目はホオジロザメでもその生態は別物だろう。
それはあまりに唐突だった。
石の床が足元でぐにゃりと変化して、口を開けたサンドシャークが襲ってきたのだ。
砂と化した床に足を取られたけど、素早さのパンを食べた僕らは余裕を持って
雷撃のナックルが鼻頭に命中すると、サンドシャークは硬直して動かなくなった。
神経が鼻に集まっているのはこの世界のサメも一緒らしい。
メリッサも曲刀をサンドシャークのエラに深々と突き刺して仕留めていた。
一瞬しか見えなかったけど、攻撃を紙一重でかわしたカウンターだったみたいだ。
無駄のない動きは合理的で、背筋が寒くなるほどだ。
氷の鬼女とはこういうところからついたあだ名なのかもしれない。
僕にとっては守護天使だけどね。
リタは手傷を負わせたものの、残念ながら逃げられてしまっている。
「不利になるとすぐに砂に潜ってしまうのが厄介よね」
追跡が難しい魔物であることは確かだ。
「じゃあ、浮袋を回収するからみんなは休憩していて」
スキル『解体』を使えばたいした手間はかからない。
ナイフで腹を捌かなくても浮袋は簡単に取り出せる。
しかも、スキルで失ってしまう魔力も拾った魔結晶から『抽出』で補えるのだ。
我ながらダンジョン向きの体になったものである。
「そうだ、サンドシャークの歯を利用しようと思っていたんだよな」
「なんに使うの?」
リタが僕の手元を覗き込んでくる。
「矢じりにするんだよ。この素材は属性魔法もつけやすいからいろんな矢が作れると思うんだ」
今は素材集めだけして、『改造』は夜の空いた時間にすることにした。
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