第22話 爆砕の斧


 エルドラハの住民は月ぎめで部屋を借りている。

たとえば僕とシドの住む部屋はひと月に赤晶なら三百gで借りられる一番安い部屋だ。

広さは六平米しかなく、トイレやキッチンは近所の人たちと共同のものを使う。


 これがリタの借りている部屋だと事情はだいぶ変わってくる。

家賃は赤晶で一キロと倍以上だけど、部屋はずっと広い二間続きだったし、トイレもついていた。

といっても風呂はない。

僕もそろそろ引っ越そうとは思っているのだけど、地下菜園のことで延び延びになっているのだ。


 このようにエルドラハの賃貸事情はそれぞれだ。

だけどここはどういう場所なのだろう? 

案内された黒い刃の本拠はお屋敷と言えるくらい広かった。

二階建ての建物がぐるりとめぐらされていて、真ん中には中庭もある。


「これ全部が黒い刃の家なの? 広いなあ」

「四十人で住んでいるからな」

「じゃあ、メリッサもここに住んでいるんだね」

「私の部屋を見たいか?」

「うん」

「…………後で見せてやる」


 メリッサがそう言うと周りの人々が驚いていた。


「姫様がご自分の部屋に人を入れるだと?」

「ありえん。お付きの侍女以外誰も入ったことがない場所だぞ」


 そんな特別な場所に招待してもらえるなんて嬉しいな。

でも――。


「そんなに恥ずかしいなら無理しなくてもいいよ」

「恥ずかしい? 私が?」

「うん、だってそういう表情をしているじゃない」

「うっ……」


 こんなやり取りをしていたら、また周りの人々が騒ぎ出した。


「姫様の表情を読めるだと!? この小僧何者だ!?」

「お、恐ろしい奴め……」


 なにこの珍獣扱い……。


「構わぬゆえ、案内する。だが先に仕事だ」

「うん、壊れた装備品はどこ?」

「こっちだ」


 通された部屋には壊れた装備品が山のように積まれていた。

これは腕の振るい甲斐がありそうだ。


「必要なものはあるか?」

「そうだな……、捨ててもいいゴミを全部持ってきてよ。もう修理しようがない剣とか弓とかね」

「わかった」


 再利用できるものが多いほど『修理』や『改造』ははかどるのだ。

僕はさっそく仕事に取り掛かることにした。


「へえ、いい鎧を使っているなあ」


 黒い刃の装備は高級品ばかりだった。

金属と皮を使って重量と防御力をバランスよく配分している。

だけどまだまだ改良の余地はありそうだ。

魔導錬成師の魂が騒ぎ出している。


「メリッサ、少しだけ改造してもいいかな?」

「どうするというのだ?」

「強度を上げて軽量化するんだ。武器の攻撃力も上げてみるよ」

「そんなことができるの?」

「お試しでひとつ作ってみるね」


 柄の折れた戦斧があったので僕は持ち上げた。


「サンドシャークにやられた痕?」

「そうだ。奴らの歯は鋼鉄をも切り裂く」

「地下四階ともなると強力な魔物が多いんだね。でも、それだけ鋭い歯なら武器として利用できないかな? たとえば矢じりとかね」

「なるほど。有名なのはサンドシャークの浮袋だがそういう手もあるか」

「浮袋なんて何にするの?」

「マジックボトルの材料になるのだ。魔導具師に売ればいい魔結晶と交換してくれる」


 マジックボトルだって!? 

僕が今いちばん欲しいものじゃないか。

サンドシャークの浮袋がマジックボトルの材料になるんだったら、散水機の材料にもなるかもしれないぞ。


「メリッサはサンドシャークの浮袋を持ってるの?」

「ああ、今回の戦闘で二つほど手に入れた」

「見せてもらってもいいかな?」


 持ってきてもらった浮袋を確認すると、やっぱり散水機の材料になりそうだった。


「メリッサ、修理のお礼は魔結晶じゃなくてサンドシャークの浮袋じゃ駄目かな?」

「私は構わんが、それでは割に合わなくないか?」


 魔結晶でもらった方が価値はあるんだけど、僕にとってはこちらの方が都合はいい。


「いいの、いいの。お願いね」


 水不足が解決できることがわかって僕は上機嫌だった。

張り切って修理をしていくことにしよう。


「この戦斧を改造してみるか……」


 そうつぶやくと近くにいた大男が待ったをかけてきた。


「待て、待て。それは俺の戦斧だぞ。勝手にいじってもらっては困る」


 身長が二メートル以上ある男の人が僕を睨みつけている。

ゲジゲジ眉で口ひげも真っ黒だ。

ずいぶんと大きくて重たい戦斧だと思ったけど、この人なら使いこなせるのだろう。


「貴方の戦斧ですか?」

「そうだ。俺は黒い刃一の力持ち。剛力のキャブルだ」

「使い慣れた物でしょうからバランスを崩したりはしませんよ。とにかく折れた柄をくっつけてしまいますね」


 簡単な修理なので一分もかからない。

あっという間に直したのでキャブルさんは驚いて目を見開いていた。


「これでよしと。どれどれ……」


 修理の終わった戦斧を振って不具合がないか確かめる。

これだけ重くて切れ味がよければ、攻撃力も高そうだ。

でも、ロマンが足りていない……。


「俺の戦斧をそのように軽々と……」


 驚くキャブルさんにメリッサが説明する。


「セラは力持ち。レッドボアを持ち上げる」

「はあっ!? 姫様、何を言って……」


 驚いているということは、僕がレッドボアを持ち上げるのを見ていなかったんだね。


「キャブルさん、この戦斧をパワーアップしてもいいですか?」

「かまわんが……」


 お許しが出たのなら早速やってしまおう。

手持ちの赤晶と緑晶を使って、斧の背面にジェット機構を取り付けちゃえ!


 できあがった戦斧をキャブルさんは不思議そうに見ている。


「なにやら奇怪な穴が二つ付いているのだが……」

「それはジェットの噴射口ですよ。そこから噴流が排出されて、その反作用で斧が推進力を得るんです」

「じぇ、じぇっと?」

「百聞は一見に如かずですね。使い方を御覧にいれますので来てください」


 僕らは中庭に移動した。

メリッサをはじめとした黒い刃のメンバーも何事かと集まってきている。

ちょうどいい岩が中庭にあった。高さは三メートルくらいで僕よりも大きい。


「メリッサ、あの岩に攻撃してもいい? 後で直すから」

「うん、好きにして」


 僕は戦斧を背負った状態でみんなを見回す。

注目を浴びているから緊張するな。

でも、パワー重視の戦士だったらこういう武器が好きなはずだ。


「それじゃあ始めますよ!」


 戦斧を右腕に持って跳躍する。

重力の呪いから解き放たれた僕のジャンプ力はちょっとした自慢だ。

七メートルほど飛び上がって、戦斧を大上段に構えたところで落下が始まる。

僕は戦斧に魔力を送り、発動の準備を促した。

そして戦斧を振り下ろすと同時にジェットを起動する。


「唸れ! 爆砕の戦斧!!」


 轟音をたてる戦斧は見えない速さで大岩に激突して、岩を粉々に破壊した。

それどころか大地にめり込み大量の砂が空中高く舞い上がる。


「ゴホッ、ゴホッ! ごめんメリッサ。自分でもここまで強力とは思わなかった。これは必殺の一撃として取っておかないとダメなやつだね」


 強力な風が巻き起こり、砂煙を館の外へと押し流した。

黒い刃の風使いが魔法を使ったようだ。


「小僧……なんという奴だ、貴様は……」


 キャブルさんがのっしのっしと近づいてくる。

怒っている?


「すみません。でも、キャブルさんのパワーなら制御できると……」


 毛むくじゃらの手が僕の頭に伸び……髪の毛をくしゃくしゃとなでられた。

それからいきなりギュッとハグされてしまう!


「ええええっ!?」


 キャブルさんは僕を自分の肩へひょいと持ち上げた。


「見たか、各々方!? こいつは天才だぞ! うわははははははっ!」


 周りで見ていた人々も騒ぎだす。


「セラ殿、私の剣も改造してくだされ!」

「あ、はい。ガンブレードでも作りましょうか?」

「俺の盾も頼む」

「スパイラルカッターを内蔵して投げられるようになんてどうかな? キャプテン・エルドラハ……なんちって」


 皆が武器を持って僕に殺到してきたから焦ってしまった。

興奮し過ぎだって。

全員が同時に改造を頼んでくるので対処のしようがない。


「それくらいにしておけ!」


 メリッサが大きな声を出したので皆が黙った。


「今日は普通の修理だけでいい」

「しかし、姫様。キャブル殿だけずるいですよ」


 メンバーの一人が文句を言った。


「だめ、私の部屋に招待するのだから」


 キッパリとした口調のメリッサに反論する人はいなかった。

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