第18話 いろいろとかみ合う


       ◇


 次の朝はすっきりと目が覚めた。

以前のように体が重くてベッドから起き上がるのにも一苦労、なんてことはもうない。

僕は元気よく跳ね起きて、思いっきり体を伸ばした。


 昨夜は山ほどレッドボアの肉を食べたというのに、もうお腹が減っている。

きっと体力や魔力をいっぱい消費したせいだろう。

よく寝たからどちらもすっかり元通りになっている。

今日も元気に過ごせそうだ。


 シドを朝ご飯に誘おうと思って外に出ると、うちの前に人が五人も並んでいた。

どの人も貧しい身なりをして、どことなりに怪我をしているようだ。

汚れた包帯が痛々しく見える。


「おはようございます。何かご用ですか?」


 僕があいさつすると、その中の一人がおずおずと訊いてきた。


「魔導錬成師のセラさんというのはあなたですか?」

「そうですけど」

「近所に住んでいるカネオンに訊いて来たんです」

「カネオンさん?」

「昨日、ダンジョンでセラさんに助けていただいたと言っていました」

「ああ、あの人か。うん、それでどうしたんですか?」


 五人の人々はいきなり砂の上にひざまずいて訴えかけてくる。


「どうか我々をお救いください。怪我のためにダンジョンへ行けない日々が続いています。このままでは暮らしていけません。元気になりましたら必ず魔結晶をお支払いいたしますので!」


 一般的な治癒師はツケを嫌うんだよね。

ダンジョンは死亡率が高いので返済が滞ることがしょっちゅうだからだ。

目の前の人はガリガリに痩せている。

このままでは遠からず死んでしまうだろう。


「わかりました。順番に診ますので安心してください」

「おおっ!」

「えーと……」


『スキャン』を発動して、みんなの症状をざっと確認する。

一番具合の悪そうなのはこのおじさんだな。

足の骨折に加えて、栄養失調による内臓の荒れが目立つ。


「それじゃあ貴方から部屋の中に入ってください。一人ずつ診療しますので」


 僕の部屋は狭過ぎるので二人も入ればいっぱいになってしまう。

早いところ引っ越さないとだめだよね。


「涼しい……」


 部屋に入ったおじさんがびっくりしている。

朝一番にエアコンをつけていたので室内は程よく冷えていた。


「先に言っておきますけど、僕は『スキャン』というスキルで状態を詳しく調べます。そのときに貴方のステータスもわかってしまいますが構いませんか?」

「もちろんです。怪我が治るのならジョブだろうがスキルだろうが、なん何でも見てください」

「わかりました。それではベッドに寝て患部を見せてください」


 慎重に包帯を外して『スキャン』と『修理』のスキルを発動した。



 治療には十五分くらいかかったけど、骨は綺麗に繋がった。


「痛みが全くない!? 普通に歩けるぞ!」


 おじさんはぴょんぴょんと飛び跳ね、脚の具合を確認している。

治療中にわかってしまったのだけど、この人の名前はジャカルタさん。

固有ジョブは『農夫』で所有スキルは『農業』とか『体力増強』だった。

『体力増強』はパッシブスキルで、これを持つ人は持久力が上がる。

怪我さえなければなん何とか窮地を凌げるだろう。


 考えてみれば、こうやっていろんなジョブの人と知り合いになれるのは便利だよね。


「それでは次の人どうぞ……って、なんか増えてない?」


 外で待っていたのは四人だったはずなのに、いつの間にか七人になっている!


「昨日から肩が痛くて……」

「わかりました。順番に診るので待っていてくださいね」


 魔力にはまだまだ余裕があるのでなん何とかなるだろう。


『農夫』のおじさんを皮切りに、『機織り』『弓士』『左官』『パティシエ』と順番に診ていく。

世の中にはいろんな固有ジョブがあるんだね。

その間にも患者さんは口コミで増えて、午前中だけで二十四人もの人を治療してしまった。


 クタクタになったけど怪我を直してもらった人たちの笑顔は嬉しかった。

それに『スキャン』と『修理』のレベルがかなり上がったぞ。

最後の方になると、注意して見るだけで患者さんの怪我の具合がわかるようになってしまったくらいだ。

手際がよ良くなったせいか、治療の時間もずいぶんと短くなった。

おかげで魔力は空っぽになっちゃったけどね。


「セラ、飯を持ってきたぞ」


 シドがパンとスープを持ってきてくれた。


「ありがとう、朝からなんにも食べてないんだ」

「ずいぶんと忙しそうだったな」

「うん、もう魔力がすっからかんだよ。この魔結晶から魔力を取り出せればいいのにね」


 僕はお礼に貰った赤晶を手に取った。


「おいおい、魔結晶をそのまま食うんじゃないぞ。中毒を起こすんだからな」

「それくらい僕だって知っているよ」


 薬の材料になる魔結晶だけど、加工しないで飲みこめば体内の魔力が暴走してしまうと言われている。

『薬師』とか『医者』などが適切な調合をして、初めて魔法薬となるのだ。


 僕は赤晶をテーブルに戻そうとした。

でも、そのとき赤晶の構造が頭の中に滑り込んでくる。

ひょっとしたら、ここから魔力を吸い出せるかもしれない……。


(おめでとうございます。スキル『抽出』を会得しました!)


「どうした、セラ?」


 喜びに震えていると、シドが心配そうに顔を覗き込んできた。

僕はスキル『抽出』を駆使して、手にした赤晶から魔力を吸い出していく。

燃えるような赤色をしていた赤晶はみるみる色褪せ、最後は灰色のちりとなって床にこぼれた。

これで魔力不足は解消されたな。


「どうなっているんだ?」


 驚くシドを正面から見て違和感を覚えた。

無意識に『スキャン』が発動した結果だ。


「シド、噛み合わせが悪いみたい」

「噛み合わせ?」

「上の歯と下の歯の接触状態のこと。これを調整するとパフォーマンスが上がるよ」

「ぱふぉ?」


 僕は両手でシドの顔を押さえる。


「お、おい……」

「大丈夫、痛くないから」


 たくさんの人を診療したからスキルの熟練度が上がっているみたいだ。

僕はなんなくシドの治療を終えた。

時間にして十分くらいだ。

この調子で頑張れば、修理はもっと速くなるかもしれない。


「どう?」

「いや、よくわからんが……」

「そのうちにわかるよ。さあ、ご飯を食べよう」

「そうだな」


 僕らは昼ご飯に取り掛かる。

硬いパンをちぎって口に入れたシドが不意に顔を上げた。


「どうしたの?」

「なんだかいつもより飯が美味い気がする。噛み合わせのせいかな?」


 嬉しそうにしているシドを見て、お昼ご飯がずっと美味しくなった。

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