第17話 バーベキューパーティー
魔物や動物の解体というのは大変な作業だ。
前世の知識に頼らなくても、それくらいは知っている。
ただ、僕には魔導錬成師の力がある。
『スキャン』や『修理』を駆使すれば、人よりも早く解体できる気でいた。
アパート近くの空き地に陣取り、僕らは解体の準備を始めた。
まずはレッドボアの構造を調べてみよう。
スキルを発動しながら触れてみると頭の中にレッドボアの情報が流れ込んできた。
わかる……、わかるぞ!
これならなんとかいけそうだ。
皮や骨、筋繊維の一筋一筋までもが手に取るように把握できる。
僕は一番切れ味のよ良いナイフで解体を試みた。
やがて頭の中にまたもやいつもの声が響いた。
(おめでとうございます! スキル『解体』を習得しました!)
今回も便利そうなスキルだ。
『解体』は魔物や動物だけでなく、機械や建造物にも使える。
なかなか応用範囲の広そうなスキルだ。
でも今はレッドボアをなんとかしなくちゃね。
助けた二人組や、近所の人、メリッサたちにも声をかけてある。
気の早い人はもうお皿を持って集まりだしているぞ。
『解体』を使ってまずは血抜きをした。
ナイフで入れた切れ込みからどんどんと血が流れだして、空中で球体を作っている。なかなかシュールな光景だ。
「すごい量だな」
「うん、八十リットルはあるよ、これ……」
シドが指先でツンツンと血の塊をつついている。
その指に血が
さらにスキルを使って血液を水と他の物質に分けてしまう。
水は完全な真水なので生活用にとっておく。
他の物質は風に乗せて砂にまいた。
「ふう、これで一番難しいところは終了」
続いて皮を剥ぐ。
こちらも衣料として使えるので『改造』でなめしていつでも使えるようにしておいた。
余分な内臓を取り除き、先ほどの水で洗浄し、最後に骨と肉を分けて適当な大きさに切りそろえる。
「どうしよう、肉を盛り付ける皿が足りないよ」
リタが困ったように立ちすくんでいる。
「先日拾った大盾が二枚あるでしょう? 騎士が持っているようなカイトシールド。あれを洗って皿代わりにしよう」
即席の大皿に肉が山盛りになり、近所の人が歓声を上げた。
「さあみんな、バーベキュー大会を始めよう!」
火炎魔法を使える人が協力してくれて、盛大なパーティーが始まった。
「燃えろ! あたしのフレイムソード!」
リタのフレイムソードも大活躍だ。
ロース、フィレ、モモ、サーロイン、いろんな部位が次々と焼き上がっていく。
「セラ……」
宴もたけなわの頃、遠慮がちに声をかけてきたのはメリッサだった。
彼女の後ろにはボディーガードのように四十人のメンバーが控えている。
全員が強面で、肉を食べていた人々も緊張して手を休めてしまうほどの迫力だ。
だけどメリッサはちっとも怖くないことを僕は知っている。
「来てくれたんだね、メリッサ。パーティーはもう始まっているよ。遠慮しないでどんどん食べてね。みなさんもどうぞ」
案内をしてあげると、メリッサの横にいた大柄な人が頭を下げてきた。
「黒い刃の副長をしているタナトスだ。お招きに感謝する」
タナトスさんは四十歳くらいの大柄な人で、眼光も鋭くてとても強そうだ。
黒髪を長くしてオールバックにしている。
旧グランベル王国の人は黒髪の人が多いのかな?
他のメンバーにも黒髪が目立つ。
もっとも僕の両親もグランベル出身だったけど、髪は銀色だ。
僕も両親と同じで銀髪だった。
「遠慮しないでたくさん召し上がってくださいね」
メリッサがクイクイと袖を引っ張る。
「どうしたの?」
「おみやげ……」
黒い刃のメンバーたちが荷物を部屋の前において置いて くれた。
気を遣ってパンや酒を持ってきてくれたようだ。
「べつにいいのに」
「こらこら、セラ。人の好意はありがたく受け取らんか!」
シドがしゃしゃり出てきた。
腕にはしっかりと酒の小樽を抱えている。
「ありがとう、メリッサ。お礼に僕が肉を焼いてあげるね。好きな部位はある?」
「ロース」
相変わらず口数は少ないけど、メリッサの機嫌はよ良さそうだ。
フレイムソードを借りて、メリッサのロース、リタのカルビ、僕のフィレを焼くことにした。
シドは踊り子のお姉さんと一緒だから放っておくことにしよう……。
まずは生肉に下味をつけて……。
そうだ、この塩も『改造』してしまおう!
エルドラハの塩は帝国が飛空艇で運んでくるんだけど、あんまり美味しくない。
これまではそうでもなかったけど、前世の記憶が戻った僕には苦く感じるのだ。
きっと不純物が多いからだろう。
健康面にも悪影響があると思う。
必要なミネラルは残しつつも『改造』で苦みの原因物質を取り除いた。
できあがった塩を舐めてみたけど、角が取れたマイルドな味になっている。
これなら最高の焼き肉を作れるはずだ。
「塩がさらさらしている」
メリッサは観察力が鋭いようだ。
僕が振りかける塩の違いにすぐ気が付いた。
「特別製の塩なんだ。これをかければ……」
フレイムソードであぶられた網の上の肉からジュージューと肉汁が溢れ出す。
「はあ……、肉をお腹いっぱい食べられるだなんて幸せ」
リタはうっとりと自分の肉を眺めている。
あんまり近づき過ぎないでね。フレイムソードでリタの鼻が焼けてしまうから……。
「私、彼氏にするならレッドボアをまるまる一頭、地上に持ち帰れる人がいいなあ。おもいっきり尽くしちゃう!」
褒めてくれているのかな?
リタは優しいから尽くされる人は幸せだろう。
「さあ、焼けたよ。食べて、食べて」
僕らは同時に焼き立ての肉を口に入れた。
「んーーっ♡」
「っ! うまい……」
リタはとろけそうな顔に、メリッサは驚きで手を口に当てていた。
「こんなに美味しい肉は初めて。どうなっているの?」
リタは質問しながら次の肉に手を伸ばしている。
「ひとつは塩を改造したから。もうひとつは肉を熟成させたからなんだ」
「モグモグ、セラはいろんなことができるんだね、モグモグ」
詳しく説明すると、筋原繊維の構造を弱め、筋肉細胞の保水性を回復させ、肉が軟らかくなるようにした。
それからタンパク質を分解して、アミノ酸等の旨味成分も出している。
修理や改造を使うとこうした情報も得られてしまうので便利だ。
リタは食べるのに夢中だから、説明はしないでいいだろう。
小難しい話よりも美味しく食べてもらった方がいい。
「メリッサもたくさん食べてね」
「うん」
ハムハムと肉を食べながら、メリッサは珍しそうに僕の家を眺めている。
「セラはここに来て長いの?」
「僕はエルドラハ生まれだよ。メリッサは?」
「私は二年前にやってきた……」
あまりいい思い出じゃないようでメリッサの顔が暗くなった。
それはそうだよね、ここは砂漠の収容所なのだから。
エルドラハの内部だけなら自由に歩き回れるから、ついそれを忘れてしまうけど、ここはエブラダ帝国の管理する流刑地なのだ。
「さあ、次の肉が焼けたよ。お腹いっぱい食べて」
嫌なことは忘れて今は思う存分食べるとしよう。いつか、あの砂丘を越えていける日に備えて。
◇
タナトスはメリッサとセラの様子をじっとうかがっていた。
厳しい目つきではあるが敵意などはない。
むしろ少年と少女が肉を食べる様子を温かく見守っているようだ。
「あのような姫様は初めて見ました。ずいぶんとくつろいでいらっしゃるようですな」
タナトスの横にいた黒い刃のメンバーが話しかける。
「うむ。あの少年に心を許しているようだ」
「よい少年じゃないですか。名前は何といいましたっけ?」
「セラ・ノキアだそうだ……」
「ノキア? 我らと同族でしょうか?」
ノキアは旧グランベル王国にある家名だ。
「わからん。ただ、ノキア伯爵夫妻がこの地に流刑になったという噂は聞いた」
「四大伯爵家の!? それではあの少年は――」
タナトスは若い男を軽く戒める。
「確かなことはなに何もわからんよ。姫様は楽しんでいらっしゃるのだから、今はそっとしておけばいい」
「しかし、もしあの少年がノキア家の跡取りというのなら――」
言葉を遮るように、男の前に大きな骨付き肉が差し出された。
「お前も肉を食え」
タナトスはそう言って、自分も大きなモモ肉にかぶりつく。
「今を楽しんでおけ。人生なんてなるようにしかならないのだからな」
亡国の元近衛騎士団長の言葉は軽薄なようでいて重みがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます