第14話 装備を支給します!


 建物の日陰に入ってペンダントの修理を開始した。

微細な魔力波を送るたびにペンダントが淡く明滅する。

対象が小さなものなので強い魔力は厳禁だ。

細かく、優しく、丁寧な魔力操作でペンダントに修理を施していく。


 魔法言語が書かれた部分の修復に手間取ったけど、努力の甲斐あって台座の亀裂は綺麗に埋まっていった。


「よしできたぞ。どうですか?」

「うん、すっかり元通りだ……、ありがとう」


 ずっと難しい顔をしていたメリッサの口元に小さな笑みが広がっている。

それを見ただけで修理をしてよかったと思えた。


「それじゃあ僕はこれで」


 修理にはおもったより時間がかかってしまった。

まだ買い物が済んでいないというのに太陽は西の空に傾いている。

市場はダンジョンから戻ってきた人々で混み合いだしていた。


「待って、代金を払うから」

「いいの、いいの。バラ水を買ってもらったし、それでじゅうぶんだから!」


 早くマジックランタンを見つけて帰らないと夜になってしまう。

僕は手を振って人混みの中に入っていった。


       ◇


 シドが帰ってきたのは翌日のことだった。


「ただいま~」

「ずいぶんとお楽しみだったみたいだね……」


 僕の冷たい視線に、シドは照れたようにうなじを掻いていた。


「いや~、久しぶりだったからよぉ」

「今日はリタも来るんだからちゃんとしてよ。みんなでチームを組んで稼ぐんだからね」

「わかってるって。ミノンちゃんにまた来るって言っちまったから、俺も頑張るよ」

「ミノンちゃんって誰?」

「飲み屋の踊り子だよ。情熱的なダンスをするから、すっかりファンになっちゃってさ」


 シドは十三歳の少年に理想のおっぱいと腰つきの話を始めた。

僕だって興味がないわけじゃないけど、困ったお爺さんだと思う。


「リタの前ではそういう話はダメだからね。セクハラは厳禁だよ」

「セクハラってなんだ?」

「性的嫌がらせのこと。女の人の前でおっぱいの話はなしだからねっ!」

「わかってるって。俺もメンバーに嫌われたくはないからな。ところで、この部屋はずいぶんと涼しくないか? どうなっているんだこれは?」


 シドは不思議そうにきょろきょろと周囲を見回した。


「えへへ、気が付いた? 実は魔導錬成師の能力でエアコンというマジックアイテムを作ったんだ」


 僕は鼻高々でエアコンの説明をした。


「ふぇー……、これはいよいよすごいジョブが覚醒したな。それにしても過ごしやすいぜ」


 シドはうっとりと座り込んだ。

さっそくエアコンのとりこになったようだ。

これで冷えたビールなんて飲ませたら、僕から離れられなくなってしまうかもね。



 リタを見たシドの第一声は、「ウホッ、いい女!」だった。

本人に悪気がないのはわかっているけど、いきなり約束を破っている。

もっとも、リタはそれほど気にしていない様子だったのでよかった。


 狭い部屋に三人はきつかったけど、エアコンのおかげで暑苦しさはない。

リタは驚きつつも、過ごしやすいと喜んでくれたので、打ち合わせは和やかに始まった。


「それじゃあ自己紹介からはじめようか。改めまして僕はセラ・ノキアです。固有ジョブは魔導錬成師で、スキルは『修理』や『改造』、最近になって『スキャン』というのも憶えました。夢は飛空艇に乗ってエルドラハの外の世界へ行くことです。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げると、リタとシドが拍手をしてくれた。


「セラはただの魔導錬成師ってだけじゃないもんね。パワーとスピードのある回復職だから、なんでもできると思うわ」


 一緒に戦ったことのあるリタがべた褒めしてくれた。


「みんなのために頑張るよ。次はリタが自己紹介して」

「私はリタだよ。ジョブは剣士でスキルは『パワーショット』とか『身体強化』とかね。趣味は美味しいものを食べること。好物は肉。よろしくね」


 リタの自己紹介が終わると、シドが小さく咳払いした。


「シドだ。斥候スカウトで『隠密』とか『トラップ解除』なんかのスキルを持っている。地下五階までの地理なら頭の中に入っているから何なんでも聞いてくれ」


 リタがいるからカッコつけているみたいだ。

じっさい、昨日まで曲がっていた背骨もしゃんと伸びていて、声にまで張りが出ている。

これならシドの活躍も期待できそうだ。


「ところでチーム名はどうする? 私は何なんでもいいけどね」


 リタに訊かれて。僕は前々から考えていた名前を口にした。


「みんながよかったらデザートホークスっていうのはどうかな?」


 デザートホークは連なる砂丘を越えて何千キロも旅する自由の象徴だ。


「へぇ……悪くないな」


 シドがニヤリと笑う。


「私もいいと思うよ!」


 リタも賛成してくれた。

この瞬間から僕らはデザートホークスになった。


 いつかエルドラハを出て、この大陸さえも越えて、自由に羽ばたける日が来るかもしれない。

今日はその出発の日だった。


「それじゃあデザートホークスの装備を支給します」

「装備を支給ってどういうことだ?」

「シドの装備はだいぶくたびれているだろう。リタのはいいものだけど、僕が改造したのはもっとすごいんだ。ちょっと見てもらえないかな」


 部屋の隅に置いておいたシートをめくって、修理・改造しておいた防具を披露した。


「うおっ? なんだか見慣れない武器ばかりだが……」

「昨日、市場に行っていろいろ買ってきたんだ。おかげで手持ちの魔結晶は使い果たしちゃったけどね。まずはこれを見て」


 取り出したのはリタ専用の武器であるフレイムソードだ。

出力を上げた魔導コンロと剣を組み合わせて、火炎属性の攻撃ができる剣を作った。

なんと温度調節ができるので、調理器具としても使える一石二鳥のアイテムだ。


「すごい……。伝説級の宝剣じゃない」


 リタがフレイムソードを起動させると部屋の温度がいきなり上がってしまった。

エアコンのファンが苦しげな音を立てて回り始めてしまう。


「火傷には気を付けてね」

「こんなお宝を使わせてもらってもいいの?」

「リタは一緒に死線を越えた仲間だもん。リタが喜んでくれるなら僕も嬉しいんだ」


 僕は次の装備を手に取った。


「お次はこれ。シドのガントレット」


 ガントレットは上腕部から手の甲までを守る金属製の防具だ。


「俺のもあるのか?」

「当たり前じゃない。しかもただのガントレットじゃないよ。腕のところに箱状のものがついているでしょう」

「これか?」

「待って! 不用意に触らないでね。そこには三連のボウガンが仕込まれているんだ」


 シドは斥候スカウトなので攻撃力は低い。

それを補うための隠し武器なのだ。


「三連のボウガン? ははぁ、これがトリガーになっているのか」

「そこに板を立てかけておいたから試し撃ちをしていいよ」


 ガントレットを装着したシドが狙いを定めると、三本の短い矢が勢いよく発射された。

矢は板を貫通して石壁まで到達している。

思ったよりも威力があったな。

後で修理を使って壁を直しておかないと……。


「悪くねえ! いや、すごくいいぜ、これは!」


 シドの心に未だくすぶる少年の心が目を覚ましたようだ。

男の子ってこういうのが好きだもんね。


「ナイフが飛び出るブーツも作っておいたよ」

「マジか! 夢のような装備がそろっているじゃねえか!」


 自分用には雷撃のナックルという装備を用意した。

これは拳を守る防具を兼ねた武器だ。

インパクト部分の金具から放電して雷属性の攻撃もできる。

前世の記憶にあるスタンガンからヒントを得たのだ。


 エルドラハには質の悪い強盗なんかがいっぱいいるので、そいつらを撃退するのにも有効だろう。

出力を上げればしびれるどころではなく、命を奪うこともできる危険な武器である。

当然、魔物にも効くはずだった。


「これだけの装備があるのなら実地で試したくなるな。少しでいいからダンジョンに潜ってみないか?」

「私も賛成! 行ってみましょう」

「今から?」


 太陽はだいぶ高い位置まで昇っていて、ダンジョンに潜るには遅い時刻だ。

これから準備していたらお昼前になってしまう。


「なあに、地下一階だけだよ。あくまでもお試しってことでさ。魔物の数は多いけど第六区なら赤晶が出てきやすい。新装備を試すにはいいと思うぜ」

「そうしましょうよ。早くフレイムソードの威力を確認したいもの」

「二人が行きたいんならいいよ。水と食料だけ持って出発しよう」


 こうして、デザートホークスの活動は開始された。

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