第13話 壊れたペンダント
自室に戻ると、アイスロッドや魔結晶など、必要な材料を丁寧に床に並べた。
これに『修理』と『改造』を加えてエアコンを作り上げていく。
特に困ることもなく作業は進み、およそ一時間後には完成した。
できあがったのは縦長で窓に取り付けるタイプのエアコンだ。
重量は四十キロ以上あったけど、力持ちになった僕は軽々と持ち上げて窓に設置してしまう。
空いたスペースには『改造』で作った砂岩を埋め込んでおいた。
「部屋の中が真っ暗になっちゃった……」
窓はひとつしかなかったし、扉も締め切るとなると光源はどこにもない。
仕方なく非常用のロウソクを付けると、狭い部屋がぼんやりと明るくなった。
これで準備はできた。
「よし、スイッチオン!」
エアコンの正面に付けた小さなボタンを押すと、石板に氷冷魔法と風魔法の呪文が浮かび上がり、冷風が出てきた。
「あはは、つめたーい!」
我ながらいい仕事をしたものだ。
この部屋は六平米くらいしかなく、ベッドを置いてしまうとほぼほぼいっぱいになってしまうくらい狭い。
おかげで温度が下がるのも早かった。
「涼しいなあ……」
薄暗い部屋の中で、僕は前世以来で楽しむ
でも、人間の欲望は尽きることがないようだ。
なまじ前世の楽な暮らしを知っているだけに、僕にとってそれは顕著なのかもしれない。
最初に思ったのは部屋が狭過ぎるということだった。
エルドラハの住民は魔結晶を対価に監獄長から月ぎめで部屋を借りる。
僕やシドが住んでいるのは最下層の部屋だ。
当然のごとく狭い。
これからは収入も上がるだろうから、もっと広い部屋に引っ越したいものだ。
部屋数に余裕のあるところに引っ越したら、風呂を付けたり、冷蔵庫も置いたりしたい。
家具なんかも欲しいな。
ここでは木製の家具は超高級品なんだよ。
家具になるような太い樹なんてどこにもないからね。
でも、今いちばん欲しいのは灯りだね。
そろそろロウソクが消えそうなんだよ。
いくら涼しくても真っ暗な部屋の中では過ごしにくい。
市場でマジックランタンを買ってくるとしよう。
マジックランタンは赤晶で光る照明器具だ。
これまでは手が出せなかったけど、今なら魔結晶もたくさんある。
ランタンを買ったら、ついでに二人分の夕飯も買っておくとしよう。
でも、シドはいつ帰ってくるんだろう?
元気になった体で楽しみまくっているのかな?
やれやれ……、若返ったと思ったらすぐこれだ。
僕は肩をすくめて、まだ太陽が白く輝く街へと繰り出した。
◇
一番熱い時間帯ということもあって、エルドラハの市場は閑散としていた。
天幕を張った露天商が十数人いるくらいで客はほとんどいない。
ここが混むのは、人々が採取に出る前の早朝と、ダンジョンから帰ってくる夕方なのだ。
僕は露店を巡ってマジックランタンを探した。
「こんにちは。マジックランタンはありませんか?」
一軒目の道具屋で訊いてみる。
ここにはダンジョンから持ち帰られた珍しい道具が並んでいた。
「ランタンは品切れだね。代わりにマジックコンロはどうだい? 火力調節ができるコンロだよ」
これがあれば料理が楽にできそうだ。
「いくらですか?」
「今週はこれ」
おじさんが値段表票を見せてくれた。
赤晶なら三百g、青晶なら二百五十g、黄晶なら二百g、緑晶なら百五十gか。
魔結晶の価値は週ごとに変動するので値段はころころ変わる。
今週は緑晶の取れ高が少ないようだ。
ちなみに黒晶や白晶、金晶や銀晶となると、これらの十倍から百倍の価値がある。
「じゃあ、これをください」
僕は赤晶三百gで支払いを済ませた。
じっさいには三百十三gあったけど、プラスマイナス三十gは文句を言わないというのが暗黙のルールだ。
細かいことを言うのはカッコ悪いとされる。
マジックランタンはなかったけど、いい買い物ができたので満足だった。
さて、次のお店にマジックランタンはあるかな?
僕は隣の店へと移動した。
今度の店は魔導具師がやっているお店で、『よろず修理 承ります』と出ていた。
なるほど、僕だって『修理』ができるのだから、こういう商売もありだと思う。
僕がやるのだったら、壊れたマジックアイテムの買い取りなんかでもいいだろう。
そうすれば必要なものを集めやすそうだ。
台の上に置かれた売り物を見たけど、マジックランタンはなかった。
ひょっとしたら売り場に出ていないだけかもしれない。
店主に聞いてみようと思ったけど、僕の前に先客がいた。
金糸の縁取りがある黒いフードを被った人だ。
背は高くないようだけど独特の雰囲気がある。
まるでアサシンとか忍者って感じだった。
どうやらアイテムの修理を頼みに来ているようで、魔導具師はアイルーペを使って念入りに客のペンダントを確認していた。
「直るだろうか?」
声から判断するとフードの人は女性のようだ。
クールな声だったけど、心配そうな色もにじんでいる。
魔導具師はしばらくペンダントを調べていたけど、やがて顔を上げて首を横に振った。
「細工が細か過ぎます。私にでは修理は無理でしょう」
「そうか……。邪魔をした」
女の人はペンダントを受け取り、僕の方へと振り返る。
そのときにフードの奥の顔が見えた。
まつ毛が長く、どこか悲しみをたたえた切れ長の瞳が印象的な人だ。
髪の色はアイスブルーで、眉の上で切りそろえられている 。
凛とした目元は、先ほどの印象そのままに忍者とかアサシンを連想させる人だった。
その人はチラッと僕を見て、そのまま行き過ぎようとした。
僕は思わずその背中に声をかけていた。
「待って」
女の人は足を止めて僕をじっと見入る。
鋭い視線にたじろぎそうになるけど、僕は話し続けた。
「僕なら直せるかもしれません」
その人は壊れたペンダントを懐から出した。
「これを?」
「はい。僕は魔導錬成師のセラ・ノキアです」
「魔導錬成師? 魔導具師とは違うのか?」
「違いはよくわかりませんが、僕には『修理』というスキルがあります」
「ふむ……」
その人は見れば見るほどミステリアスで、黒い瞳に吸い込まれそうな錯覚さえ覚える。
「対価は?」
「対価って?」
「修理にはいくらかかるかと訊いている。銀晶なら二百g、金晶でも五十gくらいならあるが足りるか?」
「ああ、値段のことなんて全く考えていませんでした。困っているみたいだったから声をかけただけで……」
「そうなのか」
このお姉さんはかなりの魔結晶持ちのようだ。
普通の住人で金晶や銀晶を持っている人なんかまずいない。
よほど上位のチームに所属しているのだろう。
「それを見せてもらってもいいですか?」
かなり大事なモノらしく、お姉さんは躊躇っている。
僕が子どもだからかもしれない。
「持って逃げるなんてことはしませんよ」
そう言って安心させると、お姉さんはゆっくりとペンダントを僕の手のひらの上に置いた。
さっそく『スキャン』で調べると、材質はマジカルゴールドとエメラルド、緑晶と青晶、妖精の粉を使ったインク、ユニコーンの角の粉末といったことが判明する。
だがこれはそれだけの品物じゃない。
「材料に人の生命エネルギーが使われていますね。装備者を災いから守る護符の役割を果たしているのか……。これは大切な方からの贈り物ですか?」
「母の形見だ」
お姉さんは驚いたように僕の瞳を見つめていた。
「台座に亀裂……それと鎖がちぎれているな。鎖の方はすぐにつながるけど、問題は呪文が描かれた台座か」
「直るのだろうか?」
「ちょっと時間がかかりますよ」
「いくらかかっても構わん。対価も言い値で払おう。私の名前はメリッサだ。魔導錬成師セラ・ノキア、頼むから直してくれ」
お姉さんはペコリと頭を下げた。
それまでのミステリアスな雰囲気とのギャップに思わずキュンとしてしまった。
「わかりました。じゃあどこか日陰に移動しましょう。四十分くらいかかりますので」
「そんなに早く!?」
移動の途中でメリッサは氷の浮かぶ冷たいバラ水を買ってくれた。
屋台の商品といってもエルドラハでは高級な飲み物だ。
クールな見た目をしているけど、案外優しい人なのかもしれない、そう思った。
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