第12話 解析できました!


 シドが出て行ったので部屋の中はしんと静まり返ってしまった。

広さは二メートル×三メートルくらいで、アメリカ映画でみた牢屋のように狭い。

電灯もないので薄暗く、いっそうわびしい感じがする。


 セラ・ノキアにとってはいつもの光景だけど、元日本人結城隼人としてはこの生活は許容できない。

こんなに疲れて帰ってきたというのにシャワーひとつ浴びられないのだ。

もう少し文明的な生活がしたいというのが本音である。


 こうなったら魔導錬成師の力を使ってよりよい生活を求めてみようか。

システムさんも好きに生きていいと言っていたもんな。

修理と改造を駆使して暮らしに役立つものを作るのも悪くない。

そうやっていけば、やがては飛空艇に乗る機会だってやってくるだろう。


 とりあえずゴミ捨て場の方へ行ってみようかな。

あそこは使えなくなった生活品や魔導具が捨てられている。

ひょっとしたら役立つものが落ちているかもしれない。

普通の道具も修理すれば魔結晶との交換もできるはずだ。

そう考えた僕は、まだ日差しの強い午後の街へと出かけた。


       ◇


 これまで注意してゴミ捨て場を見たことなんてなかったけど、今の僕には宝の山だった。

町街はず外れ にある瓦礫の山に分け入って、使えそうなものはないかと物色していく。

割れたお皿が多く、これらを修理して売るだけでそれなりの儲けにはなりそうだ。

だけど欲しいのはそんな小物じゃない。

狙うはズバリ、魔導具である。


 魔導具を修理すれば大量の魔結晶と交換できるだろうし、戦闘のとき時も役立つはずだ。

それに改造してまったく別の用途で使うという手もある……。


「何かないかなあ。んん……? あれは!」


 最初に見つけたのはぽっきりと折れたアイスロッドだった。

アイスロッドは氷冷属性の攻撃魔法を繰り出す魔導具で、火炎属性の魔物にはやたらと有効だ。

見つけたアイスロッドは先端部分がないうえに、持ち手のところにもひびが入っていた。

全体的に錆びているので、腕のよい魔導具師でも修理は不可能だろう。

だけど僕なら……。


「うん、なんとかなりそうだ!」


 と、ここで名案が浮かぶ。

このアイスロッドをそのまま直すのもいいけれど、これでエアコンが作れないだろうか? 

エルドラハの昼は暑過ぎるのだ。

暖房機能はなくてもいいので、冷風だけが出る装置を考えてみた。


 アイスロッドを手に持って『改造』のスキルを発動すると、頭の中にエアコンの設計図ができあがっていく。

どうやら青晶と緑晶があれば作ることができそうだ。

都合のいいことにどちらもダンジョンから持ち帰ったものがたくさんある。


 これで気持ちよく午睡シェスタを満喫できそうだ。

そうなると冷たい飲み物も欲しいから冷蔵庫も作りたいな。

そのためにはアイスロッドがもう一本いる。

どこかに落ちていないだろうか?


 瓦礫を掻き分けていると、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。


「んあっ? てめえはウスノロのセラじゃねーか。生きていやがったのか!?」


 そこにいたのはリタや僕を見捨てて逃げだしたピルモアだった。

まさか地下四階から脱出できるとは思ってもみなかったのだろう、幽霊でも見るような目つきで僕を見つめている。

その様子は以前よりも落ちぶれた感じだ。

装備はボロボロのままだし、顔色も悪い。


 命からがら脱出したので魔結晶をほとんど持ち帰れなかったに違いない。

探索が赤字になって借金でもしに行くのかな? 

街はずれのゴミ捨て場を抜けると、高利で魔結晶を貸すヤバい連中がうようよいる地区になる。

だからといって同情する気持ちにはなれないけど。


「……」


 特に話すこともないので、僕はピルモアを無視して冷蔵庫の材料探しを続行した。

シドが帰ってくる前に完成させてびっくりさせたかったのだ。

ところが、ピルモアはどこにも行かずにつまらないおしゃべりを続けている。


「それで生き延びて地上でゴミあさりかよ。まあ、お前には似合っているけどな」

「……」


 お、この金具は使えそうだ。


「こら、ウスノロのくせにシカトすんなっ!」


 ピルモアはいつものようにいきなり殴りつけてきた。

きっと余裕で張り倒せると思っていたのだろう。

そうやって自分の鬱憤うっぷんを晴らそうとしたな。

だけどもう以前の僕とは違うのだ。


 僕はその拳を左手だけで受け止めた。

パワーは格段に上がっているので奴の拳はピクリとも動かない。


「なっ……」


 驚きで言葉が出てこないか?

まあ、重力の呪いにかかっていた頃の僕とでは雲泥の差だからね。

腕力ならピルモアに負ける気がしない。

じっさいのところピルモアの戦闘力ってどれくらいなのだろう? 

そうだ!


 いいことをひらめいたので僕はピルモアの拳を掴んだまま『修理』のスキルを展開した。

といっても、奴の体を修理したいわけじゃない。

スキルを発動すると物の構造を理解できるので、そうやってピルモアの肉体を調べようと思いついたのだ。


 やっぱりだ、スキルを発動させると、徐々に奴の体力や病気の有無がわかってきた。

それどころか、さらに魔力を強めていくと固有ジョブや所有スキルまでわかってしまう。

ピルモアの固有ジョブは盗賊バンディットでスキルは強奪(強攻撃しながら物を奪う)だ。

見た通りなんだね……。


「邪魔しないでくれるかな? 僕は忙しいの。それと――」

「は、離せ」


 ピルモアは身をよじって手をほどこうとしたけど、僕は構わず握りしめてさらにステータスを探っていく。


「お酒の飲み過ぎだね、肝臓が疲れている。それに淋病にもかかっているよ」

「淋病?」

「性病の一種。オシッコするときに痛くない?」


 表情から察するに、僕の指摘は図星だったようだ。

『修理』で治療もできるけど、ピルモアのために治療する気にはならない。


「お前、なんで……」


 掴んでいた拳を放すと、ピルモアはよろけてしりもちをついてしまった。


「情報はサービスにしておくよ。僕は忙しいからもう関わらないでくれるかな?」


 高速で背後に回り込んだから、ピルモアは僕が消えてしまったと思っただろう。

まだ砂の上に座り込んでいるピルモアの襟を片手で掴んで立たせてやった。

鎧ぐるみの巨体が軽々と宙に持ち上がる。


「うわっ!?」

「さあ、もう行って。本当に邪魔だから」


 悪い夢でも見ているかのように、ピルモアは怯えながら去ってしまった。


 会いたくもない奴に会って気分は悪かったけど、触れることによって相手のステータスがわかるという発見は収穫だった。

もっとも、触れなければわからないのだから、魔物相手には難しいかもしれない。


(おめでとうございます、スキル『スキャン』を習得しました!)


 いきなり頭の中で声が響いた。

どうやら新しいスキルが発現したようだ。

スキャンは五感を使って対象のステータスなどを読み取れるようになるスキルだ。

修練を積めば積むほど詳細な情報がわかるようになるらしい。

これは中々便利なスキルが発現したな。

必要な材料もそろい、新しいスキルまで得た僕は、ウキウキと弾む気分で自分の部屋へ帰った。

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