第11話 アンチエイジング


 三日ぶりの地上は眩しかった。

白熱した太陽が目を焦がして、まともに開けていることができない。

でも、僕たちはほっと胸をなでおろしてもいた。


「もうダメかと思ったけど、セラのおかげで帰ってこられたね。しかもこんなにたくさんのお土産付きだわ」


 僕らの背中には拾った魔結晶や持ち主のわからなくなった装備がたくさんある。

全部スキルで直しておいたから、価値のあるものと交換できるだろう。

僕は呪いが解けたおかげで百キロ以上の荷物を背負っても平気だった。

我ながらとんでもない成長期を経たもんだと感心する。


「とりあえず家に帰るよ。シドの怪我も診てあげたいからさ」

「明日にでも教えてもらった住所を訪ねてみるわ」

「うん、待っているからね」


 リタと別れて重い荷物を背負ったまま家まで走った。




「ただいま! シド、いる?」


 怪我が悪化してなきゃいいと心配したけど、シドは存外元気そうだった。


「なんだ、セラ? 随分大量の荷物を背負っているようだが平気なのか!?」


 山のような荷物を背負う僕を見てみてシドは目を丸くしている。


「うん、重力の呪いが解けたんだ! 見てよ、これ」


 僕は袋の中身を床に広げた。

転がり出てきたのは赤や緑に輝く魔結晶の数々だ。


「これ、どうしたんだよ!? すごいお宝だぜ……」

「僕とリタで採取したんだ。それに武器もあるよ。これだけあったら当分食べるのには困らないよね」

「あ、ああ……」


 シドは訳がわからないといった顔で僕を見つめている。


「あのね、僕もついに固有ジョブが決まったんだよ。魔導錬成師っていうんだ!」

「魔導錬成師? 聞いたことのないジョブだが……」

「いろんなものをなおしたり、改造したりできるんだよ。まあ、そこに座ってみてよ」


 僕はシドを椅子に座らせて、太腿に巻かれた包帯を外した。


「おい、セラ。包帯は朝に替えたばっかりで……」

「いいから、いいから」


 シドの傷跡はいまだに赤くただれていた。

傷薬を塗ってあるけど、状態はよ良くなっていない。

でも、これくらいの傷なら五分もかからずに完治するだろう。

傷を確認した僕は適切な魔力を送って治療を開始した。


「うおっ? なんだ、セラ。お前のスキルは治癒なのか?」

「似ているけど、これは修理っていう別のスキルなんだ。人の体だけじゃなくて物も直せるんだよ」

「なんと便利な……」

「どう、具合は?」

「ずきずきしていた痛みがなくなってきた」


 シドの目が心地よさそうに閉じられている。

真っ白のゲジゲジ眉毛も心なしかタレ下がっているような……。

こうしていると、白髪のいかめしいひげ面も、なんとなく好々爺こうこうやにみえて見えて くる。


「はい、これでいいはずだよ」


 傷口は赤ちゃんみたいなピンク色の肌になって、すっかりきれいになっていた。


「たいしたもんだ。な、言ったとおりになっただろう?」

「何が?」


 シドはニヤニヤと笑っている。


「ジョブっていうのは遅ければ遅いほどすごいのがもらえるって教えてやっただろうが? セラはとんでもないジョブをもらったってわけさ」

「そう言えばそうだね。これからはこの力を使って今までの苦労を取り戻すよ。リタって戦士とチームを組むことにしたんだ。シドも一緒にダンジョンへ潜ろうよ」


 僕はリタとの計画をシドにも打ち明けた。

ダンジョンに詳しいシドが仲間になってくれれば鬼に金棒だ。

魔物を倒し、無事に魔結晶を得る確率はさらに上がるに違いない。


「しかしなあ、俺はごらんの通りの老いぼれだぜ。いまさらセラの役に立てるとは思えないぞ」

「大丈夫だって、シドの知識はすごいんだから」

「うーん……」


 シドは煮え切らない態度を崩さない。


「セラのスキルで俺のしょぼくれた体も修理できれば力になれるんだがな……」


 シドは冗談のようにそう言った。

きっと諦めの混じった皮肉だったのかもしれない。

でもそれは悪くない考えだった。


「うん、やってみるよ!」

「お、おい、やってみるって?」

「アンチエイジング!」

「あ、あんちえ?」


 僕はシドの手を握って体の構造を調べる。

肉体を若返らせるにはかなりの魔力が必要になりそうだ。

難しい作業になりそうだけどシドのためなら躊躇ちゅうちょはしない。

五年前に両親が亡くなってから、ずっと僕の面倒を見てくれたのがシドだ。

重力の呪いにかかってからも決して僕を見放さなかった。

この恩は絶対に返すんだ。


「大丈夫そうだよ。魔力が足りないから見た目はそのままだと思うけど、肉体の方は必ず若返らせるからね」

「お、おう……」


 シドは半信半疑といった具合でこちらを見ていた。



 二時間後。


「どう、おかしなところはない?」

「いや……びっくりするくらい体が軽い……、なんだかふわふわするよ」


 あ、わかる。

僕も重力の呪いが解けたときはそうだったもん。


「どれ……」


 シドは外へ出て短剣を構えた。

低い体勢をとってゆっくりとヒットアンドアウェイを繰り返す。

そのうち足技を入れたり、横移動などの変則的な動きがそれに加わった。


「おお!」


 シドは黙々とスピードを上げていく。

シドの戦闘スタイルを見るのは久しぶりのことだけど、驚くほど速い。


「すごいじゃないか、シド!」

「いや、すごいのはセラだ……。全盛期とまではいかないが、体の切れが二十年前くらいには戻っていやがる……」

「時間をかければもう少しくらいは戻るよ。それ以上は体に負担になり過ぎるから無理だけど」

「まだ若返るのか!?」

「うん。でもすごく大変だから、これをするのはシドだけね。他の人には内緒だよ」

「もちろんだ!」

「ねえ、これでシドも一緒にダンジョンに入れるよね? 一緒にチームを組めるよね?」

「そうだな……。ありがとう、セラ。なんだか気持ちまで若返ってきたぜ」


 シドはごつごつとした大きな手で僕の手を握った。


「明日になったらリタがうちにくるんだ。そうしたら、チームについて話し合おうよ」

「わかった。それじゃあ俺は……」


 シドは落ち着かなく周囲をきょろきょろと見回している。


「どうしたの?」


 おもむろに立ち上がると、シドは壁の割れ目へと手を突っ込んだ。

引っ張り出したのは割と大きめの黄晶だ。

もしかして、へそくり?


「ちょっと出かけてくる」

「装備を買いに行くの? それなら大丈夫だよ。ダンジョンの中でいっぱい拾ってきたから。修理と改造をしてからシドにも渡すよ」


 改造を使えばサイズ調整だってできるからね。

でもシドはあいまいな笑顔を作った。


「それはありがたいんだが、その……ちょっと野暮用でな」

「そうなの?」

「ああ、繁華街に行って久しぶりに……な」

「あ、お姉さんのいる店にお酒を飲みに行くつもりなんでしょう!」

「うん。体も気持ちも若返り過ぎちゃったみたいでよ……」


 シドはお酒と女の人が大好きなのだ。


「じゃあ、また明日……」


 シドはそそくさと出かけてしまった。

また明日って、今夜は帰ってこないつもりだな。

まったく、シドにも困ったものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る