第7話 覚醒


       ◇


 そのとき、エルドラハでは様々なことが同時に起こっていた。

中天に鎮座した輝王星きおうせいは月光を退けるほどに発光していたし、南の空には幾千もの流れ星が降り注いでいた。

地上ではエルドラハを囲む砂が奇妙な風紋を作り、半径十キロにも及ぶ巨大な魔法陣となっている。

その中心に居るのがセラ・ノキアであることを知る者はいない。

また同時刻に地下ダンジョンではピルモアのチームが強力な魔物に襲われてもいた。


かしら、ルゴンがやられました!」

「クソ、撤退するぞ。煙幕と魔法を撃ちこめ!」

「それだと、いちばん前で頑張っているリタに当たっちまいますぜ!?」

「いいからやれ! このままじゃ共倒れだ。なびかない女に用はねえ……」


 煙がダンジョンの通路を満たし、風魔法や火炎魔法の攻撃がぼんやりと光った。

逃げ惑う人々の足音と魔物の咆哮は交じり合い、悲劇の曲となって石壁にこだまする。

そのような異様な事態の中で、一人取り残されたセラ・ノキアはうなじのあたりが火傷のようにうずき、激痛に身を強張らせていた。


       ◇


 うなじに焼きごてでも当てられたような痛みが走った。

それと同時に僕は白くて長い廊下にうずくまっていた。

この光景には見覚えがある。

そうだ、結城隼人ゆうきはやととして死んだときに来たあの場所だ。


「お疲れ様です。……セラ・ノキアさん」


 顔を上げると見覚えのある人がいた。


「システムさん!」

「システム……間違ってはいませんね。その呼び方は気に入りました」


 内緒の呼び名を思わず口に出しちゃったけど、怒ってはいないらしい。


 これまでの苦労があったから、僕は非難めいた口調になってしまう。


「やっと三年が経ちましたけど、長過ぎですよ。何度死ぬと思ったことか」

「でもこうして生きていらっしゃる。貴方の後任を探す手間が省けたことに感謝します。魔導錬成師になれる魂は少ないのですよ」

「ついに僕にも固有ジョブが与えられるのですね」

「その通りです。ざっと体を見た感じでは、ジョブが固定しても問題はなさそうですしね」


 システムさんはしげしげと僕を見てから事務机の上の印鑑に手を伸ばした。

そして書類を何枚かめくってポンポンポーンと立て続けに三回ついた。

そのとたんに頭の中で声が響く。


(おめでとうございます。固有ジョブ 魔導錬成師が決定しました。スキル『修理』を習得します)


「今は『修理』のスキルしか使えませんが、経験を積めば新たなスキルも発現するでしょう」


 システムさんが補足してくれた。


「修理 ですか?」

「この世に存在するどんなものでもなおすことができるスキルですよ」


 夢が広がるなあ。


「素晴らしいジョブをいただいて感激です。でも、僕はそれに見合うような人間でしょうか? 教えてください、僕はどのように生きていけばいいのでしょう?」


 僕が死ぬようなことがあれば他の人物の魂を後任に充てなければならないくらい、セラ・ノキアというのは重要な人物のようだ。

そんな人間として僕はどういう人生を歩んでいけばいいのか、ちっともわからなかった。


「好きなように生きてください。我々としてはセラ・ノキアが天寿を全うしてくれればそれでいいのです」

「僕の好きに?」

「そうです。貴方も他人が敷いたレールの上を進むのはいやなのではありませんか?」


 昭和のロックンローラーみたいなことを言うなあ。

でも与えられた役割を演じるだけの人生はつまらない。


「エルドラハを出て行ってもいいんですか?」

「それも自由です。なんなら飛空艇を強奪してもいいですよ」

「そこまで物騒なことは考えていません」

「貴方の性格的にそれはないでしょうね」

「はい、せいぜい密航くらいです」


 システムさんは小さく笑った。


「どうぞ頑張って精いっぱい生きてください。ただ、これだけは覚えておいてくださいね。よ良き行いにはよ良き報いがあるということを」


 情けは人の為ならず、か……。


「頑張ります」

「貴方の道行きに幸多からんことを祈ります」



 世界が暗転して、僕はダンジョンの小部屋に戻ってきた。

いきなり時空を移動したから、なんだか脱力してしまったよ。

でも落ち着いてくると、ピルモアに蹴られた部分が再び痛み出した。

服だってあっちこっちすり切れてボロボロだ。

ちょうどいい機会だから、さっそくこの服を『修理』のスキルで直してみようかな。


 生地のほつれた部分に指を当てると、服の構造が頭の中に入ってきた。

単に材料とか縫製とかいうことだけじゃなくて、もっと細かいところ、存在の根源的な部分を悟ったって感じがする。

すると、どこに自分の魔力を送ればいいのかが理解できた。


「『修理』って、そういうことか……」


 魔力を流し込むと、ボロボロだった服が光り輝き、新品のようになってよみがえった。

汚れもすっかり分離されて、手に入れたときよりも綺麗なくらいだ。


「すごい……。いててっ!」


 修理の能力に感動していたけど、体の痛みで現実に引き戻される。

ピルモアの奴め、遠慮なく蹴りやがって。

思わず怪我をした場所に手を当ててしまった。


「ええっ!?」


 傷口に当てた手から自分の体の構造が脳に滑り込んできた。

ひょっとして『修理』は……人間の体を治すこともできるのか!? 

興奮を抑えながら僕は冷静に体を探っていく。

なるほど、この波長の魔力を流し込めば細胞が活性化するわけだな。


「よし、やってみるか!」


 修理を使って僕は自分の傷をすっかり治してしまった。

さっきまであった鬱血うっけつはどこにもなく、疲れまで取れている。

まるで治癒魔法や回復魔法を使ったみたいだぞ。

よし、これで完璧……………………じゃない!

修理の真髄はまだまだこんなもんじゃないようだ。


「まさか……呪いを解除することもできるのか……?」


 長い年月にわたって 僕を苦しめてきた重力の呪いだけど、修理を使えば呪いを解くこともできるようだ。

まだ魔力は残っている。

それなら遠慮する理由はどこにもない。


「魔導錬成師セラ・ノキアの名において命じる。我がスキルをもって、我が肉体よ、あるべき姿に戻れ!」


 三年の長きにわた亘って、僕の体をむしばんできた呪いの本体に直接攻撃を仕掛けた。

体内の隅々まで根を張った呪いを魔力によって引きはがしていくような感覚だ。

やがて、僕の体から黒い煙が揺らめきながら立ち上ってくる。

これが巣食っていた呪いの正体か。


「重力の呪いよ、無に帰れ!」


 怒りと共に魔法を循環させると、黒い煙は太陽を浴びた朝もやのように霧散してなくなった。


「うわあ、体が軽い! うおっと!?」


 体が軽過ぎて足元がおぼつかないくらいだぞ。

転んでしまいそうなくらいフワフワしているので、慎重にゆっくりと歩くことにしよう。

ここから逃げ出すにしても、まずはこの状態に慣れないとね。

そう言えば、さっきから外が騒がしいな。

ピルモアは僕を置いて出発したと思ったけど、まだ通路にいるのだろうか?

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