第6話 星がきらめく頃に

 地下四階は宝の山だった。

入ってすぐに珍しい黄晶や緑晶をいくつも見つけたくらいだ。

黄晶は地の魔力を、緑晶は風の魔力を含んでいて、魔法薬や魔導具作りには欠かせない魔結晶だ。


「幸先がいいぜ。これなら黒晶や白晶だって見つかるかもしれないぞ」

「いやいや、ひょっとしたら金晶や銀晶だってあるかもしれやせんぜ!」

「そいつはいい!」


 ピルモアたちがはしゃげばはしゃぐほど僕の不安は大きくなった。


 黄晶と緑晶の採取を終えると、いったん休憩になった。

適当な小部屋に入り、入り口を封鎖すれば簡易の安全地帯ができあがる。

地下三階に下りてから戦闘はなかったけど、ずっと緊張の連続でピルモアたちも疲れたようだ。

それに地下深くに来たせいでダンジョン内の気温も下がり、今は夜のように冷えている。


 重力の呪いのせいで僕もクタクタだったけど、休憩時のポーターは忙しくなる。


「おい、ウスノロ、さっさとお茶をれろ」


 ピルモアがぞんざいに命令してきた。

このような場合、当然のようにポーターのお茶はない。

戦闘ができない者にそんな贅沢は許されないのだ。

もしも僕がリーダーだったらそんな不公平はしないのにな……。

戦闘要員だってポーターだって、全員が同じチームの仲間だと思う。

東北のマタギは新人であろうがベテランだろうが利益を均等に分けたそうだ。

元日本人としてはその精神をこそ見習いたい。


 できあがったお茶をリタのところにも運んだ。


「はい、ミントティーだよ。熱いから気を付けて」

「ありがとう。セラの分は?」

「ピルモアのチームではポーターの分は出ないよ」

「そう……」


 立ち去ろうとする僕の腕をリタが引っ張った。


「セラも座って少し休みなよ」


 リタはポンポンと自分の隣を手でたたく。

ここに座れってこと? 

お茶も全員に配ったしやることはない。

僕は言われたとおりにリタの横に座った。


「ほら、これをどうぞ」


 リタは自分のカップを僕に手渡してきた。


「でも……」

「子どもが遠慮しないの。ここからはさらに緊張が続くはずだよ。生き残りたかったら、少しでも栄養をつけておいた方がいいわ。いざというときは全力で走って逃げるんだよ」


 ミントティーは砂糖がたくさん入っていて とても甘い。

エルドラハで砂糖は貴重品だから、滅多に口にできない飲み物だ。

甘いものを飲むだなんて久しぶりのことだった。


「ありがとう、リタ。でも、どうしてこんなに親切にしてくれるの?」

「それは……ひとめぼれ♡」

「お米ですか?」

「はっ?」

「ごめん、なんでもない」


 異世界ジョークは通じない。


「って言うのは冗談で、借りを返すために決まっているじゃない」

「借りって何のこと?」

「憶えていないの? 私は二年前にセラに助けられているんだよ。魔物に後ろから襲われたとき時にポーターだったセラが身をていしてかばってくれたの。こんなに小さな子なのに勇気があるんだなって、感心したんだぞ」

「うーん……ぜんぜん覚えてない」


 二年前となると今より重力の呪いがひどくない頃だ。

まだ、体が動いたんだろうな。


「ある意味でひとめぼれは間違いじゃないかもね。あのとき時のセラは子どものくせに、すっごくカッコよかった」

「そんな……」

「そろそろ出発するぞ!」


 ピルモアが大声を張り上げたので、僕らの会話は中断されてしまった。

とっても恥ずかしくて、どう答えていいのかわからなかったから、なんとなくピルモアに感謝する形になってしまった。

だけど三分後、僕はピルモアに感謝したことを激しく後悔する。

こいつはやっぱり最悪の奴だったのだ。


 リタと別れて、自分の荷物のところへ戻った。

体は相変わらず重たかったけど、ミントティーのおかげで元気は出ている。

なんとか重い荷物を持ち上げて、小部屋の入り口を出たところでピルモアに声をかけられた。

他の人はすべて準備を終え、通路で警戒態勢をとっている。


「おい、ウスノロ。忘れ物をしたからついてこい」


 嫌な予感しかしないけど、ピルモアはこのチームのリーダーだ。

命令には逆らえない。


 ピルモアに続いて小部屋に戻ると、いきなりみぞおちを蹴り上げられた。

ブーツがきしむほどの勢いで蹴られ、僕は上手く空気を吸い込むことさえできなくなってしまった。


「リタに気に入られているからっていい気になるなよ」


 ピルモアの目は嫉妬の炎で燃えていた。


「だいたい、てめえは生意気なんだよっ!」


 言いながらピルモアは床に倒れている僕に追い打ちをかけてくる。

何度も腹を蹴られ、背中を踏みつけられ、最後は頭を足で踏みにじられた。


「お前はここに置いていく。もうついてくんな」

「……」

「さっきも言ったけど、帰りたいんだったら一人で帰れ。わかったな」

「……」


 痛みで返事をする余裕もなかった。


「ふん、じゃあな……」


 ピルモアは僕の荷物を持って立ち去り、ドアは無情の金属音を立てて閉められた。

動きたくても、思いっきり蹴られて体が動かない。

これはかなりヤバい状況だ。

ずっと我慢してようやくジョブが得られようというときになって、人生最大のピンチがやってきたのだ。


 僕は体を起こして壁にもたれかかった。

地上はそろそろ夕暮れだろうか? 

東の水平線から星々が姿を現す時刻だろう。

僕がセラとして生まれたとき時も、青い星がひときわ美しく輝いていたと母親が言っていた。


「痛いなぁ……」


 そろそろ僕がこの世界に来てまる三年の時間が経とうとしていた。


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