第3話 荷物持ちの少年は夢を見る

「セラ、本当に行く気か? 今日は休んだ方がいいんじゃないのか?」


 見送りに来たシドが心配そうに訊いてくる。

シドの太ももには包帯が巻かれ、うっすらと血がにじんでいた。

三日前に地下へ潜ったときに魔物に襲われて傷を負ってしまったのだ。

かつては腕のいい斥候スカウトだったそうだけど、今ではすっかり年を取って、昔の勘も鈍っているらしい。


「大丈夫、走るのは難しいけど、荷物持ちくらいならできるから。しっかり稼いでシドの分の食べ物も手に入れてくるよ」


 シドには返しきれないほどの恩がある。

こういうとき時 こそ役に立ちたい。


「すまねえ、セラ。俺がドジを踏んじまったばっかりに……」

「気にしないで」


 怪我をしたシドのためにも魔結晶を手に入れて、食べ物と交換しなくてはならないのだ。

それに今日は待ちに待った僕の誕生日だ。

この世界に来るときにシステムさんは言った。

三年経って魂がこの世界に慣れたら固有ジョブが与えられるって。

いよいよその日がやってきたのだ。


「てめえら、準備はできているか? 今日もしっかりと働けよ」


 チームリーダーのピルモアが大声を上げた。

ケチで優しさの欠片かけらもない嫌な奴だけど、一緒に行動しないわけにはいかない。


 地下に潜るときはチームを組むのが一般的だ。

恐ろしい魔物に対抗するには一人では限界がある。

力のある者は戦い、多くの魔結晶を手に入れる。

僕みたいな力のない子どもは荷物持ちなどをして、ほんの少しの魔結晶を分けてもらう。


 せめて僕にもみんなのように固有ジョブがあればもう少し戦えるのかもしれない。

シドが斥候スカウトの固有ジョブを持つように、この世界に生きる人は誰もがジョブを持っている。

戦士、治癒師、泥棒、市民、石工、各種魔法使い、執事、下男、陶器職人、などなど、世の中には様々なジョブが溢れている。


 誰だって固有ジョブがあり、それにともなうスキルを持っている。

スキルとはジョブを助ける特殊能力だ。

戦士だったら身体能力を上げるスキル、治癒師だったら治癒魔法などがそれにあたる。

大抵は生まれた直後から八歳くらいまでに固有ジョブは決まるらしい。

僕は十三歳になるけどいまだに無職だ。


「ジョブっていうのは決まるのが遅いほどすごいのがもらえるんだぜ。だからお前さんはそのうちとんでもないジョブに就くさ」

 シドはいつもそう言って慰めてくれた。

僕のジョブは魔導錬成師らしいけど、じっさいのところどれほどの能力があるのだろう? 

名前的には期待できそうだけど、しょぼいものしか作れないハズレ枠ってことはないよね? 

それに、たとえジョブを授かっても重力の呪いがある。

心配の種は尽きないのだ。


 僕は気分を変えるために、中央棟の上に浮かぶ飛空艇を眺めた。

大きなプロペラを四つつけた空飛ぶ船はエルドラハと外界を繋ぐ唯一の手段だ。

砂漠を越えられる飛空艇は新しい囚人と必要物資を運び込み、魔結晶を外の世界へ持ち帰る。


 僕の夢は、いつかあの飛空艇に乗ってエルドラハを出ていくことだ。

これ以上ここにいたら閉塞感で死んでしまいそうだもん。


「夢を見るのは悪いことじゃねえ。だが、上ばっかり見ていると足をすくわれるぜ」


 シドが僕の耳元でささやく。

どうやら僕の心を見透かしているようだ。


「夢くらい見るさ。子どもだもん」


 前世の年齢を付け加えたって、まだ十八歳だ。

シドは少し悲しそうな、それでも嬉しそうななん何とも言えない表情になった。


「人間はデザートホークにはなれねえんだぜ……」


 デザートホークは砂漠を渡る鷹だ。

彼らは何千キロも飛んで大陸の隅々まで行くことができる。


「野郎ども、出発するぞ!」


 ピルモアが大声で命令を下した。


「いってくるよ」

「ああ、だが無茶をするんじゃないぞ。なんとしてでも生き残れ」


 僕だってまだ死ぬつもりはない。

せっかく転生できたんだ。

もう少しくらいこの世界を楽しんでみたかった。


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