狐の婿入5

 昨日使ったばかりの駅まで行き昨日と同じ手順で、受付に行き今回は長くなりそうだからと片道の切符を買いブース内のゴツくて少し格好いい機械に投入。

 一回券だからなのか戻っては来ず、そのまま機械の中に消えた。


 後は列車が来るまで駅構内でブラブラするか、何かを買ってベンチに座り時間を潰すかで待つ事になる。

 この手順、昨日の一回が初めてだったけれどとても心が踊るし慣れない場所への冒険的な気持ちがあって少し楽しい。勿論仕事だからと割り切れてはいるけれど……。


 それにしても場所が横浜、最近ここに入ってきた人とベテラン女性のコンビの出張場所。それだけ聞くと何ともない様な出迎えないようだけど、何だかこれだけじゃ終わらないような気がしてならない。


 理由は分からないけれど、何となく…うん。




「アデルさんと沖野君が仕事遅れするだなんて珍しい、何かあったと思って取り掛かった方が良いでしょうね」



「そ、そんなに優秀な方々なんですか?」



「えぇ」




 ジュン先輩に辛辣な態度をとるカミさんが素直に優秀だと褒める方々なんて……私なんかが応援に向かったとして役に立てるかどうか分からない。

 本当に私が着いてきてよかったのだろうか…?むしろ足手まといになる気がしてならないんだけど。


 ベンチに座ってプラプラと足を揺らして下を向く、斜め上を一度見ればカミさんは列車が来ないか線路の方を見ている。


 辺りを見回してみれば誰も駅のホームには居らず、私とカミさんしか列車を待っている人影が無い。

 上を見上げると硝子張りの天井から差し込む太陽の日差しが眩しくて、思わず目を薄める。

 レトロな雰囲気に円型の天窓を囲うように施されたゴシック様式と現代様式が合わさった様なステンドグラスが反射していて、幻想的で異質な空気感を放っている。




「アデルさんは巨人“ヨトゥン族”の女性で、普段は術で高身長の等身大になっているベテランです。私の後輩ではありますが……何せ巨人族、テンパると何でもが怪力になっちゃう所があるんですよね


 そこをカバーできるように文さんの次に新人ではあるものの絵に書いたような優秀さが凄まじい優等生の沖野君とコンビを組まれてるんです


 彼がいれば多少力加減をしなければ、と無意識的にセーフが掛かりますし」




 それって要はつまり、そのオキノ君さんは体を張った命懸けのセーフティなのでは……と、気付いたが何も言わないでおくことにした。

 口をキュッと固く噤み、相変わらずの骸骨面で物理的なポーカーフェイスを保っているカミさんを見る。声的に呆れてるようだ。


 というより幾つか気になる単語が出てきた事に、すぐに意識がシフトチェンジした。




「ヨトゥン族?巨人って本当にいたんですね……それに術って…」




 私が言い終わる前に、汽笛の音がホーム内に響き列車が到着する。

 昨日と変わらず蒸気をあげながら線路の上を走る姿は秀悦でこれまた異質で、昔の時代にタイムスリップしたかのような感覚に陥る。古き良き臭いとはこの事なのだろう、と一人勝手に納得する。




「おや、来ましたね……何か今言いかけましたよね?コンパートメントに入ってからにしましょう」



「え?……あっいえ、別にそんな大したことでは無いので!」



「個室で話した方がゆっくり静かに貴女の言葉を聞き、私が貴女に言葉を返せる。私が出来るだけ文さんと話したいのです……と言っても駄目ですか?」



「う……わ、かり…ました」




 私が頷けば満足したのか、そっとスカートを握り締めていた私の手を優しく解いて引いたカミさん。相変わらずエスコートするその手は穏やかでとても安心する。


 カミさんは何故かいつも、私が嫌がる様なことを避けて行動してる気がする。というより私が何がダメで苦手なのか知っていて、もはや思考を読んでいるような……。

 カミさんは優しいから何故か最初からあまり警戒が自然と落ちてしまった、今だってそうだった。


 カミさんに頼まれるとどうしても弱くなる。


 降りてきた車掌に切符をもぎ取ってもらいそのまま手を引かれた状態で一車両めのコンパートメントに入る。

 向かい合うように目の前の席に座れば、骸骨面越しだと言うのにまたカミさんが笑っているように見えて、思わず目を窓の外に逸らす。




「それで、文さん?文さんのお話を聞かせてください」



「……あの、ヨトゥン族って何ですか?それと術って言いましたよね?」



「あぁその事ですね、まずは……そうですね術について説明しましょうか」




 そう言うとカミさんは上着の内ポケットからメモ帳とボールペンを取り出し何かを書き始める。それを眺めていくと描かれていく正体が何となく分かってきた。


 真ん中に線で囲われ線で繋がった陰と陽

 風、火、土、雷、水、漢字一文字を線と線で繋ぎ陰陽五行説の図のようにカミさんは書いていく。


 ただ違うのは金の位置に雷、木の位置に風を描いていること。それぞれ一文字漢字の横に他の漢字一文字を書いている。

 それは木、時、金、氷、砂、と書かれていてここで金と木の登場、本来描かれていて一般的に知られている五行図とは違っている。

 これと術が関係してるの…?


  


相生あいおい……いえ、相生そうしょう

 これは隣合った属性をお互いに刺激し合い生み出したり効果を広げたり、順を成していく様です」



「!!」



「風は火を運び燃え広がらせる


 物が火により燃えたら灰になり土に還る


 大地を通して降りた雷は地を駆け巡る


 雷は水を降らした雲の摩擦で生まれる


 水があるから風を目で感じる事が出来る



 雷、水、風の関係性は少しあやふやではありますがそこには確かな共存があり秩序を作っていると、私はそう梅殿に教わりました」



「!梅様に…」



「そして相勝…あぁいや、今は相剋そうこくだったね。これは相手を覆し、討ち滅ぼす関係性を表している様です


 風は土を巻き上がらせ土地を荒らす


 火は雷を糧とし周囲を燃やす


 土は水を濁らせ、また吸収し塞き止める


 雷は風の影響を受けず地に降りる


 水は火を消しさる



 ようは物事捉えようではありますが、大雑把に言えばこの様に弱みや強みをそれぞれ持っていて、それら全てを使い使われこの世界は成り立っているという事です。

 他にも相侮、相乗、比和など意外と種類というか見方の種類が多いです」



「ふむ……全て梅様に教えて貰ったんですか?」



「えぇ……私が幼く、この魂迎課の社員として働き始めた頃の師ですから、梅殿は」




 幼い容姿とは裏腹に酷く圧倒的な重圧感を放ち私達が来るまで意図も簡単に困ったさんを捉え、全てを見透かしてるような言動。只者では無いというのは素人目からでもあからさまだ。

 ただ酷くあの方の傍は心地好く懐かしい気持ちになる、敵にいて欲しくないタイプのお方…。


 あの圧倒的存在感の梅様に教えて貰っていたカミさん、普段はとても優しいけれどその実力はきっと計り知れないのだろう。




「こっちに書いた奴は細かい事になりますのでまた今度教えます、取り敢えず今はこの五属性と中心にある陰陽属性を覚えておけば大丈夫です」



「大丈夫、ですか?」



「えぇ、この世には妖怪や幽霊、都市伝説、怖い噂、怪談……魑魅魍魎が跋扈しています。それはこの世界には大まかに魔力と妖力の二つの力が存在してるからです


 地域によってこの力の存在や在り方は変わるのですが、基本日本国土内では魔力より妖力が多く“和ホラー”の呼ばれる魑魅魍魎共はこの妖力を糧として存在しています」



「妖力と魔力」



「はい、妖力と魔力です」




 突然のファンシーファンタスティックメルヘンSF的な言葉が出てきて思わず脳がショートし、ペン片手に上機嫌に喋るカミさんにオウム返しをする。

 いやまぁ幽霊とか、あの世とか顕界とかうつせみとか、そこら辺が存在してるって言うか現在進行形で体感してるから何となく納得は出来るけど……納得せざるおえないけど。


 まず私自身がもう、そのファンシーファンタスティックメルヘンSFの要素の一つになっている訳ですし……。

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