狐の婿入3



「それじゃあまた明日ね〜先輩、文ちゃん」




「はい、ジュン先輩夜道はお気を付けて」



「足元見て寄り道せず帰るんですよ」




「二人は僕の保護者なの?」









今日はなんだか長く仕事も終わり、なんだか色の濃い一日だった。


初出勤にしてまさかのプチ出張、その上なんだかよく分からない所へお使いを頼まれるし……今日のことはきっと本に出来る


そのくらいには濃かった。






夜の道を街灯がぼんやりと細い十字路を薄く照らし、曲がり角でジュン先輩とは別れてカミさんと並んで歩く




………あの世でも、街灯とか十字路ってあるんだね




ここに来て数日経つけど未だに慣れないし吃驚、普通に生前の世界とあまり変わらない風景過ぎて実感が少し湧きにくい



偶に異形な姿の人とすれ違ったり、ここも顕界と多少リンクしてるのかここの十字路で死んだままの姿でさまよってる亡者がいるからそれで少し実感が湧く程度。








「初出勤お疲れ様です、まさか一日目にして外務を任されるとは思いませんでしたね」



「はい……そう言えば今日課長に引き渡したその外務の原因の方って一体何処に連行されるんですか?ずっとお縄で縛って引き摺ってましたけど」




「あぁ……あの者は妖怪の類でしたから、きっと閻魔庁の執行官の元で今頃説法食らって脳みそ溶けてますよ


暴れたのが顕界では無かったので裁判には掛からない、それがまだ救いです」




「溶けっ……え?妖怪も顕界で暴れたら裁判にかけられるんですか?」




「えぇ、そうした方が顕界に蔓延っている魑魅魍魎達の体制を管理しやすいんです


側でなら裁判にかけられることはないんですが、モノによってはその管轄庁最高責任者によって投獄や刑罰を与えられます




誰も痛いのは嫌でしょう?」





そう何故か楽しげに言うカミさん、たまにカミさんって親でも殺されたのかってくらいの私怨というか私情が漏れますよね…。



骸骨のお面で表情が分からないのに何故か笑顔なのがわかるイリュージョン、せっかくの物理的なポーカーフェイスが雰囲気で語られちゃ台無しだ。





……しかしそうか、確かに手の届く範囲じゃない顕界で好き勝手に暴れられては生者も亡者も妖怪も皆困るし地獄の管理局の方々が大変になってしまう。

それこそ妖怪のせいで死亡率が増えて亡者が溜まりに溜まったら大変だしあの世は手に負えない。ただでさえあの世でも妖怪達や亡者は悪さをするのだから


だからそこで罰をつければ、多少は行動を制限出来るし問題も軽減される


まぁそれでも妖怪や亡者達による死亡例は数多引くらしいけど。










「案外死んでても顕界の法律もどきはあるんですね」



「そうですねぇ……そう考えると死んでも生きてもそう大差ないですね、と言っても日本圏内の場合ですが」



「日本圏内……海外圏内とかもあるんだ…」



「はい、あの世も境や違いは薄くはありますがそれなりに違いがあるんです


それこそ日本圏内は島国ですから日本独自の考えや法律が元になって世界のあの世でも独立しています


土俵の規模が小さければその脅威や権利が轟くのは早く目と手が届きやすいですから、日本圏内は特にそれが顕著に現れてます」




「まるで世界情勢……」







「あっただ」



「ただ?」



「“境界”には気を付けてくださいね」



「境界……それってあの世とこの世の間にあるってやつですか?」



「まぁそうですが……この境界はまたそれとは違って抜け穴みたいな所ですね


私達は普段そこを“捨て場”や“穴道”と呼んでいます



ただ一部例外がありまして、その境界は





















“うつせみ”……とも、呼んでいます」









「うつせみ……現身?」



 

「いえ、空蝉と書いてうつせみです」




「……軒端荻?」




「最初に出るのがソッチとは」


 







空蝉、ねぇ……何故一部例外がうつせみだなんて名称で呼ばれているのか分からないけれど



抜け殻だなんて、本当になぜ空蝉と呼ばれているのやら







 



その時だった




 


ポツリ、またポツリと




 



 






月は雲に隠れてもないし、なんだったら雲の方が少ないと言うのに


何故か雨が疎らに降ってきた



雨特有のあの匂いを僅かにこの場に醸し出しながら私達に降り注ぐ雨は夜風に冷えてるせいか何時もより冷たく感じる。









日中降るのなら分かるけど夜でも降るんだ
















「……狐の嫁入り、ですね」



「夜に降るものでしたっけ?」



「いえ、基本日中でしか……夜の嫁入りは狐火が相場なので」



「相場あるんですか」








でも確かに前に読んだことのある本でも、昼は天気雨で夜は狐火、それが狐の嫁入りで起こる現象だって書いてあった



ただ、夜に天気雨は聞いたことがない





カミさんもそれに違和感を覚えているらしく、雨に濡れてるにも関わらず立ち止まって顎に手を当てて上空を見上げる。








「ふむ……狐の嫁入り、とは逆ですからもしかしたら狐の婿入りかもしれませんね」



「狐の婿入り?」



「……ここもまた、人間にバレないように人間のように顕界風習に習って狐達は嫁入りを多くされます



たまに婿入りもあるのですが、人間よりもその数は少なく、基本政略婚などでごく稀に婿入りが決まるとされています


私も梅殿に教えられて初めて知ったので、夜の狐雨を生で見るのは初めてなんです」





「政略婚」










狐の世界にもそういうのあるんだ……









「何処かここの近くでご婚礼があるんでしょう、見に行きますか?」



「え」



「嫁入りなんてしょっちゅう、珍しい婿入りですよ?見に行けるなら見に行った方が得ですよ!」










あっこれただカミさんが狐の婿入り見たいだけだ、相変わらず仮面で表情分かんないのに雰囲気めっちゃワクワクしてるもの


めっちゃ行きたそうにソワソワしてるもの




カミさん意外とおちゃめ。






「まず招待されてない人が行っちゃダメですよ」



「まぁそれもそうなんですがね」



「雨に濡れて冷えてきましたし、帰りましょうカミさん」



「そうですねぇ……ま、婿入りはまたもし次の機会があったらですね」






あ、ホントに行く気満々だった




カミさん意外と好奇心旺盛で諦め悪い

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