第3話 泣きたいほどの
結婚後も、仕事を続けたいという彩乃に、隆二は何も言わなかった。家庭に縛り付けるようなことはしたくないタイプの人だったようだ。
移動中の車の中、
「新婚生活はどう?」
祐也が笑って聞いてくる。
「どうって?」
疲れた様子で彩乃は答える。
「どうした?疲れてるのか?やっぱりいろいろあったからな、お前。」
この人に何がわかるんだろう、と彩乃は思った。愛する人と結婚できて、幸せいっぱいな人に…。
「毎日…大変なので。」
適当に答えておいた。
結婚のことは、それ以上何も聞かなかったし、言わなかった。いつの間にか、いつもの、仲の良い上司と部下の関係に戻っていた。冗談を言い合う。大きな声で笑う。会社でも家の中でも見せない、本当の自分がそこにはあった。いつの間に?と彩乃は思う。いつの間に、祐也といると、本当の自分をさらけ出せるようになっていたのだろう?
ポロポロと涙が出た。祐也が驚いて、車を路肩に寄せて停めた。
「どうした?」
「すみません。ちょっとだけ。ちょっとだけ泣かせて下さい。」
祐也は黙って近くのホームセンターの駐車場に行き、誰も止めないくらい遠いスペースに車を停めた。
「ほら、好きなだけ泣け。」
「すみません…」
「俺はいない方がいいよな?」
彩乃は、ドアを開けようとする祐也の袖を引っ張った。
「一緒に…いて下さい。」
彩乃は、最初のうち、しくしく泣いていたが、祐也に背中を何度かさすってもらっているうちに、わあわあ泣き出してしまった。
泣いて泣いて泣いて、スッキリした。諦めがついたみたいだ。
「ごめんなさい、もう、大丈夫です…。」
彩乃は祐也に笑顔を見せる。
「ホントに大丈夫なのか?俺は何も聞いてやってないけど。」
「いえ、一緒にいてくれただけで、十分です。ありがとうございました。」
祐也は厳しいことも言うが、さり気なく優しい人だ。そんな人と一緒に仕事ができることを本当に嬉しいと思った。
「言いたくなかったら言わなくていい。でも、言いたくなったら言ってきていいからな。」
会社の駐車場に着いて、車を降りる前に、祐也が、彩乃の頭を軽くポンポンと叩いた。
「おかえり。ご飯できてるよ。」
隆二がキッチンから声をかけてきた。
「いつもごめんね~。私がやらなきゃいけないのに。」
彩乃は着替えながら返事をする。
「気にしないで。共働きだもん、手の空いてる方がやればいいことだよ。」
「ありがとう。」
クローゼットにスーツを片付け、部屋着に着替えようとしていると、隆二が後ろから抱きしめてきた。
「好きだよ、彩乃。」
帰ったばかりで求められた後、一緒にご飯を食べた。隆二の作ってくれるご飯は、彩乃が作る数倍美味しかった。
「美味しい?」
「うん。すっごく美味しい。」
「彩乃が美味しそうに食べてくれるの、凄く嬉しいよ。」
「あはは。美味しかったら、みんな美味ししそうな顔になるじゃない。」
彩乃は笑う。この人は基本的に凄く優しい人だと思う。ただ…
「彩乃、お風呂入ったよ。」
つい、ソファでウトウト寝てしまっていた。
「あ…ありがとう。ごめんね、なんか、全部全部やってもらっちゃって。」
先に入ってくれていいのに、という彩乃の言葉を柔らかく断わって隆二は言う。
「今寝てたじゃない。疲れてるんだから、先に入っていいよ。」
確かに、隆二の言う通り疲れている。先に入らせてもらうことにした。
シャワーを浴びてから、湯船に浸かる。
「はぁ。今日はハードワークだったなあ。」
独り言を言っていると、隆二が声をかけてきた。
「彩乃、もう上がる?」
「あっ、ごめんね。ゆっくり入っちゃった。もう上がるね、待ってて。」
「いいよ。一緒に入ればいいじゃない。」
「…。」
ヘトヘトになって、ベッドに潜り込む。早く寝よう。早く寝よう。また隆二に求められないように。
努力虚しく、隆二は綾乃を背中から抱きしめにくるのだった。
「大好きだよ、彩乃。」
何度私を求めれば気が済むのかしら…
トイレで少し泣いた。隆二もここまではさすがに追いかけてはこない。
愛されていることに疲れている自分を、彩乃は強く感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます