4話 限界と決断

 忘れていた呼吸を取り戻すようにハッとまぶたを開けた時、「ネス!」と頭上から切羽詰まったカカロの声が降ってきた。


「っ、あ……、カカロ……?」


「起きた! 起きた!? やっと起きたお前ちょっ、あかんて、もう……!」


 地面に転がっていたネスが上体を跳ね起こすと、全身を汗だくにしながら加護エオを繰り返し発動させているカカロが、心身共に限界を訴えるような掠れた声を上げた。


「何とか、して、くれ……っ! この断罪者コンダンナー、お前が気ぃ失って、しばらくしたら……っ、めっちゃ暴れ、出して!」


 苦痛をもたらす、加功ギョーフのルーンの副作用だ。


 ネスは慌ててカカロに代わり、加護エオを描こうとした。


 ところが指先に神気を集めようとした瞬間、脳を思い切り振ってかき回されるような目眩にさいなまれ、体を起こしたはずのネスはその場に再び倒れ込んでしまった。


「ネス……!?」


 これも加功ギョーフの副作用なのか、と危ぶんだが、すぐにそうじゃないと思い至る。


 ——神気は生気。使いすぎれば死ぬ、とロクスに忠言されたではないか。


 とにかく必死で、この短時間に一体どれだけのルーンを使っただろうか。


 だが、どうにかしなければいけない。こいつにだけは、自分達を食わせてはいけない。


 ネスは震える指先に、もう一度神気を溜めるべく力を込めた。


 記憶の中で見た、ミディアルの凄惨な最期の姿。ここでネスもカカロも崩れれば、こいつは確実にネス達をミディアルと同じように食う。そうして今より大きな神気を身につけて、知識も豊富に蓄えて、それから。


 ずしゃ、と隣でカカロが膝をつき、そのまま糸が切られた繰り人形のように倒れ伏す。ネスと同じように彼にも限界がきたのだと否応なく知れる。


 かすんだ視界の先で、パキン、と最後の加護エオが薄氷のように割れて消えた。


 ——駄目だ。カカロだけは、ミディアルのようには食わせない。


 爪の先で、石畳の上にルーンを描く。


 駆除できなくていい。今のネスではもう、無理だ。きっとひとつしかルーンを使えない。


 だから、とにかく今は。


 描き切ったルーンの上に、力が果てた手のひらを触れ、ネスは最後の神気を振り絞ったのだった。

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