二、 漆黒の信仰心

1話 眼鏡と髭

 珍しいこともあるものだな、と。ネスは表情を動かさず、目だけで隣のカカロの横顔を眺めた。それから少しして、正面に立つ二人組へと順繰りに視線を流す。


 複数の断罪者コンダンナーが検知されたと駆除要請が入り、いつもの通りカカロと二人で指定区域へ向かった正午前。元は緑豊かな都市であったろうことが窺える、くすんだ乳白色の建物が歯抜けに崩れ並ぶ廃墟街に到着した折に、思いがけず他の駆除人達と出くわしたのだ。


「へえ、じゃあ、おたくらもこの区域での駆除を要請されたわけなんや?」


「ああ……他の駆除人もいるっていうのは聞いてなかったが」


 歳は恐らく互いに三十半ばと思われる二人組。片やネスと張り合えそうなほど不愛想な、髭面で痩せぎすの男。そしてもう片方は最低限の処世術だけは心得ています、といわんばかりの空気をまとう、眼鏡をかけた優男だ。二人ともこざっぱりとした短髪に、揃いの砂避けコートを羽織っていて、手首とピアスにそれぞれ洗礼ペオースがぶら下がっている。


 正確には測れないが、恐らくは四ノ色ほど。一般的には殺人に至らない強盗、あるいは外傷を与えなかった誘拐などがこのの色とされるが……贖罪の過程で四ノ色になっている可能性もあるため、正確な犯罪性はネスやカカロには知り得ない。


 カカロも相手の色を確認したか、ふむ、と小さな相槌を打った。何か思案するように、あるいは何も考えていないかのようにあごに手を当てる。


「確かに、共闘指示なんかこっちも聞いてへんわ。むしろ駆除人同士の小競り合い防止のために、そういうの避けてる感じあった気ぃすんのにな」


「そうだな。こっちもまさか、漆黒の駆除人と鉢合わせることになるなんて予想外だよ」


 他意はないであろう眼鏡男のひと言に、カカロがわずかに指先を跳ね上げた。


 風が吹き抜けて、植物が少ないがゆえに立つ砂埃の乾いたにおいが鼻腔をくすぐる。


 これは自分が何か言わなければならないのでは、と読めない空気を可能な限り察知して、ネスは口を開いた。念のため、己よりはるかに今の言葉を気にしているであろうカカロの袖口を指先で捕まえて、


「――ふ、ぇっくし!」


「いや、クシャミかーい!」


 流れるようなカカロのツッコミが入り、ネスはスンと鼻をすすった。


「すまない、砂埃が……想定外だった」


「オレも想定外が過ぎるわ。もー、一気に気ぃ抜けたぁ」


 顔が溶けたかと言えそうなほどしわくちゃの表情になって、カカロは盛大に肩を落とす。


 そんな間の抜けたネス達の会話を見て同じく気が抜けたのか、眼鏡男も髭男も、何とも言えない戸惑い気味の視線を互いに交わしていた。


「……何か、思ってたのと違うんだな」


 眼鏡男が、ばつ悪そうに首元を引っかきながら言う。


「何が? ネスが? そらそやろ、人は見た目で判断したらいけませんって初等教育でも習うやん?」


「カカロ、洗礼ペオースは見た目じゃなくてむしろ内面だと思う。それと見掛けに寄らないのは、お前のほうだと思う」


うせやん、オレほど見た目と中身一致してる男前もおらんやろ。あと洗礼ペオースって別に内面全部丸裸にしてるわけちゃうし……あ。うわ、丸裸やて。もーっ、ネスのすけべ!」


「俺は何も言っていない」


 掴んでいた袖口を離してそっと首を横に振ると、「せやから真顔やめて」と大げさなほど哀しげに眉尻をしょんぼり下げられた。


「……やはり、相棒殺しというのもデマではないか」


 不意にぽつりと、それまで一度も口を開かなかった髭男が独り言つように呟いた。


 驚いて、ネスは目を瞬かせながら視線を返す。


「え、『やっぱり』って何?」


 ネスの『相棒殺し』という二つ名に対し、かつてなかった第三者の反応にカカロも驚いた様子で反すうした。


「ああ、いや……真偽は定かじゃないんだが、ひと月ほど前、何度かミディアル・レジンらしき人間を見かけたという話が東部裁判刑務所に上がっていたらしくて」


 眼鏡男の打ち明けた話に、ネスははくりと、意味もなく口を開閉させてしまった。


 ネスとカカロが在籍するのが南部裁判刑務所であるから、管轄区域は少々異なるが――、


 ミディアルが死んだと目された駆除区域は、確かに南部と東部の境に近かった。


「待って。生きてんの? 何で? いや、生きてるんやったらいいんやけど、マジで?」


 カカロも要領を得ない様子で柳眉をしかめる。と、眼鏡男は肩をすくめて、


「繰り返すが、真偽は定かじゃない。色々と信ぴょう性の疑わしい憶測や眉唾の話も出てるから、何とも言えないさ」


「ええ、何やそれ……ちなみに憶測とか眉唾の話っていうのは何なん、どういうやつ?」


「例えばミディアルを生き返らせたのは、あのマイサー・フォルテじゃないかとか?」


「は?」


 その瞬間、一帯の温度感が急激に低下した。


 ビリ、と首筋に小雷が駆け抜けたような感覚に、ネスは息を詰めてカカロを見上げた。


 それまでの豊かな表情はどこへやったのか、感情を削ぎ落したような怜悧な顔がそこにあった。元が整った容姿だから、いっそ造り物めいた美しさを感じる。ただ、外気温が変わったわけでもないのに背筋に寒気が走り、一度だけカチ、と歯の根が鳴ってしまった。


「……カカロ」


 己の感情が顔に出ない質で良かったと、ネスはこの時初めて思った。


 恐怖心に似た負の感情を抱いた己が信じられず、それを振り払うように改めてカカロの袖口を強く引き掴む。


「カカロ」


 もう一度呼ぶと、カカロはようやくはたとした様子で目を瞬かせた。


「ああ、ごめんごめん。びっくりしすぎて引いてもぉたわ」


 カカロがへらりと軽薄な笑みを浮かべたことで、髭男と眼鏡男もひと息ついたように上がっていた肩を下ろす。


 しかしネスにはその笑みがぎこちなく思え、少し眉根を寄せてしまった。


 気付いているのかいないのか、カカロはそっとネスの手を引きはがしながら改めて正面の二人に目を向ける。


「すんまっせーん、まぁとりあえずここでずっと立ち話してても何やし、断罪者コンダンナー捜しましょか。刑務官からは三体以上おると思う、くらいしか聞いてへんけど、ペアバッティングさせるくらいやしもうちょっとおるかもしれんねえ」


「ああ、そうだな……下手に固まっても互いに慣れないし、二手に分かれて捜索しよう」


「賛成。もし断罪者コンダンナー見つけたら、武装ティールで何かでっかい音上げるとか、そんな感じで」


「ああ、了解した」


 話がまとまり、眼鏡男と髭男はうなずき合って街の西側に回っていった。


 それを見るともなく見送って、カカロが「行こか、ネス」と街の東側に足を向ける。


「以前カカロが殺したいと言っていたのは、マイサー・フォルテか」


 問いかけると、カカロはネスに背を向けたまま足を止めた。


「……そこ、突っ込む? 聞き流しとかん?」


断罪者コンダンナーの駆除が終わるまでは冷静になったほうがいい。でないと――」


「仇が近くにおるかもしれんって聞いて冷静になれとかアホちゃう?」


 まくしたてるように返されて、ネスは口をつぐんだ。


 とっさに答えられずにいると、カカロは自嘲交じりに「ハ」と肩を揺らした。何かを隔てるように頭に上げていたゴーグルを装着し、太ももにある武装ティールの柄を指先でなぞる。


「……ごめん、今のはさすがに八つ当たりやったわ」


「いや……」


「マイサーが断罪者コンダンナーを創った時、オレさぁ。マイサーの研究所近くの町におったんよ。ちっさい頃からお世話んなってた曲芸旅団の興行で、家族みたいな団員と、実の妹も一緒に」


 言って、カカロは柄を腕が震えるほど強く握り込み、それ以上は話さなかった。


 それだけ聞けば、充分だった。


 ネスは視線を泳がせて、開きかけた唇をきつく引き結ぶ。カカロと同じようにゴーグルを装着し、足を出して「行こう」とだけ短く告げる。


 返事はなかったが、カカロはいつものように隣に並んでネスと歩き出してくれた。


 ——ふと、思う。


 マイサーがミディアルを生き返らせたというのは荒唐無稽に感じるが、あながち絶対にありえないとも言い切れない話だった。何しろマイサーは、神聖文字ルーンを使って新種生物すら生み出したような男だ。死者を蘇らせるくらい、不可能ではないかもしれない。


 ただ、もしも。ミディアルが本当に生きていて、それに何かしらマイサーが関与しているというならば。


 記憶を失くす前、ネスもマイサーと何かしらの関わりを持った可能性が出てくる。


 カカロは、それに気付いているのだろうか。


 横目で窺い見るが、砂塵ゴーグルに隔てられてカカロの表情は一切わからなかった。


 いつもへらへらと弧を描く口元が、張り詰めたように一文字に引き結ばれていることだけは見て取れたが、それがどういう感情なのかは、ネスに読み取ることはできなかった。

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