八、銃vs柳葉刀

 「は、何だって。」


 その言葉には文棋ではなく、ジョージが反応した。


「つまり、ジュリアさんのとんだ勘違いだったっ、てことですよ。コイツは復讐なんていう建前でいるわけじゃない。」


 一方高珊も、大きく目を見開いた。


「ジュリアさん、ジョージさん、私、そして幾人の警察関係者、てんでばらばらに見える対象者に共通する事はただ一つ、それは四年前の事件なんかじゃない。ジュリアさんに私たちが関わったからじゃない」


 ヨーナスは息を飲み、京劇の面を真正面に捉える。


「それは、それぞれ猟犬、コンドル、ディンゴと、『異名のついたハンドカンの名手』ってことだけだったんです」


「なんですっテ……!?」


「どうりで、当事者であるマフィア共が相手にされていないと思いました。全く、早く気付くべきでしたよ。あからさまな派手な面、蒼い満州服、警察学校で学んだ心理学でもすぐに分かる、愉快犯ならではの動向そのもの」


 ヨーナスは眼鏡を整え、林に向かって真っ直ぐに指を差した。


「貴方が四年前に襲われた時に思った事は、父親に対する悲しみなんかじゃない。ただ奴らの持つ、銃に負けたという悔しさだけだった!誇り高い柳葉刀使いとして、奪われたプライドを取り戻すため、その憂さを晴らすためだけに、貴方は銃の持ち主を次々と襲ってきた!」


 一同が水を張ったように静まる。


「くだらねぇ、ですよ。林文棋」


 その中でヨーナスは吐き捨てるように言った。


「貴方のした事は自分勝手なのもおこがましい、ただの子どもが大きなおもちゃを振り回しているようなものだ。その中で無抵抗な女性を傷付けるとは、更に男の風上にもおけない!」


 ヨーナスは息を荒々しく吐いた。言うべきことは言い切った。この推理の是非も今後の展開も後は彼の出だし次第。そしてもう一人、ヨーナスは「少女」の方を向いた。彼のハッタリを信じて青ざめる少女の震える瞳を見据える。


 「頼む、高珊ちゃん」


 真顔で見つめるその裏でヨーナスは懇願する。貴方にとって彼は片身の兄かもしれない、愛すべき人なのかもしれない、しかし今は、今は正義のために、私たちに協力してくれ欲しい……、と。


「私は貴女と戦いたくはないんだ……!」


「……文棋。それを離しなさイ」


 すると、その『気』に気付いたか、林が気付いた間に高珊の柳葉刀が彼の喉元にピタリと付いていた。


「高珊ちゃん……!」


「オカしイと思ってましタ……父に……林艾青に店を守るための『道具』として、親子の情もなく厳しく育てられタ貴方が……憎んでいたハズの父の復讐のためだけに、こんなコトを起こすなんテ」


  高珊は柳葉刀を構えたまま、文棋に顔を向けて言う。


「言っテ、ウェンチー。ヨーナスさんの推理が、そノ通りなのかとはっきり答えテ。証明してみせテ」


  声を上ずらせる。しかし文棋は、仮面の下から視線を高珊へ移しただけで何も答えない。


「これ以上やり過ごそうってナラ、私にだって手ガ……!」


 と、刮目して柳葉刀を握り直す、その時であった。少女の柳葉刀がぐらりと横にずれた、それは先ほどまで押さえていた首が瞬時にいなかったから。ヨーナスが状況を把握したときは、文棋は高珊の下にしゃがみ、その勢いで少女の喉元を横から蹴りつけていたのだ。


「キャアアッ!!」


 受け身を取りつつ倒れる少女へめがけ、文棋が柳葉刀を降ろす。


「やめろおーっ!」


 ヨーナスが真っ正面に駆ける。その、彼の耳朶に裂けるような激痛が走った。ヨーナスの耳をかすり砲口を上げた弾は、振り落とさんとする柳葉刀を打ち砕く。


「ジョージさん!」


「林文棋、貴様あああああ!」


 振り向いた先には、凄まじい憤怒の形相で満州服を翻し、さし迫るジョージがあった。


「殺す殺す殺す殺す、殺す!」


 動揺するヨーナスを突き飛ばし、文棋に向かってジョージは乱雑に銃を撃ちつけた。一方、文棋はヨーナスの肩を掴み、彼を盾にして横に逸れることで避ける。


 また彼もヨーナスを突き飛ばして、ジョージの視界が遮られた。


 そして、その間に文棋は転がっていた高珊の柳葉刀を脚で跳ね飛ばして受け取り、邪魔なヨーナスを脇へ蹴飛ばすジョージに飛び上がり、斬りつける。が――、


「遅っせぇよっ!」


「!?」


 宙返りして避けるジョージは、脚を広げることで文棋の攻撃を空回りにさせた。着地して撃った弾が、仮面に当たり、遂に磁器でつくられたそこで仮面が盛大な音を立てて割れた。そして見た。ヒビの中から現れたのは、少女と同じ顔をした眉を顰める少年の顔。


「はっ! それで焦った顔も隠すことが出来なくなったなあ!」


 と、真正面に突きつけるも、ジョージの肩はずきりと痛んだ。放たれた弾は柳葉刀に当たるが身体からは外れ、その隙に目の前に立ちはだかる文棋は、ジョージの開いた胸に詠春拳の連続撃ちを喰らわせる。それに彼がたじろいだとき、文棋はにやりと笑った。


「その後は目潰しがクル! サケテ!」


 高珊の叫びに反応し、二本の指を突き立てた文棋の指をジョージは片手で受けとめた。そのまま勢いよく腕をひねりまわせば、彼の肩からも赤い血が吹き出した。


「ぐああっ!」


 呻き声をあげる文棋は、腕を満州服の袖を回転させて振り解いた。後ろ向きになったままかかとを振り上げ、仕込みナイフでジョージの肩を突く。そして同時に離れる二人。互いに血を、汗を流しながらにらみ合う。


「……っはぁ……ああ、なめんなよ。この俺が他の奴らとは格が違げえってのが分かったろ? 初めて傷付けられた気分ってのはどうだ、糞餓鬼」


 ジョージの煽りに文棋は垂れ下がった腕をそのまま荒い息をあげるだけだ。


(余裕がなくなったか?チャンスだ!)


 すると、ヨーナスがGLOCK18を彼に突きつけようする。が、高珊が落ちた柳葉刀に手を付けた。


「やめて下さイ、ヨーナスさン。貴方言ったでショ。貴女とは戦いたくはないって」


「高珊ちゃん……!? なんで……! さっきジョージさんに味方してくれたと思っていたのに……!」


「さっき助けてくれタ借りを返しただけデス。やはり貴方は何も分かっていなイ。銃使いにハ、この柳葉刀使いノ義理、というものヲ」


 ヨーナスは反射的に一方のホルスターから素早く取り出し、高珊に突き付けたGLOCK18に気付く。


「あラ、あの言葉はなかったコトにするんですカ?」


 高珊が汗を鼻から垂らしながら笑う。


「いいや、戦うことなんてしないさ、高珊ちゃん。ただこれで柳葉刀を更に遠くへ飛ばすだけだよ」


「さァ? そうは上手くは行きますかネェ、貴方の腕前じゃぁ丁度私に当たるかモ。」


 全てを見通した黒い瞳にヨーナスは歯を食いしばった。


「……何故です! 何故そこまでして彼をかばうのです!貴女をも襲おうとした、卑怯者の男を助ける義理なんてどこにも……!」


「卑怯者なのはどっちだネ」


ヨーナスははっと横を向く。文棋が苦し気にヨーナスを睨んでいた。思った以上の痛手で、よもや弁明無しに黙っていられなかったのか、痛みで落ち着いた判断が出来なくなったのか。文棋は恨めし気に語り出した。


「ガキのようなおもちゃを振り回してたのはどっチだって言ってるんダ。ろくに鍛錬もせず、トリガーをぶっ放すだけで、刀よりモ多くヲ殺し続けた人類の開発物の唯一の汚点、そんな物を得意気に構える獣共に軽蔑される筋合いはないネ」


「は、何いきなり語りだしてんだお前。それがお前の言う、柳葉刀使いの理念って、ヤツか?」


 ジョージは首をあげる。細い首筋にのど仏が動く。


「愚説です。無抵抗の女性に一生の傷を負わせた奴の言うことなど言うに及ばすです。」


 ヨーナスがそれを一蹴した時、文棋はこの時初めて叫んだ。


「ふざけるナ!あの女は別に最初から無抵抗だったワケじゃねェ! あいつは俺がドアを開けた瞬間にちゃんと持っていたサ! 左手に輝く銀色の銃をナ!」


「なんだって!?」


 ジョージとヨーナスが目を開く。


「あア、それは天帝に誓ってでも言うネ、無抵抗なんてしていなイ。嘘ついているのはその女の方ダ! ハッ、柳葉刀に銃が負けたのが、そんなに悔しかくて嘘ついたのカ? これだから銃を持つ奴はどいつもこいつも碌な奴がいやしなイ……」


「……ゴチャゴチャ煩せぇんだよ、お前。」


 そこでジョージが唇をきゅっと締め、銃を再び二丁構えた時、高珊も前転して布の擦り切れる音を立て、柳葉刀を拾い上げる。飛び上がり、ジョージとヨーナスに対してざっと、両腕を広げ構えた。


 こうして四人が立ち往生になり、緊迫した空気が奔った。


「そうヨ。あくまデ文棋の問答は私ガ行ウ。私モ銃を憎ム柳葉刀使い。銃使イに文棋とられるつもりはなイ。今からここから立ち去っテくれなけれバ、それまデは私モあなたタチの敵でス」


 円らな瞳が殺意に鋭くなった。ヨーナスはその痛い視線に逃れることもできないまま、腰を屈む。当然、受け入れられない要求であった。


「ふ、それでかつての仲間をかばう気でいるつもりカ猟犬。」

 

 その中で、文棋がジョージに嘲笑した。


「違うネ、どんな関係だか知らないガな。アンタ、本当はただあの女ともう一対一で闘う事が出来ない事が悔しかっただけネ。そのやりきれなさを俺に対する憎しみにすり替えてるだヶヨ。ディンゴ。あの、生気のない獣のような青い瞳を見てみろョ。くだらなくて馬鹿馬鹿しいのはホントはこっちの方だろうガ?」


 そこで、残りの柳葉刀を手に持ち、矛先をぶんと振り回しては、ジョージを指し示す。ヨーナスは何も言えなかった。あまりにもそれが妥当であると思ったからだった。ジョージも睨みつつも、弁明はしない。


「図星の顔だナ。銃を持つとそうやって人を見る目、人ヲ人として見る目がなくなル。対象をただの蠢くものとして見なくなル。それが愚かで恥ずかしいコトだと、何故自覚することができなイ?」


「それが、動機なのか……?」


 ヨーナスは答えた。


「そウ。柳葉刀は銃と違う。相手を見定め、相手の行動を読み闘イ、例え相手に苦痛という罪を負わせても、それを斬った1人の命の感覚をこの手で持つという覚悟も出来ていル。」


 リングの天井のライトが、血を垂らす柳葉刀を光らせた。


「それニ我ら柳葉刀使いには矜持だってアル。あの女とは違う。例えどんな相手も銃は最初に取らせやっタ。お前のトキもそうだったろ、ジョージ」


 ヨーナスはジョージを見遣ったが、彼は黄金銃を掲げる腕の向こうで、端正な眉間に更に深い皺を刻むだけだ。それもやはり妥当だったようだ。その目配せを知ったように、文棋もヨーナスを見遣り口角をあげる。正しく「人の心が読めない愚かな銃の使い手」として、彼を見る。


「最後に一つ言おウ。高珊、お前ハ俺が親父を憎んでいルと言ったナ。さすがは俺の妹弟子、『気』を読むコトには俺以上に長けるが、そういう風に仕組ませたのは誰よりも紛れもない親父自身だっタというのは分かってほしイ」


「文棋……」


 高珊が彼を見上げる。それは同情の瞳だった。やばいとヨーナスは首を振る。


「父曰わく『剣の道にゆき、義を通して弱き者を助け、力に過信する強き者を目覚めさせよ』と。親父が、憎いであろうマフィアのコトなど目にくれず、病院先で俺に残した言葉だった。俺ハ何よりその信念ヲ優先したんダ」


 のびやかな中国語で、文棋は父の最後の言葉を唄う。


「あの四年前から俺は銃ヲ、それを使う者を憎ミ、修行を積み、今になって『銃の名手』とほざく奴らを倒すことに決めタ。そしてその成果を見せタ。これが事件の真相ヨ。私利私欲でしか物事を見ないお前らにハ、見当もつくワケもなかったガ……」


 膠着した雰囲気の中、文棋が血を噴きながらも柳葉刀をかざした。その時であった。


「だからさっきからゴチャゴチャうるせえっつってんだろがああああああ!」


 ジョージはうねりをあげて叫んだ。


「やめテ!」


 高珊が柳葉刀を横振りで回転させてジョージに投げつける。彼は斜め右に身体を逸らして避ける。その間にヨーナスは彼女を止めるため駆け出した。高珊は駆け寄るヨーナスの腕を掴み、それを鉄棒のようにして、小さな身体を回転させヨーナスの上に登った。


「邪魔をしないデッ!」


 そこから彼の身体を固め、急所である首を膝で突こうとするが――、


「ごめん……! 高珊ちゃん……!」


「きゃああああァ!」


 ヨーナスは高珊の身体にしがみついては、床へ自分の身体ごと勢いよく突っ伏したのだ。大の男一人分の重みに押さえつけられ、少女は悲鳴をあげた。高珊の蹴りはヨーナスの首に跡を残したのみで、ヨーナスは痛みに顰めながらも、すかさず彼女の手を背中に回し、リングの上に押さえつける。これで遂に、高珊は確保された。


 一方、ジョージに襲いかかろうとする文棋に、ヨーナス伏せながらGLOCK18を撃ったが、靡く満州服に気をとられ、的に当たらない。


「しま……っ!」


 その間に文棋はジョージの真下に潜りこみ、左下から袈裟斬りしようとする。状況判断力や瞬発力は、鍛錬を積んだ柳葉刀側の圧勝。しかし、ジョージも負けじと、左膝で峰の側からそれを蹴り飛ばした。文棋は空回りになった攻撃に舌打ちしながらも、柳葉刀は手放さず、地面に手をつき今度は上から柳葉刀を振る。それにジョージは仰向けになりながらも両腕を広げ、突きつける柳葉刀を黄金銃を交差させ、間に挟ませた。


「あァ…っ!?」


カタカタと小刻みに震える柳葉刀を挟み、黄金銃はそれ以上の動きを許さない。

ジョージに柳葉刀を取られため動けない文棋は、そのとき初めて動揺の顔を為した。


「さっきから黙って聞いてやってりゃ、馬鹿丸出しのことばかり語りやがって。胸クソわりいったらありゃしねえ。」


「馬鹿…だト……?」


 柳葉刀を挟んで、文棋は嫌悪の顔を露わにした。


「あー馬鹿みてーだ、ホント」


 ジョージは今度は嗤うことなく、ただ軽蔑の眼差しで文棋を見る。


「何が矜持だ何が覚悟だ。何が人の命の価値だ。とってつけたようなことばかり言いやがって」


「何だっテ!?」


 自分の信念を否定され文棋は顔を歪め、更に激しい刃の擦れる音を立てて、力強く詰め寄った。


「大体お前こそさ、もう一度その小せえオツムで、武器ってもんが何なのかを学び直した方がいいぜ。たかが柳葉刀と俺の銃を同列に語りやがって、マジむかつく。このテワヨネ野郎が」


「き、……貴様ぁぁぁああああ!」


 文棋は絶叫し、柳葉刀を引いた。バランスを崩され、前めのりになるジョージに真正面から飛び乗って襲いかかる。ジョージはそれを脇に身を逸らし、後ずさりして避けるが、そのまま追いかけ、至近距離から再び振り回す文棋の柳葉刀を、左の銃で防御した。一方、文棋は距離をとって射程に入ろうとする黄金銃を、柳葉刀で阻害する。そうして、二人が優位な距離をとろうと駆け巡る戦闘は、息をつく間もない勢いとなった。


「柳葉刀は武器! 銃は兵器! その区別もくかねぇガキが、ぐたぐた理想論ぬかしてんじゃねえぞ!」


 鉄と鉄、互いの血が弾き飛び散る合間、ジョージは蒼い目を光らせて叫ぶ。


「俺たちは『単位』だ!同じ力、同じ能力を持った者として扱われる、一つの単位だ! 銃を持つ時点で俺たちは、人間であることをハナっから自分で捨ててるんだよ!」


 互いが身体を斜めにして攻撃を避け合う中で、黄金銃が文棋の頬を裂いた。


「戦場へ駆り出される時も、敵を倒しにいく時も、お偉いさんらはな、俺らをいつでも単位として『兵力』ってーのを考えんだ!  そこには俺らの命だとか矜持もそんな事情なんて何もありゃしねえ! そのために作られた時点で、てめーらのとは既に格が違えんだよ! 人間扱いされないで、相手を人として見る道理なんてねえ!」


 気迫に負けじと、文棋も柳葉刀を回転させてジョージの満州服を引っ掛ける。


「そんな中で生きた俺らにとっちゃ、てめーら甘ちゃんの戯れ言なんぞ、犬の餌以外に何の役にも立ちやしねえよ!」


 掴みあった中で二人同時に倒れ込み、柳葉刀がジョージの服ごと床に突き刺さった。身動きがとれない彼に文棋は上に乗ったまま喉を刺そうと二本指を突き立てる。が、その前にジョージが、咄嗟に首を起こし彼の指を噛み砕いた。


「ぎゃぁぁあああああああ!」


 男の悲鳴が響く。文棋は柳葉刀を取りながら後ろへと後ずさった。深く脚を広げ柳葉刀構える形から、肘、指の方にかけて血がぼだぼだと流れ、その痛みに歯を食いしばる。一方ジョージは飛び上がり、半分ひじを曲げた格好で転がった二丁の黄金銃を取ろうと構える。互いに牽制し合い、その矛先を向けられないまま、ジョージが血を含んだ唾を吐き捨てて笑う。


「矜持だの義理だの、その面でも同じことが言えるか? 林文棋」


 汗と血にまみれ、眉を顰めつつ焦点を合わせようと揺れる瞳、力無く息をする文棋の表情を見て、ヨーナスも哀れと同時に呆れをも感じた。


 一時は格好良いことを言っていた様がこれかよ、と。これでまだ筋を通す位なら怒りに身をまかせ、そのまま飛びかかった方がましだとも。


 しかし文棋はヨーナスの意志に反し、言葉を切らしながらも懸命に抗議した。


「なら、尚更……利に合わないじゃないカ……。お前らをたかが『単位』になさしめる物をなぜ持ち続けル…なぜ人間であることをやめル…!」


「確かに。駆り出される度に何を感じない、と言うのは嘘にはなりますよ」


 ヨーナスは高珊を押さえる事に必死になりながら、視線を両手のGLOCK18に移し、彼の言葉に答えた。



「しかし、それでも私たちが銃を手放せないのは、先人たちが人を単位として扱うことをやめられなかったのは」


「そうしてこそ、ようやく得られるってモンが確かにそこにあったからだ!」


 ジョージがヨーナスの言葉に続いた。


 文棋は右足を後ろに擦って膝を曲げ、反対方向の足をのばして構えた。柄を持って少しずつ振り回していく。ジョージはきゅっと、リング上の血痕を擦って立ち上がる。


 ぶんと羽音のような音を出し回る柳葉刀、遠心力で力が増す矛先で斬ればそこで勝負はつく。これが、最後の勝負。それでもジョージは笑っていた。


「人間をやめてこそ、得られるモンってのはこの世には存在する。」


 そこでヨーナスは息を吸う。ジョージは正面に文棋を見定め、そしてヨーナスの息遣いを合図として二人同時に叫んだ。


「「それが“勝てる”ってえことなんだよ!」」


 居合の叫びとともに、柳葉刀がジョーシに向かって振り回された。咄嗟に片方だけのギルデットを手に取り、そのスピードに臆することなく後ずさってはしゃがんで避ける。背後にリングを囲む縄が斜めに切れるが、文棋は素早く次の大勢にと脇の下に通し、横から袈裟がけに斬りつける。すると、ジョーシが片手で撃った黄金銃の弾がついに、その獲物を掴んだのだ。


「……!?」


 文棋の目の前に広がるは、柳葉刀「だった」破片が、銀の光を瞬かせながら表裏へと、くるくる回る光景だ。唖然とする刹那黄金銃が瞬時に自分に向けられていることに気付く。


「嫌ああああああああ!!」


 少女の甲高い声と銃声の間、文棋は鈍い音を立てリング上に倒れた。そして、仰向けに転がり動かなくなった。


「離しテ……! 離しテよっ!」


 少女の叫びにヨーナスは怯み、思わす力を緩めてしまった。下から這い上がる彼女は半分に欠けた柳葉刀を片手に、倒れる文棋の元へ駆け寄った。


「文棋……! しっかりしテ……! ウェンチー!」


 自分の膝に彼の頭をのせ、高珊は肩を小さく揺らす。しかし血がリング上に広がるばかりで、文棋は何も反応しない。彼女の大きな瞳から流れる涙が彼の頬を伝う。   が、涙を飛ばしジョージを睨んだと思えば、高珊は文棋の肩に手を回し、顔を胸に押しつけるように彼を抱きしめる。開いた片手には欠けた柳葉刀。それをジョージに翳して睨んだ。


「確か二……、この勝負は貴方の勝ちデスネ。ジョージ・キッド……」


「勝ちじゃねぇ、“完全勝利”と言い直しな。チキータ(小娘)」


 ジョージは震える彼女にも、容赦なく言って捨てた。


「そうですネ……。しかし、まだ私がいまス。ジョージさん、この私が、まダ」


「高珊ちゃん!?」


 予想以上の彼女の底意気地に、ヨーナスは身を乗り出す。


「貴方は文棋に勝っタ。しかしこれで私たチ柳葉刀使いの理念モ、貴方がた銃によって打ち砕かれたというわけではナイ……!」


 涙を飛ばしながら声を上げる高珊の声は、悲壮な叫びを為した。


「確かに、貴方の理論は的を射ている所はありまス。しかし、そうやって開き直っているから、いつまでたっても悲劇は終わらないのだと何故思わないのカ! 貴方ガタの元凶はそうして『諦めている』にアル! しかし私タチは諦めなイ! 貴方がた銃を持つ奴らが諦めている限リ、我ラはあくまで柳葉刀を手放すコトも、人間であるコトをやめはしナイのでス!」


 小さな身体を震わせながら叫ぶ少女の言葉を、ジョージはただよくある理想論だと切り捨てる眼差しで見る。しかし、ヨーナスの方はそのか細い声の中に息づく彼女の信念を心の震えとともに感じとった。


「柳葉刀の流儀を馬鹿にスル者ハ、私でモ許さなイ! いざ尋常に勝負でス! ジョージ・キッド! 柳葉刀の底意気を見せてやル!」


 文棋を抱え、震える矛先をジョージに突きつける。ジョージはそれを見、ゆっくりギルデットを掲げようとする。ヨーナスは堪らずに叫んだ。


「やめろーっ! 二人とも、もうやめて下さい! やめろーっ!」


 最早、やぶれかぶれであった。そしたて、二人の間に立ちはだかろうとしたときだった。


「そうだよ、もう止めておきなよ、お嬢ちゃん」


 ヨーナスの声に続いくのは、別の女の声。ジョージがはっと、そちらへ振り向くと、観客が開いた道を中心に両腕をギプスで固定した女が立っていた。


「コンドル……」


 ジョージが振り向いたとき、構えた高珊の柳葉刀は、遂にGLOCK18によって弾かれた。


「……ヨーナスさん!」


「これで本当にお終いだよ、高珊ちゃん」


 ギプスをはめた女はその様子に含み笑いをすると、文棋が斬った縄の間を通り、リングの上に立つ。どうして彼女がここにいたのか――、違法のリング場、そして彼女は元マフィア。その繋がりを解すれば、ここで特に述べるまでもない。


 涙を流しながら震え、型を構える高珊と倒れる文棋の横に女は屈み、二人と視線を同じくした。


「貴様ァ! 貴様がコンドルか!」


 一方でヨーナスはGLOCK18を素早く彼女に構えた。


「そこから離れろコンドル! もう全ては終わっているんだぞ! 今からやり返そうたって!」


「分かってるよ」


それは低く根太い、大人の女の声だった。


「確かにね、ただあたしが四年前のと関係なく、ただ『コンドル』ってだけで襲われたっていう真相は、幾らなんでも理不尽には思ったさ。しかしそれを差し引いても……彼は十分罰を受けた」


 リング場の入り口の方から、ヨーナスたちにとって聞き覚えのあるサイレンが響く。動揺し駆け回る野次馬共を背景に、高珊の胸の隙間から文棋が枯れた声で呟いた。


「フ……待ち伏せしていた卑怯者に、そんなコトを言われるなどト……」


 ヨーナスは、コンドルが銃を持っていたという証言を思い出す。やはりこの女も、―マフィアというのは所詮そういう者なのかと思い馳せるが――、


「違う」


 しかし女はそれをきっぱり否定した。


「あたしはあのととき、銃を持って待ち伏せなんかしていない。」


「嘘ダ……っ! だってお前あの時、銀色の銃を右手ニ……!」


「あれはっ……!」


 突然震えた声で女は言葉を詰まらせる。しばし俯き、涙を流さまいと顔を精一杯にひきつらせやがて女――、ジュリアは言った。


「あれは銃なんかじゃない……! スプーンだ! 夕食作りのために使っていた…スプーンだよ……!」


「ナ……!?」


 文棋はその言葉にひっと息をすって驚いた。その真摯な瞳から、嘘でないことを文棋は『気』で感じ取る。


「そんナ……オレは、あのトキ、勘違いしテ……!?」


 ジュリアの大声と共に、どこからか匙の落ちる音がした。文棋はその瞬間、すべての顔の筋力がなくなった。


「油断だったのかもしれない、それとも極度の緊張だったのかもしれない、どっちしろあんたが言ったねえ……、柳葉刀使いとしての矜持ってのはもう、あたしを襲った時点で自らの手で潰してしまってたんだ……! あんたはあのとき、確かに、何も持っていない女を武器で襲ったんだよ……!」


 ジュリアの悲哀の瞳を見て、文棋は無表情だった顔を次第にゆっくり歪ませると、やがてリング上を嗚咽で満たした。


 彼がようやく、負けを認めた瞬間だった。泣きながら抱きしめる高珊の腕を掴み、ゆっくりと顔を埋ませる。三人の涙が血と共にリングを濡らしていく。しばらくして、その様子にヨーナスはジョージに歩み寄りながら囁いた。


「これで彼は、本当の意味で罰を受けましたね」


 それに対し、ジョージは肩を押さえながら一言だけ返した。


「ああ、もうこれで二度と刃を握られねえよ。例え傷が治ってもな」

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