五、まさかのプラザにやってきた


「あぁー分かった。じゃーなんか分かったときにはまた、連絡頼むわ」


 NYの輝く夜景を眺めながら、携帯を窓に翳す人影がある。そこは、プラザの一角にある、誰もいない真っ暗な巡査(オフィサー)の内勤エリア。


 やがて、誰かの机の上に長い脚をかけ、座った人影――、ジョージは、卓上ランプがついだけの室内で一人タバコの煙を吹かしていた。


 ジュリアからの依頼を受けてから五日目。それによって今、ジョージは死んだ蒼い目で無機質な天井を見つめている。そして、彼は巡査という職権乱用を使いまくって得た「情報」を、頭の中で整理しているところであった。


「よいしょっと……」


 写真をディスクに戻し、ジョージがポケットの中から取り出した白いもの――、大麻ではない。それは、ジョージが書き連ねたメモ紙である。


それを見ながら彼はジュリアを襲った犯人、林文棋の人物像を紐解いているところであった。


 ジュリアを襲ったとされる林文棋という少年は、今いるなら16歳だ。4年前、林襲撃の際に右足を負傷、クレパのマフィアらに連れて行かれるところを持っていた柳葉刀で一掃して脱出した。


 それ以来行方は分かっておらず、おそらくどこかで匿われている可能性はあるが、とんと見当がつかない、といった状態である。


 いきなりどん詰まりになった犯人像であったが、メモ用紙に書かれた「コンドルオンリー」という文字を見てジョージは別の道筋を思い巡らせた。


 ジョージは初日、とりあえず襲撃事件に関わったクレパのメンバーを辿り、コンタクト取った。が、誰も彼も満州服の少年に襲われていない、ということを知った。


 その後も連絡がないことを見ても、今のところジュリアしか、その少年に襲われていないということになる。そこにジョージは引っかっていたのだった。


「たっく……、だから最初から、おかしいと思ってたんだよ…」


 悪態をつきながら煙を吐く。


「なんであいつらより関わりのないコンドルが……コンドルが、だけがなんだ?」


 意味もなく残りのメモ紙を読み進めると、「新しい発見」と線が引かれたその下に「ツインズ(双子)」という文字があるだけ。ジョージは「ああ」と呟きながら、手荒にその情報を掴んだことを思い出した。


 四日目のハーレム、手がかりを持つ男を路地裏へ追い込み突き、当たりのゴミ捨て場のへ蹴り飛ばす。仰向けにゴミ袋の中へ突き飛ばされ、鼻血を垂らしながら、顔を顰める男は、向かい合う銃口にわなわなと震えた。


「吐け。さもなけば撃つ」


「ちょ、ちょっと待ってくれぇ!」


裏声で叫ぶ男の鼻血が飛び散り、ジョージの頬に当たる。それが更にジョージの神経を逆なでさせた。喉を踏みつけ、後頭部をゴミ袋が破れる程に押し付けた。


「たっく、俺を見てすぐ逃げだそうとしなけりゃ、こうならなかったのによ」


「くっそ……」


 何も言わずにいる男の喉を更に強く踏みつけると、男はあがあっと呻いた。


「おてんと様に後ろめたことがあるんだか知らねえが、俺が知りたいのはそれじゃない、林文棋のことだ」


「林…ウェンチー…?!」


「ああ。お前、あん時はクレパの下っ端として、ヤツを連れ込もうとしてた一人だったろ? そのことについて知りたいだけだ」


「そんな…随分前の話なのに、今更ぶり返しやがって……!」


「言うつもりねえのか、あんのか」


「ねえ……!クレパの誇りにかけてでも、職業機密なことは……!」


「“誇り”、か。んなもん死んだら元もこうもねえだろ」


 男の耳元に発砲音が響いた。彼は声にならない悲鳴をあげて両手をあげて慄いた。


「うわあああ!やめてくれえ!大した話は聞いてねぇよい!親父の腕を潰した銃そのものが憎いとか、双子の妹に迷惑をかけて申し訳なかったとか、奴の口からはそれしか聞いてねええええ!」


 男の叫び声がジョージの頭の中に木霊した。


「……何が誇りだ、一発だけで壊れるザマかよ、くだらねぇ」


 吐き捨てながらメモ紙をくしゃりと潰し、机の下のゴミ箱に放り落とす。今まで調べ尽くして分かった新しい情報はそれ位であり、そこから先の話はジョージ一人に及ぶものではなかった。


「いっそのこと、ウェッブに話して協力してもらうか……?」


 と、腕を後頭部に回し、頭につけながら考えていた時である。ふと見遣ったパソコンの真っ黒なディスプレイの端に、人影が映っているのが見えた。それに振り向いた瞬間――、ジョージは驚きに肩を震わせたがそれと同時に、にやりと笑った。


「……はーん。まーさか。御本人がお出ましとはなあ」


 タイミングを見計らったように立つその人影は、窓の月明かりに反射した蒼い満州服を着る、面を付けた、〈奴〉だ。両手に柳葉刀を力なく持ちつつ、デスクとの間に整然と立つ紅い面は、暗い部屋の中で不気味に映る。


「お前、林文棋だろ」


 すると、構えようとした〈奴〉の動きが、その呼びかけによって止まった。


「しかし大したもんだな。ここは天下のプラザ様だぜ。テメエ、どうやって入ってこれた」


 〈奴〉は黙って、奥へ親指を立てる。その先には、突き当たりの窓ガラスが割れている。


「ふうん……テープでも貼って音を消して侵入ってやつか。お前らカンフー使いお得意の、ワイヤーで登ったってワケね?」


 〈奴〉はジョージの皮肉も聞こえないように、ただ黙って立っていた。しかし、そこからジョージは〈奴〉の憎悪と憤怒を感じ取る。ショルダーホルスターに掛けてる黄金銃に対して、深く、哀しい程の。


「おまえに聞きたいこたァ、色々あるが今はこれだけにしておこう」


  ジョージも立ち上がって〈奴〉と向かい合い、ホルスターに指をかける。


「お前、なんでコンドルを刺した」


 〈奴〉は答えない。


「なんで、コンドル『だけ』を刺したんだ」


 やはり〈奴〉は答えない。


「なんとか言ったらどうなんだァ!? あァあ!?」


 そこで、短気のジョージは苛立ちと怒りを露わにした。溜まりにかねて側にあったゴミ箱を蹴り飛ばす。鈍い缶の音を立てて飛ばされたゴミ箱を、〈奴〉は影にして、突然机の上に乗り駆け出した。


「!?」


 視界をゴミ箱に遮られたジョージは、黄金銃を取り出して構えるも、焦点が定まらない。気付いた時には〈奴〉は飛び上がり、柳葉刀を銃を持つジョージの腕へ目がけ振り落とそうとする瞬間にいた。それにジョージは後ろのディスクに片手をつきバク転する形で振り下ろされた柳葉刀を脚で挟む。それを抜き取り、後ろのディスクに側転着地。脚にはしっかりと柳葉刀が挟まれていた。


「はっ、もう取られやんの!」


 ジョージが嗤う顔に続けて、蹴りが入れられる。ジョージは両腕を広げ身体を縦にして避けたが、〈奴〉はディスクの上で手をつき態勢を変え、両足を並べてジョージの胸を蹴った。その痛みにも構わずジョージは両腕で彼の脚を挟み、柳葉刀を挟ませながらそのまま宙返りをする。と、脚をとられた〈奴〉もそれに連動して回転し、ディスクの縁に顔を打ち付けられる。それと共に柳葉刀も両方落ちた。


「あガッ……!」


「just hit!!」


 痛みに声をあげた〈奴〉に、手ごたえを感じたジョージは、素早く片手に銃を男の背中につきつける、がしかし、片手の力で抑えていた両足はあっけなく振りほどかれ、ジョージの顎を連続して素早く蹴った。その衝撃でジョージは向かいのディスクに仰向けになるように倒されたのだ。


「くっそお!」


 ディスクとディスクの間で柳葉刀を持とうとする〈奴〉の右手を、ジョージは仰向けから飛び出して踵で思い切りふみつけようとする。が、寸で横に後ずさって避けた〈奴〉は柳葉刀を瞬時に拾いあげ、ディスクの脇へと飛び出した。


 それに続いて、胴体に向かって斜め斬りする〈奴〉に対し、ジョージは黄金銃で肩を撃ち飛ばした。えぐれたままでも構わず斬ろうとする腕を、そのスピードに追いつけず銃口でもって刀身を押さえつけてしまった。しかし、それと同時に血も吹き飛んだ。


「うっがああ!」


 が、既に柳葉刀はジョージの左肩に切り込まれてしまった。しかし、ジョージはそれを固めてはこれ位以上動かすのを歯を食いしばって許さない。もう一つの柳葉刀も先に奪ったジョージの肘で押さえつけられている。


そうして、お互いここで引いたら一本とられるという、膠着状況に陥った。


 体力的には大差なく、お互い全体力をかけながらも、睨み合ったまま全く動けなくなった。


「く……っ!見くびりすぎなんだよ。あの間合いならどうせ一発くらいは当たんねえと思ったんだろ? ディンゴならそうだったろうが、この俺は一撃必殺派なんでえ……っ!」


 深く切りつけようと押し付ける〈奴〉の震える右手を押さえながら、ジョージは額に汗をかきつつ嗤う。その相手を下卑とみる笑顔に、男は面の中から黒い瞳を瞬かせ、


「クソッ……!」


 と、蚊音のごと悪態をつく。上下左右に震える面の動きに、その中に見える黒い丸。それに異様な気味悪さを放つ。そすて、お互いが一歩も引かずただ、体力だけを使い果たすまでになっていくころであった。


「ちょ。何やってんの君たち!?」


 突然、ドアの開く音がして部屋が明るくなったと思えば、アレクサンドルがドアの前で叫んでいた。組み合う二人の様子に、アレクサンドルは何が何だか分からず立ち尽くしている。一方ジョージは、仮面の男が彼を見ながら右腕の力を一瞬抜いたのを感じ取る。「やべえ、アレクサンドルがやられる」――、


「アレックス! SHOOT!」


 ジョージの怒声に、アレクサンドルは慌ててリボルバーを取り出した。しかし、元々射撃の苦手なアレクサンドルに、高威力のリボルバーは合わず、つんざくような音を立てながらも、向こうの窓ガラスにてんでばらばらな方向に当たった。


ジョージの手から離れた〈奴〉の右腕は、手首を振って、柳葉刀をアレクサンドルに飛ばす。回転した柳葉刀はリボルバーの銃口に突き刺さった。その間に男はデスクの脇へと飛び、窓へと駆ける。


「野郎がっ!」


 ジョージが左でギルデットの弾を放つも、男が投げたクナイの1つが偶然弾の先端にあたり、それを弾き飛ばす。それを避けようと身体を傾け焦点をはずした間、そして、走る勢いと共にクナイを窓ガラスに突き立て割って飛び出て、逃げたのだ。


「くっそ!」


 すかさずジョージも窓に向かって走るも、奴は眼下に広がる森の中へ駆け込み、すぐに姿が見えなくなってしまった。


「ち……!」


 舌打ちし血が滴る肩を押さえるジョージを、アレクサンドルも続いて駆け寄り、申し訳なさげに窺った。


「す、すまねえなジョージ……。俺の全く当たんなかった……」


「ああ全くだ、下手くそ! てか、まだオートに変えてなかったのかよ!」


 それに、きっとアレクサンドルを睨みつけ、ディスクに戻るジョージは悪態をついてゴミ箱を蹴り飛ばした。


「ジョージっで、でも、なんだってンだあれ!? チャイナ服に変な仮面を着た男

と、なんでこんなところに争ってたんだ!? てか誰!?」


 アレクサンドルも割れた窓から下を見下ろしてみるが、やはり黒い森が見えるだけである。ジョージは彼の声には応じず振り返り、めちゃくちゃになったディスクの上を揃える仕草を始め、何かを取り出した。


「と、とにかくお前の銃声で今、他の奴らも黙っちゃいないだろ。これから刑事部に寄って事情話してくっから! お前はそこに待ってるんだぞ!」


と、やがて震えた指を差しながらアレクサンドルは部屋を出た。再び誰もいなくなった部屋、遠くから聞こえる騒ぎ声。窓から吹く冷たい風がジョージの金髪なびかせる。その中でジョージはただディスクから取り出した写真を虚ろな水色の目で見ていた。


***


 プラザへの帰り道。ヨーナスはぼんやりと街灯にそって夜のNYを歩く。少女との楽しい時間を思い出しながらも、心のどこかでやりきれなさを感じていた。彼女自らが披露した華やか、かつ優雅な剣舞を見る度に浮かび上がる「犯人」という疑惑の念が、ヨーナスの奥から蠢いてくる。


 信じたくはない、しかし信じる根拠もない。


 どっちにもつけない歯がゆさを噛みしめながら、突風が奔る道路を歩いていた。横手にそびえたつプラザを見上げたとき、遠くから見える、灯りのついた四角い窓に浮かぶ人影の動きに、ただならぬ雰囲気を感じる。


「どうしたんだろう・・・。」


 と、思いつつ、プラザの入り口に入った。暖房の効いた吹き抜けのホールにほうと安堵のため息をついたとき、奥のほうからアレクサンドルが駆け寄ってきた。



「あれ、どうしたんですかこんなところで」


「どうしたもこうしたも! ずっとお前のこと待ってたんだぜ!?」


 やはり何かあったのか、と汗をかき息を切らす彼を見下ろしながらヨーナスは悟った。


「お前、ジョージのこと知らねえか!?」


「ジョージさん?ああ、そういわれてみれば……」


 ジョージとはあのスタバの日以来、会っていなかったことを思い出す。


「ジョージさんに何かあったのですか?」


「ああ、こりゃ大変なトラブルだぜ! よりによってここの内勤フロアで、ジョージが突然小柄の男に襲われたんだってんだからな! まあ、今なんとか助かって、治療室で斬られた肩を治しているところなんだけどよ」


「襲われた!? まさか、ギャング時代の因縁をつけられてしまったとか!?」


「いや、そんな感じじゃなかったな。なんか不気味なヤツだったぜ。蒼いチャイナ服着た仮面の男が、ジョージの上に覆いかぶさっててだな」


 アレクサンドルの言葉を聞いたとき、どっと汗が溢れだす。そのままの意味で捉えるのに数秒かかった。


「その男の正体とジョージの因縁とで、この通りプラザも大騒ぎさ。ところでさ、お前、これに見覚えある?」


 アレクサンドルは窮屈そうに内ポケットからあるものを取り出す。


「俺がジョージを見た最後、コイツを手に持っていたのを見たんだよ。誰に聞いても心当たりがないっていうからよ、バディーのお前ならジョージから何か聞いてねえかと思って」


 彼から受け取ったのはしわくちゃになった古い写真。そこに残る血痕に一瞬どきりとしながらそれを押し広げたとき、ヨーナスの心臓は更に高鳴った。


 ヨーナスの目の前にいるのは一人の男と一人の子供。そして、子供の顔こそが、杓高珊そのものだったのだ。


「そ、そんな……!なぜ……!? なぜジョージさんが高珊さんの写真を……!? しかも、こんな昔の……!」


 父親は違う。しかし子どもの顔はその大きな瞳、赤みをおびた頬、小さな唇、どのパーツをとってもその少女の顔と一致している。


 今、アレクサンドルがいなかったらこの場で立ち崩れるところだとヨーナスは思った。彼のかけ声をぼんやりと聞きながらも、ヨーナスはショックにうちひしがれる頭で情報を整理する。


 手に持っている写真、そこに映る知り合いの顔、ウェッブが言う連続警察官殺傷事件の犯人、襲われたジョージ、ジョージが持っていたこの写真、剣舞を披露する少女の笑顔、蒼い満州服を着た仮面の男、銀色に光る柳葉刀。


「だめだ! こうしちゃいられない!」


 ヨーナスは顔をあげ、プラザの入り口へと走り出した。


「おおおおい! 待てよ! 俺、また置いてけぼりなのかよおおおっ!?」


 一方、アレクサンドルの叫び声がホールいっぱいに響くのを背後に、ヨーナスは夜の街を再び駆け出したのだった。

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