三、もう一人の柳葉刀使い

 チャイナタウン。それを東西に斬って渡るキャナルストリート。そのはずれの、またはずれ。そのとある小さな中華料理店にて、ヨーナスは薄汚れたコップの底を気にしながら、冷たいチャイティーに手をつける。一口溜めて、ごくと喉に通すとそこから甘い香りが心地良く広がった。


「美味しい……!」


「美味しいですカ?」


 少し音調のはずれた声に顔を上げれば、先ほどそのコップを持ってきた満州服の少女が盆を後ろに回し、黒く大きな瞳を瞬かせながら、ヨーナスの様子をうかがっていた。


「あ、うん……! とても美味しいですよ!」


 それに戸惑いながら答えると、少女は程よく膨らんだ桃色の唇で小さく微笑んだ。その一瞬の華やかさにヨーナスは再びチャイティーを飲み込む。


「あノ……お客サン……ご注文ハ?」


「あ、そうでしたね、はい……じゃぁシーフードラーメンをお願い出来ますか?」


「爸爸! 海鲜面条!」


 弾けた少女の声に、野太い声が「おう!」と、答えた。すると。カウンターの向こうにある厨房で、ヨーナスは金属の音を立て準備を始める父の様子を確認する。やがて少女は、軽やかに短い丈のスキャットから細い太腿をちらつかせ、奥の方へと移動した。


「あんなに小さいのに店の手伝いとかエラいなあ……に、しても可愛い……」


 ヨーナスはガラスのコップごしに彼女をうかがう。常連であろう客と中国語で楽しそうに会話する彼女は、金縁のノースリーブからはみでる小さな肩をあげ、片方にまとめた三つ編みを垂らし、長い睫を瞬かせていた。


小さいけれども筋の通った鼻。丸い輪郭にほんのりと染まる桃色の頬。年端のいかぬ「少女」ならではの魅力のすべてが揃う容姿を為していた。


 厨房を取り囲むL字型のカウンターに、3、4つのテーブル席しかない小汚い中華料理店に関わらず、客が人知れず来ているのも彼女のおかげであろうとヨーナスは察する。しかしその一方で彼女は知らない。


自分自身が今、この巡査によって監視されていると言うことを。


***


 それはジョージがいない日、いつものスタバで抹茶ラテを飲んでいるときであった。突然鳴り響いた携帯に応じると、それは『NYの悪夢』以来から、知り合ったウェッブからだった。


「おう、最近どうだい」


 と、いつもの挨拶はさておき、ウェッブがそのとき頼んだことが、この中華料理店、「 高璘(コウリン)」の看板娘、杓 高珊(シャク コウシャン)の監視役であったのだ。


「巷では秘密な話なんだがな、最近お前たちのような銃の名手たちが、京劇の仮面をつけた柳葉刀使いに家で襲われ、腕を斬られる事件が起こってんだよ。その重要参考人のいる店に、しばらく常連として監視してくんねえか?」


 ヨーナスは眉間に皺を強く寄せた。


「はあ……。突然かかってきたと思ったらそれですか……。そんな急に言われましてもね……。もう少し具体的に教えてください。一体何の根拠で、女の子をそんな物騒な事件の、重要参考人にしているというのです?」


「犯人の特徴だよ」


 ウェッブは間を開けずに答えた。


「襲った時のヤツの格好ってのが、こっれがまた、アメコミみたく派手でな。青い満州服に白い京劇の面。赤い彩をつけた柳葉刀2つを構えて、小柄な体格と身軽な業で、まず相手に銃を持つ手間を与えてから、その瞬発力にかまけて薙ぎ倒すってんだ。そんなのいくら世界のNYサマでも、当てはまる奴は限られてくんだろうよ」


「なるほど。典型的な愉快犯の特徴ですね。『銃を持つ手間を与えてる』というところで、腕試しをしている傾向も見えます。それで、その高珊という少女が?」


「ああ。あの『NYの悪夢』ン時に捕まえた、裏にも詳しい中国人に聞いてみたらよ、小柄な体型と柳葉刀使いということで当てはまるのは、知る限り彼女しかいねぇんだってよ。だか如何せん、奴は男との区別もつかねえ、『girl』だぜ?情報源も心もとねえし、頭の貧しいFBIも勿論首を縦に振らねえし、正式な捜査ってのが出来ない状況なんだわ」


 いらぬ愚痴を含めるウェッブの音漏れに、こちらを窺う通り際の客やカウンターの店員から避けるよう、ヨーナスは屈み小声で「はいはい」と、応じる。


「それで、非公式に私が調査しろ、ということなのですか」


「ああ。捜査権のねえただの巡査が来ても驚かねぇだろうし、動揺したらしたで問い詰めやすくなるだろ?」


「ただの巡査は余計です」


「あ、そうだったな。NYPDのディンゴ君!」


「そういう意味で言ったんじゃありません!」


 わざとらしいウェッブの態度に声を荒げるヨーナス。携帯の中で低い笑い声が響いた。


「ンな冗談はともかくとして。俺らは別方面で調べみっから、とにかくお前はこれから、休憩時間かシフト後に彼女の監視を頼むぜ。何故柳葉刀なのか、なぜ満州服なのか、何の理由で、銃の名手ばかりを狙うのか。その手がかりが少しでも得りゃれれば、逐一報告するようにな」


「え、ちょっと」


「え、何断んの。断ったら規定外の銃所持してること、FBIにバラすから」


 私を指名したホントの都合はそれか! と、ウェッブの思惑に歯軋りするヨーナスに、最後にこう付け加え、ウェッブは電話を切った。


「じゃーよろしく頼むわ。次に狙われる『銃の名手』ってのは、お前やジョージの可能性もあるからな。そこんところも注意しとけよー」


 そうして今に至るのである。

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