三 柳葉刀編

一、突然の襲撃者

 GUNMANG EORGEも無事に第3話に至り、ようやくここでいわゆる「ヒロイン」登場の回となった。


 前回のカンジョン・ミナがそれではないのかという、某ミナファンという読者からコメントをいただいていたが、これから出てくる彼女こそ、ヒロイン「役」に相応しいと思うので、ご理解をいただきたいと思う。


 彼女は今後ともジョージ、ヨーナスに関わる人物に留まらず、思想的な意味でもそれぞれに影響を与える人物でもある。今回、ここで取り上げる内容の終盤にも少々そういう思想的要素が入っている。


 その事についてどういう判断がつくのかは、すべては読者の思う通りだ。今回はそれを考えることも含めて、楽しんでいただければ幸いである。


                

ジェームズ・ラングドン氏の再会を願って


イゾルデ・エリザ


***


 それは月明かりが眩しい、静かな夜の時だった。


 だらりと垂れ下がる右腕には深い刺し傷があった。その真っ黒な傷口から赤く太い筋を為して血が垂れて、カーペットへ落ちてゆく。それに伴う激痛に耐えながら、その腕を掴む女――、ジュリアは、準備が行き届いた机の上の夕食を横目に、リビングをのたうち歩く。


 旦那の帰りを待ちわびて、チャイムが鳴ったところを開けたら、このサマだ。


 ジュリアは不用心だった自分の不甲斐なさに舌打ちしながら、今はただある物を取るために歩いていた。後ろからついて行く黒影に今度は右肩を刺され「がは」と呻き声を上げながらも、倒れることなく一歩留まる。


 重なる激痛に声さえあげることも出来ない己が、この状況を打開する方法は一つ。


 ジュリアは歯を食いしばり一気に踏出しては、残った左腕でリビングのドアを開けた。それからすべての力を振り絞り、そのテーブルの上に置いてある、銀色に光るものに素早く手を掲げる。が――、


 その時を待っていたかのように、黒影は、震えるジュリアの左腕の動脈に沿って光る刀を突き刺したのだ。鈍い音が残酷にジュリアの希望を引き裂いた。


「うっぐう、く……そ……!」


 ジュリアはそこで顔を顰め、絶望を胸に走らせながら意識を失い、机の上に倒れ込む。彼女の手の先には、銀色に光る物――、SIGP226が、主人の飛び散った血を一身に受け、暗がりの中不気味に瞬いていた。


***


 「ジョージーッ!」


NY、ロウアー・マンハッタンの大通りに位置する、スターバックス。少女の黄色い声に応じ、黒縁メガネの青年がやってきた。それに少女は不満気に頬をふくらませながら二つのカップを手渡した。


 その中で一つだけ明らかに多くシナモンがかけられた方を、青年は窓向こうの景色を見ながら煙草を燻らす、ジョージと呼ばれた男の前に置く。


「禁煙ですよー」


 と、向かいの席の彼に、青年―ヨーナスは呼びかけるも、


「知ってるー」


 と、だけジョージは答え、視線を景色に向けたまま、片手でカップを掴んで口につけたのだった。


「なんだったら、止めて下さいよ……」


 それに、いつものように眉間を押さえながら、ヨーナスもカプチーノにゆっくりと飲み込む。


「つーかさ。なんでいつもここなわけ」


 やがてふと、ジョージが突然鋭い青い目線をヨーナスに向けて言った。


「ヘ?」


「パトロールや内勤の休憩先だよ。なんでずっと、ここなわけ。スタバって高けえし、Macにすりゃー安上がりなのによ」


 抹茶色の壁と漆塗り木の柱に囲まれたスタバの内装を見ながら、きょとんとするヨーナスに、口を尖らせるジョージは悪態をついた。それに対しヨーナスはああ、と目を伏せながら笑う。


「それはですね。Macやウェンディーズは混みやすいし、学生が騒いで五月蠅いものですから、休憩中くらい、大通りのこうした静かなところにしたいなと思いまして」


 目を伏せてにこやかにカプチーノを飲むヨーナスであったが、ジョージは肘をついたまま機嫌を直さない。


「ンなだったら最初から言えってんだよ。休憩しようって言いながらスタバ入っていったときにゃ、俺に選ぶ権利はないのかって思ったぜ」


 と、言うジョージの不満に、ヨーナスは突然大きな音を立て、カップを置いて答えた。


「何言ってるんですか! 貴方こそ入った瞬間にカプチーノ2つとか勝手に言っちゃって! 私にも選ぶ権利はないってんですかって思いましたよ!」


「んだよるっせーな。コーヒーはカプチーノ以外何頼むってんだよ」


「何言ってるんですか! 普通に他もあるでしょう! 私抹茶ラテ頼みたかったのに!」


「抹茶ラテエ? はっ。んな茶なのかコーヒーなのか分かんねーの飲んでるから、ブレる奴って言われてんだろ」


 その声に、二股メールを送っている男が、抹茶ラテ片手に、青ざめた顔でジョージを見た。


「へええ! よりによってジョージさんに一番痛いとこつかれるとは思わなかったですね! 謝れ! 世界中の抹茶ラテファンに謝れ!」


 と、そんな不毛な休憩時間を妨げたのは、ジョージのスマートフォンであった。


「おっと、誰からだ?」


 憮然としてカプチーノを飲むヨーナスを他所に、ジョージは素早く応えた。ヨーナスが僅かに聞いたのは女の声。すると、いつものように女性の誘いに突っぱねる様子もなく、それに答えるジョージを意外に思いながら、睨み付ける彼から避けるよう視線を風景に映す。


 客待ちのイエローギャブや、装飾のいかつい向こうのビルの中から見える骨董品を見つめながら聞こえる電話の声は、内容は聞こえずともどこか切迫している様子である。それに相づちをうつジョージ。やがて一言を残して、電話を切った。


「え、ジョージさん。今なんて」


 最後の一言に聞き捨てならずと睨むヨーナス。それに構わずジョージは、そそくさとカプチーノを飲み干して立ち上がる。


「ちょっと。『今からそっちに行く』ってどういうことですか、ジョージさん」


「そのまんまの意味だ。じゃ、このまま俺は帰るから」


 そうして、ショルダーホルスターを掛け直す飄々とした態度に、ヨーナスは怒りを露わにした。


「ちょっとお! 勝手なこと言わないで下さいよ! まだシフト終わってないってのに!」


 その後、急にヨーナスの説教が途切れたのは、ジョージが通り過ぎた拍子にヨーナスのカプチーノを落としたからだ。テーブルいっぱいに広がるカプチーノに叫び声をあけるヨーナス。それに脇目もふらず、ジョージはポケットに手を突っ込み、そそくさと出て行った。一方で、ヨーナスの叫びに劣らない少女の声は、出口へと去っていくジョージの背中に向かって――、


「また来てくださいねー!」


と、手を振ってかけた。
















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