五、 そして始まる物語
「お帰り! ヨーナス、お前もう大丈夫なのかー!?」
アレクサンドルがヨーナスにしがみつく。大丈夫じゃなかったのは君のせいだと、また疼きそうになる痛みを誤魔化し、ヨーナスは笑っていた。
あの事件から数年。弾傷した入院とリハビリ、本職復帰に至るまでの内勤――、いわゆる謹慎を受け、ヨーナスはプラザに帰ってきた。それをアレクサンドル含めた仲間たちが、プラザの広場で快く向かい入れ、抱擁を交わす。
「ありがとうございます。わざわざ仕事の合間を作って、みんなも、ウェッブ殿も迎えてくれるなんて……」
「ヨーナス巡査! 復帰おめでとう! 後遺症とかは大丈夫なの!?」
「ええ、私、入院してから初めて気づいたんですけれど、今、医療技術ってかなり進歩しているんですねえ。最初は喪失も覚悟の上だった怪我が、今やこの通り元通り。いや、もっと強くなってしまったような気がするんですよ……」
「やっだあ。そんな、修理した宝石みたいな言い方しなくても」
と、傷もなく逞しい腕を見せるヨーナスと仲間が笑い合う中、それを遠目に見るウェッブはぎこちなくそれに続いた。
やがて、休み時間も終わり、皆がそれぞれの仕事に取り掛かる頃、ウェッブはヨーナスを呼び出して部屋へと招き入れた。それは刑事部の一室。巡査にとっては憧れの仕事場だ。
「え、こんなところに、呼び出して何の用なのですか……」
「あ、最初に言っとくが、ここにしたのは偶然人がいないからな」
もしかして、この貢献で試験なしで刑事にまで一気に昇格とか!? と、言いたげな瞳に釘を刺したつもりだったが、その見当は外れ、ヨーナスは全く動揺する素振りを見せない。どうやら彼には昇格願望もないようだ。
「ったく、どこまで律儀なんだよな、お前は」
と、微笑み、いっそのことと開き直ったウェッブは、思い切り振り返り、笑顔でヨーナスを見下ろした。
「とりあえずは、まあ、復帰おめでとう、だ! ヨーナス! お前の元気が見られて来たかいがあったぞ! いやあー良かった、よかった!」
突然のハイテンションにヨーナスは戸惑い、顔がひきつっている。しかし、それをも真面目に受け取って、ヨーナスは感謝の言葉を述べた。
「あ、ありがとうございます。直接ここまで言ってくれるとは本当に嬉しくて、って、うわぎゃあああああああ!?」
すると、当然の恐怖にヨーナスは目をひん剥き、続く言葉は絶叫となって広い部屋に木霊した。無理もない。それは今、自分をかつて殺しかけた張本人がドアを蹴り飛ばし、自分と同じ漆黒の巡査服で目の前に立っているのだから。
「ひいいい……! どうして、どうして今、ココに!?」
ヨーナスはバランスを崩し、腰を抜かす。混乱と怖れに震えるヨーナスに対して、ウェッブは精一杯の笑顔のまま、この状況を説明した。
「はい、というワケで、今日からこの、ジョージ・ルギッドも訓練を終えて無事に合格、巡査としてこのプラザに来ることになりましたー。マフィアの情報を提供してもらう代わりということで、なってもらったんだぞー。ちなみに今日から相棒はお前とだからねー。って、コトで、特別にお前のGLOCK18C所有許可もこれにて承認! じゃあ仲良くしとけよ! グットラック!」
ヨーナスが答える間もなく、箇条書きに説明を終え、ウェッブはそそくさと部屋を出ててはドアを閉めた。
「すまない、ヨーナス。今の状況は、お前にとっちゃまるで下手なホラー映画、全く笑えない冗談だろう! しかしな、ヨーナス。このNYPDの中で、猟犬と唯一渡り合えるのは、やはり同じ類の犬しかいねえんだよ……! 頼む、何とかうまくやっとくれ……!」
そうしてウェッブは走りながら、彼らの行く末を祈ることしか出来なかった。一方ヨーナスは、彼の説明を反芻しながら頭を抱えていた。
夢のような話だと思った。刑事部の部屋、ウェッブの言葉、今目の前で宿敵だった奴が同じ服を着て、あの時の青い瞳で見下ろしているというこの状況。
白い肌に細身の身体を持つ彼の巡査服は、彼より馴染んでいる自分の方が見劣りしている程、実によく映えていた。ジャケットを着てないため、丸見えな革製のショルダーホルスターからは、自分を襲った悪趣味な黄金銃が輝く。
それに、彼に一度殺されそうになったあの夜の出来事を瞬時に思い出し、鳥肌さえ立ってしまいそうだ。それをふまえ、これは紛れもない現実なのだと、ヨーナスは嫌でも実感した。
「く、くっそおー」
ヨーナスは今すぐ、目の前の奴にGLOCK18をぶちかまたいと歯を食い縛ったが、如何せんここはプラザ、そして宿敵は今や仲間となっている。長い沈黙の後、ヨーナスは迸る憎悪を唇震わせて押さえつけ、徐に立ち上がり、やがて手を掲げた。またその鳩尾に拳をぶちこみたい衝動もごちゃまぜに追いやって、今はただ手を差し伸べる。そして下手くそな笑顔で挨拶をした。
「初めまして、でしょうか……ジョージさん。私はヨーナス・トラヴィスです。どうか、これからよろし」
言い終わる間に軽い音が響いた。ジョージがヨーナスの手を弾いたのだ。
「知ってる。あン時に言っただろうが。いっとくけど俺、テメーとは馴れ合うつもりねーから」
それから、吐き捨てるように答え、ジョージはヨーナスの横を通り過ぎた。ヨーナスの必死の努力は杞憂に終わる。叩かれた手の痛みは引かぬまま、取り残される。そして――、
「いやだあああああああああ」
今はただ、これから起こりうる過酷な人生を、顔を手で覆って嘆くことしかできなかった。
〈終〉
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