第7章 アウトサイダーいざ馴染め
第24話 レアケース
新入生お披露目会というFMBTが終わって、俺たちは早くも一つのお別れを済ませていた。
「約一ヶ月。ともに過ごした時間は、それはもうかけがえのないものでした……ありがとう、鶴島学園……ありがとう精霊ちゃん……わたしのこと、どうか忘れないで……っ」
空を仰ぎながら、猿井はほろりと涙を流す。
「……猿井さんの嘆きはいつまで続くのかしら……?」
精霊とは新入生お披露目会限定で、学生と行動をするサポーターだった。そのため、最終日の本日、表彰式の最後にみなお別れをしたのだ。あれは感動的だった。その他にもいろいろとあったのだが、それはまたのちほど。
涙と歓喜の表彰式の後、兎川と俺はいつもの会議室に集合していた。この部屋とも今日でお別れなのである。
「はわぁ……いやあ、ついに終わっちゃいましたねぇ……」
「ずっと思っていたのだけど、なんで猿井さんが一番しんみりとしてるの?」
「というか、なんで猿井までここにいるんだよ?」
「そ、それはですね……誠に恐縮ながら、わたしが解説担当になりまして……どうせ詳しいのだろうと、牛久先生から信頼のこもった瞳で押し付け――コホン、任せられたのです」
めちゃくちゃ言いかけたな。というか、ほとんど言ってたじゃねーか。
「ご、ご心配なく。先生と綿密な答え合わせをしてから参ってますので……!」
そこはご心配じゃないが、まあいい。猿井の知識は最初から疑っていないしな。兎川の顔色を見るに、彼女も同じ気持ちのようだ。
「で、では、お二人が獲得された『特別優秀賞』についての解説を始めます。つまるところ、これは『精霊』関係を観点とした表彰なのだそうです。毎年出る賞ではないため、内容は原則非公開で、獲得したペアのみに明かされるというものらしいですよ」
「へぇ……そんなシステムあったのね。知らなかったわ」
「中学生も見てるからだろうな。それを表立っての目標にされるのは、大会としての趣旨が異なってしまうとかで」
「ですです。……あ、わたしの場合は説明報酬として教えていただきました」
正確には、説明報酬として「特別に教えるからついでに伝えておいてくれ」というところだろう。猿井なら明かしたところで、下手に拡散される心配はないもんな。そういうトコあるよ、牛久先生には。
「で、その具体的な内容はなにかしら? なんとなく予想は付いているのだけど、猿井さんの口から聞かせてもらうわ」
「は、はい。そうですね。まず、精霊の存在についてです。彼らは、新入生のサポーターでありながら、同時に審判でもあったのです」
「つまり、精霊がいない人たちは早くも見限られたということね。亀山くんがそうでなくて安心したわ」
「おい、そりゃどういうことだよ」
「別に?」
「あはは……。次に、精霊の『衣装チェンジ』についてのお話です。あれは『優れた絆が結ばれたペア』と精霊が判定した場合に起こることで、要するに『絆の可視化』です。彼らに対して真摯な接し方をしていた、かつ、ペアとして様々なことを乗り越えた証というわけです。実際、大会優勝よりも希少度が高いのですよ。SSRくらいです」
ほほう、分かりやすい。オタクはこういうところが便利だよな。だいたい通じ合える。
ふむと頷いた俺の横で、兎川は「SSR?」と首を傾げている。カードゲームやらソシャゲやらをかじったことがないようで、どこもピンと来ないようだった。
「ダブルスーパーレアとか、スーパースペシャルレアとかそんなところだ」
「要するに、とにかく珍しいってことでいいのね?」
「ああ、それで平気だろ」
「……だからあのとき、狸原さんはああ言ったのね。彼女は知っていたのかしら……?」
――せめて優勝くらいしなきゃ、たぶんアンタに並び立てないし。
うっすらと聞こえていたセリフはこんな感じだったと思う。
非公開の情報を知っているはずはないが、陽キャ世界には情報網があると聞く。というか、犬森とか絶対そこにいる。だから、その住民たちに噂が広がっている可能性は十分にあった。
単なる憶測の中に真実があることもあるだろうし、実際に異質なことが起こっていれば着実な推測にだってなるだろう。情報は思わぬところで漏れるからな……。
「てなわけで……この特別優秀賞は『精霊と一定以上の絆を深め、最も優れた絆を結んだペア』が獲得できる最高位の賞というわけです。トガちゃん氏、亀くん氏。改めて、おめでとうございます……っ!」
「ありがとう、猿井さん」
「ああ、さんきゅ」
しかし、改めて考えると「絆の可視化」って、ちょっぴりむず痒くなる話だな。それでも、ずっと一緒にいた精霊たちが評価してくれたのは純粋に嬉しい。まあ、いろいろとあったからな。今だって、現在進行形で不可解なことが起こっているし。
「それで、こっちは一体何事なんだ?」
本来、精霊とは新入生お披露目会でのみ、学生と行動をする。ゆえに、大会が終われば去ってしまうもので、みなお別れをした――はずなのだが、俺の精霊はなぜだかずっと残ってくれているのだ。もちろん嬉しいが、理由が気になる。
「亀くん氏が気に入られたのか、それとも単に魔力が相当美味しいのか。ハッキリはしませんが、わたしの結論としてはそんなところです。超絶レアケースですよ。URよりレアです」
「その、魔力が美味しいってのはなんだ?」
「一説によると、精霊はサポートする相手から魔力をもらっているのだと言われています。だからこそ、亀くん氏が身に着けていたブレスレットに抱き付いたのかと」
それはつまり、俺と精霊くんの相性がとても良くなったということでは? 最初の頃は、あんなにも大きかった距離が縮まってくれたということでは?
「そうかそうかぁ〜」
「亀山くん。その、ふにゃ〜とした顔やめて。頭がすこぶる悪く見えるわ」
以前、似たことで星良から「気持ち悪い」と言われたことを思い出す。もしかしなくても、同じ顔をしてたんだろうな。
「うっ……ういーす……」
「その返事はなに?」
「他人からの指摘で、気持ち悪さを自覚したことによる大ダメージの返事だよ。ほっとけ」
漫画だったら「ズーン」という効果音が書き込まれていいくらいの落ち込み度だ。
俺を慰めるように、精霊が手を伸ばしてくれる。今までは触れられなかったため、おそるおそる応えてみると――。
「あれ? さ、触れてるぞ……!」
つい感動の声が、心の底から漏れ出てしまった。こ、これ、夢じゃないよな?
フードを取って顔を見てみると、さらにかわいらしい。精霊の肌ってこんなにも、ぷにぷにしてるんだな……。髪は前と変わって、三つ編みになっているのか。いいじゃないか。目の隠れた前髪が変わっていないところも分かっている。
「はぁ。今に始まったことじゃないでしょう? 決勝戦ではあなたの肩におさまって観戦してたじゃない」
「え、そうだっけ……?」
そう言われてみれば、三位決定戦の終わりにハイタッチをした気もするな。
「……そうだったかもな……うん、思い出されてきたぞ……」
「まさかの無意識だったなんて、信じられないんだけど……」
そんな兎川の呟きを聞きながら、猿井がうずうずと興奮した様子を見せる。
「くぅ~……っ。やはりそのようですね! 亀くん氏の属性に、じわりじわりと適応していったのでしょう! わーっ、いい論文が書けそうです!」
俺はたまに、猿井が本当に高校一年生なのだろうかと首を捻ってしまう。こんな同級生がいるなんて、凄すぎて信じられない。誇らしすぎる。
「では、わたしはお役御免なので、これで失礼しますね!」
「え、ええ……」
「お、おう……」
突如として発揮される猿井の敏捷さも、未だに信じがたいものだった。
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