第22話 三位決定戦・開幕!
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昨日と全く同じ舞台に立っているのに、気持ちとしてはまるきり異なるものだ。高揚感というのだろうか。俺は今、とても純粋にわくわくとしている。まさか、学校でこんな気分を味わう日が来るとは思わなかったな。
それ以前に、左腕にギプスをはめてまで学校行事に参加するだなんて、ちっとも予想もしていなかった。念のためにと、固定ベルトでしっかりと腕を吊っている重装備だし。
「兎川。犬森が行ったぞ」
『了解。展開するわ』
本日の作戦はこうだ。
一、攻守交代。二、連携すること。三、連絡を取り合うこと。四、焦らないこと。
まあ、俺が無理しないことは当然として、その四点を掲げた。
俺は開始後すぐに敵陣へ向かって走り出し、しばらくの間は森に潜んで様子を見ていた。
偵察と言えなくもないが、実のところは兎川の属性をこの目で見ておきたかったというのが最大の理由だ。ゆえに、途中で犬森を確認できた俺は、自陣が見える位置まで一度戻っていたのである。
犬森の属性は「影」だ。潜まれてなかなかに厄介なものだが、それに対抗するいい手段が兎川にはあった。
「すぅー……はぁー……」
兎川は大きく深呼吸し、集中力を高める。
――本当は「やっぱり『氷』で合っているわ」と言うべきか迷っていたのだけど、今ならできる気がするの。やってみてもいいかしら?
昨夜の作戦会議のはじめ、兎川はそう問いかけてきた。この通り、当然の如き彼女の先走りで、俺は何をするか分からないから尋ねた訳だが……いや、それはいい。
とにかく、兎川の属性は「氷炎」だという。より正確に言うと、それは単なる「氷」と「炎」ではなく、その間の「温度変化」自体が彼女の得意魔法らしい。だが、猿井から聞いた基準には、温度変化の両極端にある「氷」と「炎」がより当てはまるようだ。
しかしながら、中学二年以降はほとんど「炎」が使えない状態にあったそうな。
「属性が使えなくなるなんてあるのか? あれは考えなくてもできるって言ってただろ?」
「スポーツ選手で言う、スランプみたいなものかしらね。元々考えていなかったから、やり方がまるで分からなくなってしまったの」
「それが、今日ならできそうだって?」
「ええ、なんとなくだけど」
「別にいいぞ、それでいこう。俺は兎川についていくって言ったろ」
「……ありがとう」
てれっ、と緊張感が自然とほぐれたような顔をされて、危うく俺の顎は外れるところだった。もしかしたら、目玉くらいは飛び出ていたかもしれないな。
そして現在――。
上空へ向かって伸ばされた右手、そこから出力された魔力は青い「炎」を紡いで、大きな輪が描き出される。炎によって辺りが照らされ、影のできる位置を狭めていった。これによって、犬森の行動範囲が狭まったわけである。
冷静でいようとするあまり、兎川がずっとできなくなっていた「熱くなる」こと。今、彼女は大きな壁を乗り越えた。
それは彼女の心が具現化されたような、なんとも奇妙な話である。こんな調和が本当にあるのかよと疑いたくもなるが、まあ「事実は小説よりも奇なり」って言うもんな。まさにそれだろう。あまりの分かりやすさに愛おしささえ感じそうだ。いや、どうかな。
無事に見届けた俺は、また敵陣へと走り出した。
無駄に立派で無駄に茂っている森を抜けていくと、猫塚が余裕綽綽と立っていた。
こういうロケーションでも、立っているだけなのに無駄に映えちまいやがっている。これだからイケメンっていうのはよろしくない。
「おお? 亀チャンが攻めに来たかぁ」
楽しげな内心を隠す気もなさそうな様子で、猫塚は悠然と構える。
くそぅ、俺の嫉妬心も知らないで。猫塚ファンクラブっぽいのができてるの知ってるんだからな。はは、どうせ俺はアウェーの人間だよ。ははは。許さん。
許せるのは、猫塚に呼応して構える金髪の精霊だけだ。かわいいもんだなぁ、精霊は。ぜひ友だちになりたい。
「密かに楽しみだったんだ。ハンデはいるかな?」
「結構だ。別にタイマン張るわけじゃないからな。これでも怪我人なんでね」
ザザッ、とベストタイミングで無線が入る。最高だよ、兎川。
『亀山くん、犬森さんが行ったわ』
「りょーかい。んじゃ、猫塚よ。俺は失礼する」
俺はくるっと方向転換して、猫塚に背を向けて走り出す。まあ、つまり出戻りだ。
「……は? なんだよ、敵前逃亡……じゃないな。ん――おいおい、まさかかよ」
最初は困惑した様子だった猫塚だが、何かに気付いたようで追いかけてくる。犬森から無線が入ったんだろうな、『旗を取った』と。
このFMBTは敵陣の旗を取って終わりではなく、旗を持って自陣に戻らねばならない。だから、油断させておいての攻守交代ということだ。
「させるかよっ!」
後ろから猫塚の手が伸びてきて、すんでのところで俺の身体を掠めていく。
「おわっ」
足が速いな、ちくしょう! イケメンで爽やかで足も速いとか何なんだよ! 腹黒いことしか欠点ないのかよ! しかも、腹黒いって気づかれなきゃ欠点じゃないし、これが割と女子に人気の分野だったりするしなぁ。
はて、と遠い目……をしてる場合じゃなかった。
俺はなんとか避けて先に進む。
そして次に、犬森を探し始めたのだが、影に潜られたら見つけ出すのは至難の業だった。サングラスがあってもなくても、その姿は見えない。
「ん、ん……?」
くいくいっとTシャツの袖を引っ張られ、精霊のほうに目を向ける。すると、なにやら地面を懸命に指さしていた。まさか、居場所が分かると言うことなのだろうか。
嬉しいのか楽しいのか、自分でもハッキリしないが、とにかく微笑が漏れてくる。せっかくだ。俺たちの絆を信じてみよう。
「……お、分かったぞ! そこだな、犬森っ!」
精霊の動きをヒントにし、不自然な動きをする影を見つけ出して、そこに向かって右手をかざす。
右手だけに意識を集中させ、『対魔力防御』を展開だ。恐怖も警戒もないが、兎川との特訓やら花咲か爺さんやらの感覚を思い出せば、おそらく発動できるだろう。絵的に地味なのは勘弁願いたい。
「うひゃぁ!? また弾き出されたーぁーぁーぁぁぁ!」
俺が属性をぶつけることに成功すると、影の中から犬森とその精霊がひょっこりと飛び出て、一緒にコロコロと転がっていく。
しまったー。力加減を間違えてしまったー。せっかく真正面で捉えたのに、遠ざかってしまったー。たぶん、犬森が高速で走っていたのもあって、余計に勢いよく弾いてしまったのだろう。予想外だ。
「やっちまったなぁ……はは……」
やらかしすぎて、思わず笑い出すくらいにはやらかした。急ぎ追いかけようと走り出した俺の横を、猫塚が走り抜ける。これでは猫塚に渡ってしまい、さらに旗を奪い返しづらくなるような予感がした。
「猫塚、パス!」
「おう……て、高く投げすぎだバカ犬……っ!」
犬森が猫塚に向けて青い旗を投げ、猫塚は叫びながらも懸命に手を伸ばす。
ざっと見積もって、旗に手がギリギリ届くかどうかの距離――いや、猫塚の身長と身体能力ならギリ届きそうだな。
しかし、俺は余裕の表情で笑う。なぜなら、俺の位置からは全部見えているからだ。
そう……旗を手に取るのは、否、取り戻したのは兎川だった。
「――なっ、兎川サン!?」
「うぇえ!? ハナちゃん!?」
高くジャンプして、移動がてら旗を略奪したのだ。空中で、時が止まったかと錯覚さえしてしまうほど華麗に。なにより、楽しそうに。
「失礼するわね」
「おっかないなぁ……!」
誘い出されたことに気づき、猫塚が慌てて兎川を追ってくる。
すれ違いざまに、兎川は小声で「頼んだわよ、亀山くん」と囁いていった。
そんなふうに頼まれてしまえば、こちらとしても「善処しますよ、キリッ」と返さないわけにはいかない。早すぎて、口に出して伝えるタイミングはなかったけど。
ところで、腕の固定ベルトにさり気なく差し込まれた青の旗は、こりゃ守り切らなきゃだよね? 急すぎますよ、兎川さん?
そこで、俺はあえて犬森を追いかけることにした。ベルトの奥に自陣の旗を押し込み、その存在に気づかれないようにして、犬森をロックオン。ここは彼女に追いかけられるより、俺が追うほうがずっといいだろう。主に、俺のスピード面で。
俺の標的になったことに気づいてか、犬森は「やばっ」と言いながら影に潜りかけた。そこに向かって、俺は再び意識を集中させて阻止する。そして、彼女を捉えて右手で背中に触れた。まずは、魔法を使われないように、だ。
なんとなくの肌感覚かもしれないが、犬森は影に潜ったほうがスピーディな気がする。普通に走るならまだしも、潜られては追いつける自信がない。
「さて、俺は足止め役だな」
「なんのーっ! って、亀ちゃんが触ってるから潜る以外もできないじゃん!? 退きたまえよ変態くん!」
へん……っ、それは人聞きが悪いんだが!? と俺が反応したそばから、犬森は勢い任せに身体を起こして、そのまま脚をぶん回して来る。
「ほっ!」
「ぅわっ」
これが結構、遠慮がないもので。すんでのところで避けたために俺は尻餅をつき、その隙に距離を取って、再び影に潜られてしまった。そうだった、犬森は足技が得意だった。
俺に精神的ダメージを与えた隙に物理攻撃とは、なかなかやりますなぁお主。
「精霊くん、いけるか?」
いける! と言わんばかりの勢いでコクコクッと頷き、犬森がいるであろう方向を目指して飛んでいく。そして、度々こちらを振り返っては、おいでおいでと手で招く動きをする。
俺が初日に視られなかった「精霊が案内してくれる」光景がそこにある気がして、ちょっとだけ泣きそうになった。
「犬森、発見!」
「うわぁ、もうっ! 亀ちゃん、なんかすごく邪魔っ!」
いやいや、犬森くんよ。「すごく」は余計だ、「なんか邪魔」くらいがちょうどいい。俺はそこまではちょっと目立ちたくないんだよ。
犬森を追いかけ、見つけては弾き出す。
それを繰り返していると、突如として辺り一帯に氷が貼られた。
俺の立つ場所を除いた一面がスケートリンクになり、兎川がそのフィールドを美しく滑り去っていく。相手ペアの黄緑の旗を、ガイドのようになびかせながら。
「おっかねぇって……」
一方で、追いきれなくなった猫塚はあぐらをかいた状態で滑ってきた。悟りを開いたイケメンがベルトコンベアで流れてくるみたいな図ができている。大変おもしろいからやめてくれ。
『試合終了! 兎川&亀山ペアが三位をもぎ取ったあぁーっ!』
兎川が自陣に到着したらしい。そのアナウンスを聞いて、俺は精霊くんとハイタッチをした。その弾みで、固定ベルトに隠し持っていた俺たちの青旗がポロッと落ちる。
「うあぁ~っ! うそでしょーっ! 亀ちゃんが持ってたん!?」
と犬森が喚いたのもまた愉快だった。
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