第20話 ダンディな女性教師の足下にはスルメが落ちている。
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その夜、謎の鶴島学園パワーが発揮され、俺は大型病院で検査を受けた。
俺の手荷物と星良を兎川に預け、牛久先生の車で病院まで向かったのだ。
結果、命に別状はなかった。脳に損傷は一切なく、左前腕の骨に一部ヒビが入っている程度で済んでいたらしい。ところどころに打撲痕は残っているが、痛みはそこまでなかった。
どうやら、救護班が集結して俺の属性に勝る治癒魔法をぶつけることで、出来うる限りの治療をしてくれたのだそう。絶対にそのおかげだ。体質じゃなくてよかった。俺史上最高くらいに他人に支えられていると実感した瞬間だった。
左腕は固定状態で派手な動きをしなければ、三位決定戦くらいは出ても問題ないとの診断ももらえた。完治には三週間ほど要すると言われたが、まあそうだろうなと思う。そのお医者さんには「普通はもう少し短いんだけどねぇ……魔法を使えば……」とも言われました。ハイ。
「亀山、申し訳なかった。これは学園側の責任だ」
診察室を出てすぐ、牛久先生に深々と頭を下げられ、俺はあたあたふたふたとする。
「ええっと、それはどういう?」
「事故の原因は、学園の管理体制に穴があったことだ。通常、木にはどんな衝撃をも吸収する補強魔法を掛けているんだが、亀山がぶつかったことが原因で剥がれ落ちてしまったようでな。亀山の属性のことを十二分に配慮できなかったこちらのミスだ」
それって、俺の特異性が忘れられていたというだけでは? 木は魔法で補強するのが当たり前の常識すぎて、そこから外れた存在がいることをついぞ忘れてしまうやつだ。命があるからこそ言えることではあるが、想定外と言ってもらっても別にいい。
「いや、はい。まあ、俺としても仕方ないと思ってます。むしろ、ここまでしてくれてありがとうございます」
「おー、おやおや。そんなことが言えるとは、少しは変わったようだな?」
「さあ、どうでしょう。ところで先生、これによって飛行実習のレポートは免除! とかにはならないっすか?」
「はぁー、訂正だ。私には変わった気がしないよ……。よし、いいだろう。それは飛行実習に参加したいとのことで受け取っておく」
「え、いや、そういうことではなく――」
「おめでとう、これで君もコミュニティの仲間入りだな」
「……恥ずかしい言い方しないでくださいよ……」
「なんでそれが恥ずかしいんだよ。まったく、放課後の教室で立派にバトってたくせに何を言ってるんだか」
「えぇ……なんで知ってんすか、それ……つか、俺自身はバトってたわけじゃねーけど……」
「もちろんそれも知ってるよ。そういうタイプじゃないもんな、亀山は」
さすが牛久先生。ああ言えばこう言う、のさらに上をいく。彼女は親しみやすさを持ちながらも、やはり「先生」なのだなと思わずにはいられない。内心密かに、こんな大人になりたいなーなんて思っている。絶対に言わないと今誓ったが。
病院を出て、駐車場を歩く。もう診察終了の時間だから、俺たちの他に人影は見えない。
「はは。やはり君を入学させてよかったよ。こうして、直に見守りながら成長させられる」
「……あの?」
「だが――作文課題なんだから、一人称に『俺』はやめておけ。『私』かせめて『僕』を使うのが基本だろう。あれで弾かれるところだったんだぞ」
その言い方では、まるで牛久先生が推薦してくれたように思える。まさか、あの作文で合格を後押ししたのって……。いや、本当に?
「あー、そうだ。亀山、他人との交流も悪くないだろう? そのブレスレット、いいじゃないか。適度に魔力を抑えられている」
「……ぇ」
この人、ひょっとして魔力が視えているんじゃないか? もしそうなら、さっき思ったことが本当のことで、牛久先生は俺の可能性だけに賭けてくれたということになるのか?
「先生、猿井が『とある方の監修』で魔力を見る装置を作った、と言っていたんですが……。もしかして、牛久先生のことじゃ……?」
牛久先生はピタッと足を止め、表情を緩めながら振り返った。こんなにも柔らかい顔をするのかと、俺はつい棒立ちになってしまう。敵わないだろ、こんなダンディな紳士。カッコいい車の中に、するめいかの空きゴミがあったなんて思えない。
「さ、時間も時間だ。早く学園に戻るぞ。兎川にはおまえから連絡しておけよー」
いつの間にか運転席に乗り込んでおり、エンジンをかけている。丸みのあるシルバーの車は今にも走り出しそうだった。
「あ、ちょっと!」
俺は置いて行かれないように、急いで助手席へ乗り込む。すると、コツンと何かが足にぶつかった。
――やっぱり、するめいかは幻じゃなかった。
台無しだよ。ここばかりは嫌だよ、ガチで……。
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