第6章 告白、そしてリスタート

第18話 vs.狸原&猪子・兎川視点

  *兎*


 開始の鐘が鳴り、兎川はいつも通りに敵陣へと走り出した。

 一言、「やっぱり来たわね」と迎えた狸原は、巨大な土人形の手で彼女を潰しにかかる。

 それを軽々と避けながら、兎川は狸原の背後にある旗を狙って応戦した。


「あら、残念。まだ独りよがりなのね、アンタ。午前の試合での亀山くん、とっても暇そうにしてたけど?」


「それくらいでいいわ。亀山くんに旗を守ってもらっている間に、私が旗を奪いに行く。これがちょうどいいプランよ」


「いいえ? それでは無理。今のアンタはアタシには絶〜対に勝てない」


「どうして、そんなことを言い切れるのかしら」


「そういえば、『攻撃は最大の防御』っていうのはアンタの談だったわね? けどそれって、本来このような試合では向かないわ。だから、勝てない。勝たせない」


「なにを言っているのか、てんで分からないわ」


 だって実力は自分のほうが上のはずだ、と兎川は首を傾げる。入学試験のときにハッキリとしていたから、疑いようもなかった。


「あのね、兎川。最初の攻守の役割分担だけで、協力できている気になってるんじゃないわよ」


 三枚目重ねの土壁で兎川の放つ氷槍を防ぎながら、狸原は言葉を続ける。


「よく考えてみなさい? アンタがアタシに攻撃しかけてる間、向こうはガラ空き。今頃は同じように、亮次が亀山くんに攻撃をしかけてるのよ。まあ、アタシはこうやって足止めできているわけだけど、果たして亀山くんは勝てるかしらねぇ? 彼って大人しそうだし、喧嘩っ早い亮次に勝てるとは思えないけど」


「…………」


 挑発的な言い方が胸の奥に突き刺さり、兎川はムッとした。図星を指されたことで血の気が去るのを感じながらも、踏ん張って攻撃を続ける。そうでないと、逃げてしまいそうだった。


『――なん……だ……!?』


 ザザッと亀山から無線が入り、兎川は動きを止める。どこかおかしい。小型簡易無線機の奥から、メキメキと大枝でも折れるような音がしている。


「……っ、亀山くん? どうかしたの? 亀山く――」


 次の瞬間、自陣の方向から大きな音がして、兎川も狸原も手を止めて振り返った。

 嫌な予感がした兎川は、通話の途切れた小型簡易無線機に手を当てる。只ならぬ空気が漂い始めた気がして、腕にぞわりと寒気が走り、これまでにないくらい右手が震えていた。


 ――出て。出なさい、亀山くん……っ。


「大きな音だったわね、びっくりした……っ。木の一本でも倒れたのかしら。亮次ならやりかねないかもしれないけど、それにしては少し変なような気も……兎川? どうかしたの?」


「……亀山くんと無線が繋がらないわ。どこかおかしい」


「えっ……? 本当に繋がらないの?」


「狸原さん、猪子くんに繋いでみてくれる?」


「……っ! わ、分かったわ」


 兎川はただちに走り出したい気持ちを抑えながら、彼女の答えを待つ。


「――、亮次、大丈夫? そっちは一体どうなって……え、亀山くんが木の下に? 怪我を? 亮次、落ち着きなさい。狙ってやったわけじゃないのね? なら……あっ、ちょっと、兎川!」


 頭の先から血が失われていくような感覚がして、兎川は弾かれるように走り出した。そのまま佇んでいたら、ほどなく動けなくなってしまいそうでとても、とても恐ろしかった。


 あぁ、どうして考えられなかったのだろうと後悔の念に駆られる。冷静になって考えれば、すぐにでも分かったはずだった。


 ――私は狸原さんの属性も、猪子くんの属性も知っていた。もちろん、亀山くんのことも理解していた。だから、相性も分かっていたのに。


 物理強化魔法は勝手が違う。それは、以前の箒の話で気づくべきだった。

 魔法を打ち消せる亀山がなぜ、飛んできた箒に対応しきれなかったのか。たとえ直前まで油断していたとしても、ひとたび緊張すれば打ち消しは発動したはずだ。魔力で飛行する箒だから、瞬時に落下したはずなのである。

 だが、周囲に気づかれた様子はなかったようだから、そうはならなかったのだろう。

 つまり、考えられる結論は「物理強化魔法は打ち消しづらい」となる。発動する瞬間ならまだしも、すでに打ち出されたもののスピードは打ち消せない。もしくは、一歩遅れてしまう。


 とんだ弱点だ。もっと早く気づくべきだった!


「はぁ……は……ぁ……っ! 亀山くんは……!?」


「こっ、こっちだ!」


 狸原の指示で待っていたのか、目が合った猪子は兎川を案内する。その先へ向かうと、根こそぎ抜けている一本の木が兎川の視界に入った。

 そこから離れた場所には体育教師の牛久がいて、数名の救護班が倒れた亀山を囲んでいる。ちょうど準備が整ったようで、亀山は体育館の医務室へと運ばれて行くところだった。

 すれ違いざまに「あとで」と声をかけてきた牛久に、兎川はただ頷く。そして黙ったまま、壊れかけたスポーツサングラスを拾い上げた。

 漂う空気に居づらさを感じ、猪子は兎川の背中に言い訳まがいな口調で話しかけた。


「とっ、咄嗟に木は退かしたから、ギリぺしゃんこにはならなかったけどよ……」


 しかし、兎川はそんなことどうでもいいとばかりに、彼と距離を詰めて問いただす。


「どうして、あそこまでしたの? 両腕にも、頭にも包帯が見えたけど」


 瞳の奥で燃えさかる確かな怒気に、猪子は思わず冷や汗をかきながら叫んだ。


「だって、思わねえだろ!? まさか大会の途中で、会場の木が倒れるとか……っ!」


「そうじゃないわ。どうしてあそこまで傷つける必要があったのかって訊いているの」


「はあ……!? んなの、亀山だけじゃねーんだから別にいいだろ。こんくらいの怪我なら、治癒魔法ですぐにでも治るんだし――」


「あなた、亀山くんのことは聞いていて?」


「……ッ、まあ、鹿島から聞いてたけど、それがなんだってんだよ」


「なら、分かるはずよね。亀山くんには魔法が効かないのよ。治癒魔法も同様に」


 端から見ても、猪子の顔から血の気が引いているのが分かる。根はそこまで悪くないのだろうが、考えが甘すぎる。だから、精霊もいなくなってしまうのだ。


「さ、早くその旗を持って陣に戻りなさい。それで試合はおしまい。私は失礼させてもらうわ」


 おいで、と自身の精霊に声をかけ、兎川は試合会場を後にした。

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